第十四話 運命
昼のお好み焼きを売り終え、屋台脇で三人で昼食にする。
ホツにもお好み焼きが与えられ、美味しい美味しいとがっつくように食べており、終いにはお母様にも食べさせてあげたかったなどと言い出し、泣き出してしまった。
大げさだと思ったが、それほど飢えに怯えて暮らしていたのだろう。
使用人待遇ならお好み焼きは贅沢だろうか、とも思ったが、ヨウも普通に三人分取り置きしていたんだよな。
ニラワのとこではどうしていたんだと聞くと、道場では門下生たちが昼飯を作っており、その余り物や食べ残しを貰っていたんだとか。
昼食のみの、一日一食だったらしい。というか、朝食や夕食を食べるのはニラワのようなお金持ちだけだと思いこんでいた。
北の村でのヨウの家にも使用人は居たみたいだったのでそういうものなのかと聞いてみたが、あちらは普通に従業員寮のようなところで家主と変わらない食事をしていたららしい。
ニラワの待遇が悪かったということか。
聞けば聞くほど厄介者扱いだったようで不憫になってくる。
そんなでも河原暮らしよりはずっとマシだったようで、ホツはニラワに強く感謝している。
「仕事が出来れば、毎日三食の飯が食えて、屋根の下で布団をかぶって寝られる。怠ければ食えなくなり、住処を失う。環境が変わって戸惑うことも多いだろうが、仕事を覚えて毎日続けることが大事なのだ」
「はい、先生!精進します!」
しんみりした空気を締めるべく、聞こえの良い教訓のようなものを口にすると、元気の良い返事をしてきた。
仕事を覚えると言っても、俺としても元の世界の知識でお好み焼きを売ったり竹細工のおもちゃを作ったりしているだけで、何か努力したりしてるわけではないというのが正直なところだ。
兎の飼育は投資というかギャンブルみたいなものだと思っている。
全滅して大失敗するか、買取価格が上がって儲けが出るか、数カ月先の成否に賭けたわけだ。
ホツは俺がニラワと引き分けたことに感動したようだが、これもヨウの弟を助けた時と同じ、剣術スキルの賜物だ。
偉そうなことを言う資格はないのだが、ともかく前向きになってくれたなら良いだろう。
元の世界の知識、剣術スキル、ヨウとホツのような仲間、と。
なんだか結局アニメやゲームの異世界転移ものっぽくなってしまっている気がする。
今更バトル展開になっても困るのだが。
異世界転移の際に神様に会って話したわけではないが、やはり俺に何かさせようとしているのか。
ホツも今後俺にとって重要な役割を持つのかもしれない。
ヨウがあまりに有能だったから不器用さが目立つが、その怪力で俺たちを救ってくれるとか、そういう運命的なものがあったりして。
いきあたりばったりな暮らしをしているが、神様の手のひらの上だったりするのか。
運命が操作されているんじゃないかという感覚はアニメやゲームの影響だろうか。
そもそも何故転生じゃなく転移なのか。何故前世の記憶があるのか。
理由なんてなくて、ただのシステムバグのようなものなのか。
アニメのないこの世界、お前がアニメになるんだよ!ってか。
俺の異世界人生、アニメ化しても地味で受けないと思うんだけどな。
やっぱアニメにするなら、バトル!ハーレム!グルメ!と盛っていかないと。
…熊とバトルしたし、ヒロイン二人目出てきたし、お好み焼き屋台とかやってるし、それっぽいことはしてるんだけどなあ。
午後は、兎の世話を冒険者組合の子供に言付けて、ホツの住まい探しだ。
大家に聞きに行ったら、割と近所、虎の町4丁目に空き部屋があるという。
うちと同じような長屋で、井戸から離れているぶん少し家賃が安い。
とはいえ、ニラワから受け取った支度金は銀貨40枚。
…まあ、持ち出しになってしまうが仕方ない。
そこを借り、ホツの寝泊まりはそこでするよう申し付ける。
本当は俺がそこで寝て、元の部屋でヨウとホツが寝れば良い、と考えていたのだが、ヨウは婚約者として俺と同じ屋根の下で寝るというところは譲れないと強く主張したので、この形になった。
ただ、新しく借りた部屋もホツの部屋という形ではなく、俺とヨウが手分けしてお好み焼きを焼いたり、俺が匂いの強い樹脂を使って竹細工をする時の作業場を兼ねるので、散らかさないように言っておいた。
物を所有していないホツが散らかしようもなく、散らかるのは細工物関連なのだが。
道場でも掃除はしていたようだし、寝る場所と食事を提供する以上はそのくらいのお手伝いはしてもらおう。
ホツの日用品も買い揃える。
肌着、歯ブラシと言う名の植物の茎、石鹸、手拭いなど。
あとは生理用品らしきスポンジ状の股当て。
食器洗い用のものかと思って手でブニブニしちゃったよ。
まあ、この世界では生理に関する話を男の前ですることに対する忌避感は薄いようだ。そこまで気まずい感じでもない。
内心では白い目で見られていたのかもしれないが。
女性用のブラジャーというか、胸巻と呼ばれている布も肌着の一種だ。
腹巻のようなものだが、前でホックを留めている。留め具は金属のものもあるらしいが、一般的なものは動物の骨で作られているらしい。プラスチック代わりにそんなものも使われるのか。
