戦いの後 酒場オーナー代行の憂鬱
短編です。このシリーズはドラマのパロディになっています。
世界の危機が去ってから、ここ冒険者の酒場『ガルーダ』はヒマになった。
かつて冒険者たちで溢れていたこの酒場には、
たまにしか客が来ない。
それはそうだ。もう冒険者が受けるような仕事なんて
「雑魚モンスター退治」とか「田舎の盗賊退治」ぐらいしかない。
報酬も安いし、遠くの片田舎まで行かなければならないので効率が悪い。
だから腕の良い冒険者たちは有力貴族の護衛になったり、
今まで稼いだ金で事業を始めたりしていた。
もうヒマすぎてヒマすぎて、一時間ほど前に店の女の子を一人帰らせた。
今は酒場の責任者のミリアとフロアー係のシェリーだけだ。
バーテンダーのジンも帰らせた。
誰も来ないのだから、ここに居ても仕方が無い。
もう今日は酒場を閉めて俺も帰ろうかな。
そう思って俺は帰る準備を始めた。
『ミリア、もう閉店準備始めていいよ。シェリーはフロアーを
軽く掃除したら帰っていいよ、お疲れ~~』
そう言いながら俺は併設している雑貨屋のシャッターを閉めた。
雑貨屋のレジ現金チェックをして店を閉め『ガルーダ』に戻ろうとした。
そのとき俺は遠くの方から近づいてくる人影に気づいた。
『客かな?でもそれにしてはフラフラしているな。』
見ると酒の匂いをプンプンさせた二人連れがフラフラと近づいてくる。
鼻歌を歌いながら上機嫌だ。何故か変な人形を引きずっている。
『せんぱ~い、もう一軒だけ寄っていきましょうよ~~
も~一軒、今度は僕がカネ出しますから~~~』
この男は何故か引きずっている人形に話しかけている。
そして先輩らしき男は、道路沿いの壁に向かって
リバースしていた。大量の「お好み焼き」が道路に転がっている。
『よ~~し。次はきれいなネーチャンのいる店だ。
そこで飲みなおすぞ~~』
こちらの男は壁に向かって話しかけている。
二人とも完全に酔っ払っている。ベロベロだ。
先輩らしい男は壁に向かって立小便をし始めた。
後輩らしい男は道路にしゃがみこんで野グ〇を垂れ出した。
ミリアはこっそり俺に話しかけてきた。
『若様、どうしましょうか?』
ミリアは俺のことを『若様』と呼ぶ。
『まあ、このまま道路で寝る可能性もあるから
しばらく様子を見よう。ミリアはバックヤードの片づけをして。』
『わかりました。まあシェリーがいるから大丈夫だと思いますが。』
ミリアはそう言って、バックヤードを片付けに行った。
後輩らしい男が、酒場の片付け・掃除をしているシェリーを見つけ
叫びながら突進してきた。ズボンは、ずり落ちている。
『きれーなオネーチャン、見~~~つけた~~~』
『オネーチャン、僕とお酒飲もうよ~』
シェリーは笑顔を崩さず答えた。
『すみません、お客様。もう閉店なんですよ~~』
すると追いついてきた先輩らしき男が後ろから言った。
『ネーチャン、とりあえず生ビール2つ、それと焼き鳥15本。
お好みで適当に持ってきて~~』
シェリーは笑顔を崩さず答えた。少しだけ表情が引きつっている。
『すみません。ここは飲み屋じゃないんです。焼き鳥もビールもありません。』
後輩らしき男はさっきからシェリーのおしりをベタベタさわっている。
『じゃあ何でもいいから酒持ってきて~~一緒に飲もうよ~~~』
先輩らしき男は勝手にバーテンダースペースに入り込んで
高い酒を持ち出して勝手に飲んでいる。
2、3本後輩の方にも投げ渡して一緒に飲み始めた。
後輩の方は調子に乗って、完全におさわりバー状態だ。
ジンを先に帰らせておいて良かった。もしジンがいたら
今頃あの男は首を落とされている。一瞬のうちに。
