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第二話 同行

 

 目を覚ますと元の世界に戻ってた、なんてことはなく、やはり転移先の屋敷だった。


「お目覚めでしょうか」

 おおう。もしかして起き上がるのをずっと待っていたのかと思うほどタイミングよく部屋の外から声をかけられた。


 障子のようになっている採光用の小窓を見ると既に明るくなっており、農村だから朝は早いのだろうな、と察する。

 だらしない奴だと思われてしまったかもしれない。


「う、うむ。疲れていたようだな、寝過ごしてしまった」

 言い訳がましく声をかけると、「失礼します」とキクが入ってきた。


「先ほど使いの者が来て、商人の馬車が到着したそうです。今は村長宅で荷下ろしをしておりますので、間もなく当家のほうへも来るでしょう」

「そうか、急いで支度をしよう」

「こちら、カズオ様のお召し物と、お着換えを用意いたしましたのでお持ちください。水筒と保存食も入れておりますので、道中召し上がってください」

「うむ、すまないな」

「タトルの町での姉の家までの案内に、ヨウをつけようかと思うのですが」

「そ、そうか。不案内ゆえ、心強いな」


 意外と朝は慌ただしかった。キクさんも若く見えるが、二児の母ということもあるし、気にすることはないか、と着替え始める。


「…昨晩、お抱きにならなかったそうですが、何か失礼がありましたでしょうか」

「っ!?」


 ストレートに聞かれてしまった。


「い、いや、そうではない、そう、疲れて眠かったのだ、こちらこそ無礼であったら申し訳ない」

 なんとか言い訳をひねりだす。


「…そうですか。ヨウをお連れいただく件、そのまま州都まで同行させても結構ですし、姉の家に置いてきていただいても結構ですので、ご随意にどうぞ」

「うむ、了解した」

「西国では、男児が産まれた後に結婚式を行います。それまではお好きに連れまわして頂いて構いませんが、衣食住の面倒が見られないようだと女の側からも離縁を切り出せますので、その点はご注意を」

「なるほどな」


 …男の子を産むまでは正式な結婚にならないから、そこまでの責任を感じることはないと。

 ただし、あまりに甲斐性無しだと見捨てられるから気をつけろと。


「あの子にも、東国とは風習が違うのだから、恥ずかしがらずに具体的に申し上げるよう言いつけておきますので、『奥ゆかしさが足りない』と嫌わずにお願いいたします」


 あー。そうね、昨晩はっきり「あまり重く考えずに抱いてオッケー」って言われてたら手を出してしまったかも。

 こっちの世界でも東国人はシャイで気をまわしすぎだったりするのか。

 そういうところも甲斐性無しに思われたりするのかなあ。



 商人の荷馬車には白菜が山と積まれていて、客が腰掛ける場所は後部に申し訳程度空けられているだけだった。


「カズオ様ですね。こちら、熊の皮と肉の代金になります」

 革袋を渡され、中を見ると数種の硬貨が数枚ずつ。相場が分からないので黙って受け取ることにする。


「それではタトルまで、出発といたしたいのですが、お連れ様のほうは?」

 二名と聞いていたのだろう、商人が催促する。


「支度に時間がかかっているのだろう、済まないがもう少し待ってくれ」

 もしかして昨日お世話を断ったのに気分を害して一緒に来てくれなかったりするとか、ないよな。

 そんな不安を抱えて待っていると、背負子に大荷物を乗せたヨウがやってきた。


「すみません、お待たせいたしました。行きましょう」

 昨日の事を特に気にしている様子はない。大荷物を白菜の上にどすん、と乗せてヨウは俺の隣に座った。


 今生の別れ、というほどでもないだろうが、俺次第ではこのまま男の子を産むまで帰らないかもしれないのだ。未練などはないのだろうか。


 魔物亀を倒したとか言ってたな。冒険者パーティではやはり前衛アタッカータイプだろうか。あまり戦闘職には見えないが。

 というか、そもそもパーティを組んで一緒に迷宮に入る、とは言ってないんだよな。

 冒険者の妻、といえば普通に家で夫の帰りを待って料理をしている主婦というイメージだし。


 妻、か。

 抱いていいとお墨付きは貰ったが、本人の意志は大丈夫なんだろうか。

 着替えを手伝う、というところまでしか聞いてなかった、なんて激しい抵抗にあったりして。


 …いかんな、意識してチラ見してしまう。

 ヨウは、年齢的にまだ可愛らしい、という感じの顔立ちだが、もう少しすれば美人タイプになりそうな、すっきりした顔立ちだ。体つきはやや細身で小柄、RPGなんかだと後衛魔法使いっぽいかな。


