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第十六話 重曹

 

 お金持ちの町、と聞いていたから警戒していたが、確かに煉瓦造りの二階建て、三階建ての建物が多い。

 民家なんかも立派なお屋敷が多いが、東側のニラワの家のような広い庭はあまりないのは、都会的な人口密度の高さなのかもしれない。

 道行く人の身なりも良く、ホツの服を買い与えておいて良かった、と思った。

 前のボロ服だったらそこいらに立ってる警備兵らしき人にしょっぴかれそうだ。

 錬金組合の建物は、成金趣味なギラギラした外見を想像していたがさすがにそんなことはなく、無骨ながらデカい工場みたいな感じだった。


 入り口にも警備員が居て、冒険者組合からの納品だと告げて書類を見せると、組合の印鑑は割と信用があるようで、あっさり通された。

 とは言っても毒物の納品なんだが。信用して大丈夫なのか。


 手前の建物が総合受付のようで、納品などもここで行うようだ。

 受付係の兄ちゃんに荷を渡して受取証を貰う。

 総合受付には、開発製品の展示なども行っているようだ。


 富裕層向けの高級石鹸の詰め合わせなどが並んでいた。

 石鹸はうちの近所の雑貨屋で売っているような液状のものでなくちゃんと固形で、錬金組合のマークのようなものが押印されている。

 …石鹸は錬金組合の開発なのか。石鹸といえば確か。


「どうした、石鹸を買うのか?そこに並んでいるのは新商品で、高いぞ」

 受付の兄ちゃんが受取証を貰っても帰らず展示物を眺めている俺にいぶかしげに尋ねてきた。まあ、高級石鹸を買うような身なりには見えないだろうな。


「ここで販売もしているのか?」

「一般客が来るような場所じゃないから、商人などの出入り業者向けだが、個人でも現金払いなら受け付けているぞ」

「ふむ…石鹸ではなく、原料の重曹を譲ってもらうことは可能だろうか?」

「なに…?」

「えーと、炭酸水素ナトリウム、だっけか。水に溶かすとシュワシュワするやつ」

「何故製法を知っている?石鹸はうちの専売だ、密造は逮捕されるぞ」

「いや、製法を知ってるってほどじゃない。石灰石とアンモニアをどうにかすると重曹が出来て、それと油を混ぜて固めると石鹸になるとか、そのくらいだ。秘密にするようなことか?」

「待て待て、知ってるじゃねえか。こんなとこでそんな話をするやつがあるか。こっちへ来い」

 やべ。普通に学校で教わるような内容だったから常識かと思ったら企業秘密なのか。

 俺とホツは商談室というプレートがかかった個室に連行された。

 え、これ大丈夫?産業スパイの疑いで尋問されたりしないよね?


「…で、何だ。重炭酸ソーダか。何故そんなものを欲しがる」

「えーと、あれは果汁に入れて飲むと美味いだろう。暑くなってきたし、販売すれば儲かるんじゃないかと」

「というか何故知ってる。もしや他所の錬金組合の職員か?」

「そうではない。うちの故郷では学校で教わるようなことだ。こちらでは秘密になっていると聞いて驚いたぞ」

 ヒミツとか言ってっけど皆知ってるよ作戦でどうだ。


「学校だぁ?あんた帝都の出か」

「んん…違うが、それに近いようなもんだ」

 帝都じゃないけど、ここから遠く離れた文明レベルの高い都市から来たよ。嘘はついてないよ。


「くっそ、帝都の連中、自分らの研究は地方に漏らさない癖に、帝都内部じゃそんなおおっぴらにしてやがんのか。あれを研究しろこれを研究しろとか命令ばっかしてきやがって、こっちが苦労して成果出したと思いきや、それ十年前から知ってたとか抜かしやがる」

 …なんか勝手に誤解してくれたみたいだ。苦労してんだな、地方の研究機関。


「えーと、それで、重曹は売ってくれないということか」

「…うちの錬金組合として売るわけにはいかん。これは決まりごとだからな。だが、手に入れる方法はある」

「ほう?」

「そうだな…ここからは、俺とあんたの、情報交換だ。石鹸の製法を知ってるくらいだから、何か有用な知識があるだろう」

「さっきも言ったような、重曹を果汁に混ぜると美味いから売れるというようなことか?」

「そうだな。しかし、うちでは重炭酸ソーダを食用には使えん。職員が屋台などの副業をするのも禁止されている。情報としては弱いな」

「布に染み込ませて掃除すると綺麗になるとか」

「それは石鹸も同じ、汚れ落としの効果だろう。重炭酸ソーダ以外でもいいぞ。何かないか」

「うーん、さっき納品した毒キノコだが、あれはベニテングタケだろう。毒としては強くないし経口摂取でないと効果がないから矢毒にも使えん。神経毒だから強心効果があるわけでもないし、幻覚作用もない。苦いから暗殺向きでもないし、シメジなんかに毒素の中和効果があったりする。あまり研究対象向けではないと思うな」