シェリーが俺の方を見て、指で合図した。かなり怒っている。
俺はシェリーに中指を立てて合図した。『やっちまいな!』
酒飲んで酔っぱらってれば、何やってもいいと思ってんだろ、この連中。
突然シェリーは悲鳴を上げた。
『いやあ~~助けて~~襲われちゃう~~いやあ~~』
魅了の呪文を唱えながら叫ぶところなんて、芸が細かい。
チャームの呪文で二匹のケダモノと化した酔っ払いたちは
ビリビリとシェリーの服を破りながら襲いかかる。
そしてギリギリのところで、すばやく後ろに回りこんだ俺は
二人の首に手刀を打ち込み、一瞬で気絶させる。
振り返って、ミリアの方を見るとOKサインを出していた。
防犯カメラにバッチリ映っているようだ。
『よしミリア、帝都警察に通報だ!』
帝都警察の捜査員たちが店を訪れたのは、それから3分後のことだ。
みんなこの周辺で隠れていたんじゃないかと思うぐらい早い。
50人ぐらいの捜査員たちが現場検証を始めた。
『初めまして。マリア=クレール主任科学捜査官です。』
警察官なのに白衣を着た捜査官が俺に話しかけてきた。
『被害者の方はどちらですか。』
俺は沈んだ表情のまま、静かにチェリーの方に顔を向けた。
シェリーはボロボロに破かれた服の上からベンチコートを
かけられたまま、シクシクと泣いていた。
シェリーのウソ泣きは、もはや一流の役者レベルだ。
捜査員たちの中にも釣られて涙ぐむものが多かった。
『ダイモンさん、捜査を始めるわ。必ず犯人を捕まえて見せる!』
犯人への怒りに燃えたマリアが叫んだ!
『・・・そうだな』
ダイモン=マックイーン警視は静かに言った。
もう犯人は現行犯で捕まっているし、防犯カメラの映像もある。
別にもう科学捜査をする必要は無い。
でも空気を読むダイモン警視にはそんなことは言い出せなかった。
『・・・まあ証拠固めになるから別に良いか』
ダイモン警視は小さくつぶやき、帝都警察本庁に帰っていった。
マリアの執念の捜査が始まった。捜査員たちに指示を出す。
『道路上の嘔吐物のDNA検査を!あと壁の方に体液(尿)の痕跡があるから
そのDNA検査もお願いね!』『はい!』
『マリア主任、ここにウンチが落ちています。犬のものではなさそうです。』
『それもDNA検査をして。』
『それから被害者の衣服と容疑者たちの手に残っている繊維片を照合して!』
『ミリアちゃんは防犯カメラの映像に加工が無いかどうかチェックして!』
『はい!わかりました、マリアさん。』
新設された科学捜査研究所での解析の結果、DNAは犯人のものと一致し、
繊維片も同一であることが確認された。
防犯カメラの映像にも加工の形跡は無かった。
だがマリアには疑問が残った。
記録を調べた限り、容疑者たちには犯罪歴もなく、職場での評判も良かった。
なぜこんなことをしたのだろう?
するとマリアの部屋に「ミリアちゃん」と呼ばれていた女性が入ってきた。
『マリアさん、容疑者の嘔吐物から高濃度のアルコールが検出されました!』
ちなみにミリアちゃんの本名はミリア=マックイーン。ダイモン警視の妹だ。
『そうか!容疑者たちは大量のアルコール摂取により酩酊し
犯罪行為を行なってしまったのね・・・ミリアちゃんありがとう!』
翌日の午前9時、マリアはダイモン警視を本庁の屋上に呼び出した。
『ダイモンさん、事件は解決したわ。犯人は容疑者のあの二人。
きっとストレスが溜まってお酒を飲みすぎて、あんな犯罪を
犯してしまったんだわ。』
『・・・そうだな』
ダイモン警視はつぶやいた。
そんなことは別に科学捜査をしなくても判っている。
それに寒いんだから、いちいち屋上に呼び出すな!
