第二七話 母
その後、冒険者組合の職員が戻ってくると、追求はあっさり止んだ。
何だ、冒険者組合側に聞かせたくないような話なのか?
事件は解決ということで、その場は解散となった。
冒険者組合の職員を捕まえて聞いてみると、やはり俺の推薦ではホツの組合登録は出来ないが、ニラワが紹介状を書いてくれれば可能、ということだった。
「あの…」
建物の外に出ると、まずヨウが何か言いたげだったので、機先を制しておく。
「ホツの件は、その場しのぎの言い訳だ。今後もこれまでと変わらない方針で接していく」
「あ、ええ。…遅くなってしまいましたが夕食はどうしましょうかと」
「そうだな、鼠町の商店に行く時間もないか。あり合わせで何とかなるか?」
「トマトがないのでスープが作れませんが」
「代わりにミルクでも飲むか。午後のふっくらパンがなかったしな」
「わかりました。…ホツ、あそこのパン屋で、蛙肉のサンドイッチを6個買ってきなさい。私たちは先に帰って、湯を沸かしておきます」
「はい」
ヨウは、ホツにおつかいを言い渡してお金を渡した。
やはり女を二人連れ歩いていたことについて指摘されたのを気にしていたのだろうか。
冒険者組合の建物から長屋までは歩いて五分くらいだけど。
チンドン屋も止めたほうがいいんだろうか。
そんなにとやかく言われるような事なのかねえ。
「カズオ様。お話が」
ホツがパン屋に向かったのを見て、ヨウが切り出した。
そうだよね、ホツを妾にするって宣言しちゃった件だよね。
「市民権を得るということは…税金が発生します」
「む?」
ホツに関する話ではあったが、またちょっとベクトルが異なる話だ。
「年末に、私とカズオ様のぶんの税金を支払わなければ、というのは解っておりましたが、それにホツのぶんが加わります」
「そうか…現状の市民権がない状態ならば税金がかからないのか」
「もしくは、年内のうちにどこかへ嫁に出してしまえば、嫁入り先の方で払ってくれるでしょうが」
「うーむ…年内か。今のところアテがない以上、俺たちで支払うことになりそうだな」
「卵の入荷量が増えれば、屋台の売り上げでホツの税金分を稼げるのでしょうが…現状では、屋台をホツに任せきりにして私が冒険者組合の仕事をする、というのは少々不安です」
「うむ…お好み焼きやふっくらパンを焼くのも、客の相手をするのも、釣り銭の計算をするのも、まだホツ一人では厳しいか」
「お金の心配ばかりしているのは浅ましいと思われるかもしれませんが…お金がないと、本当にホツを売ることになりかねません。先程の、あの母親のように」
「うむ…今年の分は貯金があるとしても…来年はどうなるか解ったものではない、な」
「子が欲しい、などという望みは私たちには早かったということでしょうか…」
「そうは言わんが…逆に、卵が十分供給されれば、屋台収入と俺の給料で、子の養育が出来るほど稼げるのではないか」
「卵の代わりに、と考えていた兎の飼育がこのようになってしまいましたので…先の見通しが悪くなってしまったのは否めません」
「うーむ、卵を使わない屋台料理は引き続き考案しなければな。俺の方は、一ヶ月ほどは木琴の制作で給料が入るが、その後は木琴の評判次第というところなのだよな…。まあ、先のことは分からんし、今出来ることをしっかりこなすしかないな」
一年後、ヨウと結婚して子供を作る。
その取り決めが良かったのか悪かったのか、何とも言えないところではあるし、今は損失を出して弱気になっている側面もある。
良い時に何かを決定すると悪くなった時に行き詰まるが、それを言うと何も決定できなくなってしまう。
どうにかしなきゃなあ。
「ホツのことは、家族として面倒を見よう、と…子が出来た時の練習のように考えておりましたが、やはり自分の考えが甘いというのが解るばかりです。ゆくゆくは、子が産まれたら、カキさんのお母様に預けて私は屋台を、などと考えておりましたが…皮算用でした」