 少し表情は硬いか。そりゃまあ、昨日会ったばかりの男に連れられての長旅だ、緊張するだろう。

 俺も流れでつい無愛想な侍キャラとか演じちゃったけど、もう少し場をなごませる軽いノリの剣士キャラでも良かっただろうに。


 ヨウのほうをジロジロ見すぎたか、こちらに気付いて目が合った。


「天気が良さそうで助かったな」

「はい。雨が降ると出発が延期になったかもしれませんので」

 話題に迷った時は天気の話から。古今東西問わずコミュニケーションの基本だな。


「雨続きで馬車が来ないと、食料が途絶えたりするのではないか?」

「幌付きの馬車が空いている時は雨でも移動できますので。それに、馬車が来なくても飢えない程度の備蓄はありますし、これら出荷用の白菜も食べられます」

「このあたりは白菜が特産なのか?」

「いえ、白菜はどこでも採れますが、このあたりはタトルに比べて寒いので、採れる時期がずれるのです。タトルのほうではとうに白菜は採りつくして夏野菜の準備をしている頃にこちらでは白菜が採れるので、この時期だけ出荷しております」

 とりあえず機嫌を伺うように雑談をする。大丈夫そうだな。


「えーと、荷物、重そうだな」

「ほとんどは伯母様への贈り物です。旅の手荷物は、これだけです」

 そう言って、ヨウは手荷物の一番上に乗せた風呂敷包みを軽く叩く。


「そうなのか。俺も身ひとつしかないのだが、贈り物はどのような物を?」

「さて、特産もとりたてない村のこと、州都であらかじめ買い溜めていた骨董品か何かでしょうか」

「州都から家財などを買い置くことはよくあるのか?」

「そうですね、村の中では現金などもあまり使いませんので、蓄えはそうした腐らないもので用意しておきます」

 食料は自給と物々交換で、ってことか。


「金かあ。先ほど熊の肉と皮の代金を貰ったが、これはどのくらいのものなのだろう」

 懐から革袋を取り出し、広げて見せる。


「おや、東国通貨なのですね」

「東国通貨?」

「実際に東国で使われている硬貨に似せて作られたもので、茶色の銅貨が1モン、100モンが銀色の1セン、100センが金色の1エンになります。…5エン20センと、銅貨が数枚、これは多分オマケでしょう」

「他にも通貨があるのか?」

「州都の中心部では帝国通貨が使われます。単位はリラで、1センが50リラくらい、でしょうか。タトルやうちの村でもリラのほうが主ですが、行き先が東人街ということで気を使ってくれたのかもしれません」


 ヨウが御者席の商人の方に顔を向けるが、商人はこちらを向かない。

 ヨウが俺の耳元に顔を寄せて囁く。


「…あるいは、タトルで使いづらい東国通貨を処分したかっただけかもしれませんが」

 そう言って、いたずらっぽく笑う。


 それにしても、モン、セン、エンか。通貨単位も昔の日本に似ている。

 …というか、単位が円になったのは割と近代じゃなかったっけか。パラレルワールド的なところなんだろうか。現地通貨はリラということだけど、トルコだかの通貨単位だよな。


「えーと、例えば、夕食と朝食つきで一晩宿に泊まったら幾らくらいだろうか?」

「ピンキリだと思いますが、安いところなら2センくらい、高いところなら20センくらいでしょうか。普通なら5センくらいかと思います」

「なるほど。宿ではなく、住まいを借りるとどうだろう」

「便所と台所が個別についた長屋の一間、という感じのところで月に50センくらいかと思いますが、仕事によっては住み込みだったり寮があったりするので、まずは仕事探しからでしょうね」

「ふーむ…」


 生活の話になってきたので、そろそろ本題に入らなければなるまい。


「俺は、剣の腕はまあ、それなりだとは思うが、それ以外のことは解らんし、冒険者になって魔物退治を生業にしようと思ってはいるが、どの程度稼げるかとか、他に何かもっと良い仕事がみつかるのかどうかとか、先のことが全然見通しが立たないというのが正直なところだ」

「はい」

「熊の代金を元手にするにしても、アテがない以上は稼げるようになるまでの生活費に充てるしかないだろう。稼げないままだと路頭に迷うかもしれない」

「没落の可能性は、誰にもあります」


 どうも友人とかパーティメンバーとかでの同行を、などと言える雰囲気ではないことは察していた。これも縁だ、と覚悟を決めた。


「さすがに先が見えなさすぎて不安なので…その、婚約者、という形ではどうだろう」

「…妻、とは違うのですか」

「一年だ、一年待ってくれ。その間にしっかり生活が成り立つよう、頑張って働くつもりだ」

「…稼げるようになったら私を捨てて別の女を娶る、などということは」

「そんなことはしない、誓おう、一年後に必ずヨウを妻にする」

「それでしたら今でも良いのでは」

「先が見えないのが不安なのだ…」

「ふむ…」

「それが納得出来ないのであれば、仕方ない。タトルで別れよう」

「いえ、その、お願いが」

「ん?」

「一年間とは言え、未婚のまま殿方に付き従っていては、私が遊女のように思われてしまいます。対外的には、妻として扱っていただきたく」

「ああ、そうか、そういうものか…。うむ、ヨウが侮られるのはいかんな、では、対外的には妻としよう」

「もちろん、いつでも準備は出来ておりますので、お心が変わるようなことがありましたら、なんなりと申し付けください」

「ん?いや、お前を捨てるつもりなどないぞ」

「そうではなく、いつでも抱いてください、と申し上げております」


 …なるほど、恥ずかしがらずに具体的に言われてしまった。



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