「ほう。それは冒険者組合の秘密ではないのか」

「知られてはいないが、秘密というわけではないな」

 あれだ、元の世界に居た時、サプリなんかに含まれてるオルニチンって何だろうと調べたことがあったんだっけ。

 シメジとかシジミとかに含まれる消毒成分だとか何とか。

 うろ覚えの素人知識だからあまり鵜呑みにしないでね。


「矢毒として使えるのは、トリカブトくらいじゃないか。肉が食えなくなるので狩人や魔物退治には使えないが」

「冒険者組合への生産依頼を見直すべきか」

「まあ、毒キノコは間違えて食べる者もいるからな、冒険者組合側が研究して欲しいということなのだろうが、商売には繋がりにくいかもしれん」

「シメジが中和効果があると言っていたな、薬にも詳しいのか?」

「いやあ、そちらは全然だ。そのへんはあんたらの専門じゃないのか」

「薬に関しては薬師組合がまた秘密が多くてな…」

 あー。現代日本でも薬剤の研究開発は企業秘密が多い。

 まあ金も手間もかかるから利益を独占できなきゃやってられないというのは解るが。


「あとはその線では、ワライタケなんかの幻覚作用とかか。痛み止めになるが、麻薬にもなるのでこれもあまり詳しく教えられたりはしないな」

 コカとかケシとかペヨーテなんかがこの世界にあるのかどうか知らないし、あってもあまり近づきたくない分野だ。

 大麻や煙草くらいはあるだろうし、それを言ったらアルコールだって脳神経に作用する化学物質なわけだが。


「なるほどなあ。いや、冒険者組合というと学識の低いものばかりと下に見ていたが、あんたみたいなのも居るのか」

「まあ、俺は他所の出身だからちょっと特殊なのかもな」

 初めの詰問する口調も解け、なんか研究者と知識人の対談みたいになってしまった。

 こちらとしても現代知識マウントが取れてちょっと気分が良い。


「ちなみに、この大地が丸い、とか、この大地が太陽の周囲をクルクル回っている、という説は知っているか?」

 中世モノあるあるの話題を振ってみる。

 宗教的なものが絡むとヤバいんだけどね。


「それは何百年も前に立証されただろう。研究者じゃなくても知ってるくらいのものだぞ」

 そうなのか。この世界にもコペルニクスとかガリレオのような人がいたようだ。

 宗教裁判で処刑された人なんかもいるのかもなあ。


「天文学は船乗りの学問だからな。造船をしている州都中央では研究も盛んだ。そっちが専門なのか?造船用の木材運輸なんかで知己を得たか」

「いやいや。言ったろ、俺は研究者ではなく屋台をやってるだけのそこいらの物知り兄ちゃん、くらいの位置づけだ。学問より金を稼ぐほうが優先だ。…話はだいぶ逸れたが、重曹の入手方法は教えてもらえるのか?」

「ああ、まあいいだろう。言っておくが石鹸は作るなよ。自分用に使うだけなら取り締まりようもないが、売ってるのを見つかったらただでは済まんぞ」

「石鹸なあ。確かに虎の町のほうで売ってるものは薄いし高いが、そこまでして独占するほどのもんかね?」

「帝都のほうじゃ軍事予算から研究開発費を回してもらえるらしいが、こっちじゃ自分たちで工面しなきゃいかんのだ。がめつくもなる。さて、重炭酸ソーダだが、うちよりがめつい連中が自分らの利益を乗っけて成分を隠して販売してたりする」

「密売か?大丈夫なのか、買っただけで逮捕されたりしないだろうな」

「利益に敏い連中は危ない橋を渡ったりしねえよ。薬師組合が、商人組合を通じて販売している『おなかスッキリ』って整腸薬があるのだが、あれの有効成分はうちが卸してる重炭酸ソーダだ。丸薬は色々混ぜものが含まれているので、『おなかスッキリの素』を、薬を扱ってる商人から買えばいい」

 薬のネーミングセンスよ。解りやすくていいっちゃいいんだろうが。


「錬金組合で作って、薬師組合に卸して、商人組合が販売してるのか。薬師組合は右から左に流してるだけじゃないか」

「そんなもんよ。こっちとしても石鹸の原料なんか売りたくないが、腹痛の薬、という名前をつければ石鹸より高く売れるってんだからな。まあ、石鹸を食うやつなんかいないだろうし、薬と同じ材料だとは気づくまい」

「丸薬でなく素を買うわけだろう?購入時に何か言われたりしないだろうか」

「そこは適当に言い繕えよ。そういうの得意だろう?」

「なんか詐欺師みたいで人聞きが悪いな。別に得意じゃないぞ」

「さっき地動説の話をした時に、そういう説がある、という言い方をしただろう。感覚に反する観測結果を信じられない愚か者を相手に商売してきた奴の表現だ」

「あー。まあな、確かにそういうことはよくあるか」

 ここより文明レベルが高いところから来たわけだからな。

 不都合だったり信じてもらえないような事は適当に言い繕ってきたっけ。


 ホツはずっと後ろで黙って立っていた。

 話の内容はあまり理解していないだろうが、なんか難しいこといっぱい知ってる先生すごい、とか言いたげに目を輝かせている。

 学問に興味があるのは良いことだが、少しは疑うことも覚えたほうがいいかもな。


 珍しく現代知識を引っ張り出しても良さそうな相手だったし、調子に乗ってしまったかもなあ。

 まあ、これ以上のこと、進化論とか深層心理とかの話はデータがなきゃただの妄想だし、火薬だの羅針盤だのは社会への影響が大きすぎるだろう。



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