そう思ったが、空気を読むダイモン警視には言い出せなかった。
『被害者のシェリーさんもきっと立ち直ってくれるはず。
だってシェリーさんには希望に満ちた未来があるから。』
適当なきれいごとを言いながら、まとめに入ったマリアは微笑んだ。
『・・・そうだな』
ダイモン警視はつぶやいた。
何故あのドラマはCMに入る前にマリ〇のアップで終わるのか。
そして何故エンディングはいつも二人の会話で終わるのか。
もうそろそろ事務所の後輩に主役を譲った方が良いんじゃないのか。
ダイモン警視は遠くの景色を見ながら、そのことをずっと考えていた。
翌日のT商会本社応接室。午前10時
『この度はウチの社員たちがとんでもないことを・・・』
俺の目の前には会長と名乗る男と社長と名乗る男が
真っ青な顔をして、うつむいていた。
どうやらあの二人の会社の会長と社長のようだった。
この二人の話では、会社はT商会(うちの会社)の系列会社の取引先で
ウチとの取引が無くなったら即倒産という状況らしい。
あの2人は本日付で懲戒解雇し、慰謝料として3000万ギルダーを
現金で今、支払うので何とか取引を続けてほしいとのことだった。
『まあ御社に罪があるわけではないので、この慰謝料と
3ヶ月間仕入れ価格を30%割引くという条件で良ければ
当方はかまいませんよ。』
『ありがとうございます!!』会長と社長は何度も頭を下げて帰っていった。
翌日の『ガルーダ』午前11時
俺が本社から出勤したらジンが荒れ狂っていた。
『拙者の大切な秘蔵の酒を・・・許さん!抹殺してくれる!』
ジンは腕の良いバーテンダーだがニンジャマスターでもある。
留置所に忍び込んで二人を暗殺することなどジンにとっては朝飯前だ。
『待て、ジン。被害にあった酒は必ず俺が新しく仕入れてやるから。
それに厳重な警備の留置所内にいる容疑者が暗殺されたら、
疑われるのはジンしかいないだろ!この帝都でそんなことができるのは
ジンだけなんだから。』
『しかしオーナー代行殿、聞けばシェリー殿にも不埒なことをしたとのこと。
もはや三途の川を渡らせる以外にありませぬぞ。
もう一刻も早くあの世に送らねば・・・』
ジンは俺のことを「オーナー代行殿」と呼ぶ。
オーナー代行になる前はずっと「カイ坊ちゃん」と呼んでいた。
『まあ向こうの会社も慰謝料を差し出してきたし、みんなにも
特別ボーナスを払うから、とりあえずそれで許してやってくれ。』
『それにあの二人は「強盗強姦致傷罪」になるから良くても終身刑だ。
もう一生刑務所からは出てこれない。』
※ちなみに、この帝国の刑法では、
窃盗行為をした者(酒を盗んだ者)がその後で傷害行為を行えば
(事後)強盗になり、その強盗が強姦行為を行えば、
たとえその強姦行為が未了でも『強盗強姦罪』が成立するのだ。
さらに怪我をさせていれば『強盗強姦致傷罪』になる。
結局、シェリーには500万ギルダー、ミリアには300万ギルダー
いなかったジンとロージアには200万ギルダーの特別ボーナスを
払うということで納得してもらった。
別途ジンの酒の弁償代金が500万ギルダーぐらいかかるから
残りは1300万ギルダーだ・・・
酒場の修理代を差し引けば、ほとんど残らない。
もしもシェリーの代わりに堅物ハイサモナーのロージアが残っていて、
おしりを触られていたら、半狂乱で激怒して『伝説の聖獣(白虎)』辺りを
召喚していただろう。そうしたらたぶん帝都の半分が無くなっていたな。
・・・まあこれで良しとするか・・・
すると臨時収入でご機嫌なシェリーが言った。
『ねえ、カイちゃん。いっそのこと『ガルーダ』を改装して
キャバクラにしない?きっと儲かるよ~~~』
『できる訳無いだろ!』(俺)
『できないでござるよ!』(ジン)
『やりません!』(ミリア)
『そんなこと私できません!』(ロージア)
全員が一斉に突っ込んだ!!!
※ちなみにロージアは俺のことをカイ様と呼ぶ。
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