託児所か。まあ、専業主婦が可能な状況ではないし、ホツの行く末も不確定だ。
婚約者の望みを叶えてやることも出来ない甲斐性なしになってしまっているなあ。
やはり役人の嫁がいい、などと愛想を尽かされて逃げられてしまわないように、しっかり稼がなければ…。アテはないのだが。
現代日本も、この世界も、同じではないか。
先を思うと、貯金が必要になる。若者は貯金がないので、結婚できない。
そのままズルズルと歳を取ってしまうと、独身者が溢れて少子化になる。
子のいない年寄りは、老後が不安で、金を蓄えようと若者から搾取する。
そうしてますます若者は金がなくなり、結婚できない。
先のことなど考えず、若者らしい無謀さを発揮して、子を産むだけ産んでしまえばいいじゃないかという考え方もあるだろうが、歯車が狂うと破綻して、子が骨折しても医者代を払えないとか、母親が鞭打ちに遭うなどということになる。
先行きの不安は、いつの世も同じだ。
耐えて、生きていくしかないのだ。
「というわけで、ホツが市民権を得た暁には、一人で屋台を任せられるようになるまでは、冒険者組合で子供の仕事をして貰います。それとは別に、料理と計算を覚えて貰わなければなりません。…大変だと思いますが、支え合っていきましょう」
ヨウが、買い物を終えて帰宅したホツに、決定事項と方針を伝える。
「俺も、木工工房の仕事を終えて帰宅した後、暗くなるまでは作業部屋の方で傘張りや竹刀作りなどをして小金を稼ぐ。ひと月後に収支計算をして、割に合わなさそうであれば…作業部屋は解約してここで三人で寝ることになるな」
ヨウに背中を拭かれながら、俺も補足する。
「私を…放逐して頂いたほうが、よろしいのでは、ありませんか…」
ホツがおずおずと申し出る。
「何を言うか。お前は何も悪くない」
「え…」
「しかし、自ら家族の繋がりを断ち切るような事を言うのは感心しないぞ。俺は家族を見捨てるような事はしないし、それは、あの悪ガキの母親ですらしなかったではないか」
「あの、私は、ここにいても良いのでしょうか…」
「当たり前だ。お前が俺の元を出ていくのは、信頼できる男に後を託した時だ。出ていきたければ、いい男を見つけてこい。出てった後でも、愛想を尽かしたら好きに戻ってくればいい」
「その…良い殿方が、私を選んで下さるとは限らないのでは…」
「だったら別のいい男を探せばいい」
「は、はい!先生!一生付いていきます!」
「…話を聞いていたか?いい男を見つけたら出ていけと言ってるだろう…」
まあいい。どうしてもいい男が見つからない、なんてこともあるだろう。
「そうだ、俺の兎を盗もうとした悪者を撃退してくれた褒美をやらなければな。明日ふっくらパンを食わせるのでいいか?それか、服か何か、他に欲しい物があるか?」
「あの…でしたら」
「ん、言ってみろ」
「その、今晩だけ…一緒に寝ても、よろしいでしょうか…」
…夫婦ではなく婚約者なので、夜の営みをしていないからいいものの。
いや、長屋のひと部屋に親子三人暮らしているところも普通にあるようだし、子が寝てても営んでいるところは営んでいるのだろうか。
ラブホみたいなところがあるわけでもあるまいしなあ。
作業部屋を解約して一部屋で三人で寝る、という提案をしたこともあって、ヨウも特に強く反対はしなかった。その分、おやすみのキスが見せつけるようにねっとりしたものだった気がするけど。
その夜は三人で川の字になって寝ることになった。
そうでなくとも暑い時期なのだが、ヨウとホツはあっさり寝付いたようだ。
俺はなかなか眠れず、ゴロゴロと寝返りを繰り返す。
ホツは、無意識なのか、寝相の悪い俺から離れ、ヨウに抱きつくようにして、時折「おかあさま…」などと寝言を言っていた。
寝ぼけておっぱいとか吸い出さないだろうな…。俺でもまだ吸ったことがないのに。