ホツにはまだ不要かとも思うが、乳首が擦れるのも良くないと思ったか、合わせて購入していた。
ブラジャーなあ。
竹ひごを曲げてワイヤー代わりにして布で包んで胸を支えて、あと肩紐をつけるようにすれば胸の大きな人に需要があるかもしれないが、提案はしづらいな。
ヨウも小さいわけではないが、どちらかといえばスレンダーな体型なんだよな。
今後成長したら作ってみてもいいかもしれないが、当てつけとか捉えられて気を悪くされてもな。
別に不満があるわけじゃないよ。
そもそも、胸が大きいほうがいいとか小さい方が好みだとか、そういう話は独身男性同士でするものだろう。
年の近い友人なんてのが居ないので、そういう新たな性癖の発見なんてのがないのだ。
ヨウが居るから寂しくないし、酒が好きというわけではないのでわざわざ酒場に行こうとも思わない。
社交性に欠けるかもしれないが、これまでは不便なこともなかったのだ。
ホツに男をあてがうとか、先々の話はおいおい考えていけばよかろう。
…なんだか娘を嫁に行かせたくない父親の心情になってないか。
面倒を見よう、と決めてからはヨウもホツに対して敵愾心を見せるような態度ではなくなったが、内心はどうなんだろう。
俺の決定だからと、不満に思っていてもそれを表に出さないだけかもしれない。
せめてものご機嫌取りに、日頃の感謝の意を込めて、服でも買いに行こうと提案した。
「少し暑くなってきたからな、ヨウも夏物があると良いだろう。俺も薄手の作業着が欲しいし、ホツにももう少しマシな服を着せたほうがよかろう」
やましい気持ちはないが、またなんだか言い訳がましくなってないか。
「鼠町の肉屋の近くに古着屋がありました。行ってみましょうか」
近所の雑貨屋には肌着くらいしか売っていない。
上着やズボンなんかは金持ちが新品を買って古着屋に売り、庶民が古着を買う、という習慣らしい。
ホツなんかは、服というかボロ布を縫い合わせてツナギのような形にしたものを着ている。
というか、ヨウも自分の所持品は少なかったし、俺もボーナス武器の刀だけではあったが、肌着などの最低限の荷物はあった。
ホツは手ぶらだ。予備の下着なんかも持っていなかったようだ。
古着屋も、肉屋なんかと同じように店内に入る形式ではなく、軒先に棚を出してサイズ別に畳まれたシャツやズボンが積まれている程度の規模だった。
サイズ的に選択肢が少なさそうだ。
俺の男性用とかホツの子供用などは、色や柄の種類もあまりなく、あっさり決まったが、婦人用はさすがにバリエーションがある。
「今着ているシックなのも似合っているが、夏だしもっと明るい色のものも良いのではないか」
「そうですか?汚れが目立ちそうですが」
あまり着飾ることに興味がないのか、ヨウも手早く選ぼうとするのを制して、色々と聞いてみる。
女性だからと時間をかけて服を選ぶのが楽しいだろうとか思ったが、そうでもないのか。
「汚れる仕事をするときは前掛けをするといいんじゃないか?それも買っておけ」
エプロンというと、メイド服のようなエプロンドレスとか裸エプロンとか、コスプレ的なものを想像してしまうけれど、そんな華やかなものではなく、男女兼用っぽい無骨なものだ。
防水っぽいし、魚市場とかでゴム手袋に長靴のおっさんがつけてるようなイメージか。
メイド服や裸エプロンはもう少し良質なものを購入出来るようになってからだな。
「スカートとかはどうだ、華やかな色のものも多いが」
「はあ。腰巻は歩きにくいのであまり好みではないですが…。そうですね、売り歩きの際などは少し派手めでも良いかもしれません」
「うむ。ヨウは美しいからな。どのようなものも着こなせるだろうし、色々持っておくと良いだろう」
「ふふ、どうしたんですか今日は。今更口説くようなことをせずとも」
そんなことを言いつつ上機嫌になってくれたようなので、ヨウの服だけ複数枚購入する。
今は商店街の古着屋だが、もっと頑張って稼いだらゆくゆくは金持ちの集まる北西部の商人街にあるという服飾店で新品の服を買ってやりたいものだ。
あわよくばオーダーメイドのメイド服を。
ヨウには似合うと思うんだよな、メイド服。
どのくらいの値段なのか見当がつかないので今はあまり近寄れないのだが。
卵が足りなくなりそうだったので、夕方のお好み焼きはナシにして、明日の昼に少し多めに焼くことにした。
卵の入荷、徐々に減っているなあ。
兎も出荷できるようになるにはまだかかりそうだし、とりあえず竹刀作りを頑張るか。
時間が余ったし、風呂に行くことにする。
ホツは初めてらしい。ヨウにマナーを教えて貰うよう言いつけ、俺は一人男風呂に入る。
体を拭いて頭を洗おうとして、ニラワに打たれたタンコブに触れてしまい、痛い思いをした。
湯船に浸かり、考える。
今日は朝から色々なことがあった。ニラワと再会して竹刀で立ち会い、ホツを譲り受けて連れ帰ったらヨウに叱られ、気まずくなったが服を買って機嫌を直してもらった。
前に風呂に来た時はヨウの色気にあてられてしまったので、夕食後に来るようにしようとか思ったんだっけか。まあ今回は時間も早いし、ホツも一緒なので我慢しよう。
前回は俺のほうが早く上がったので、少しゆっくりしていたのだが、今回は女性陣が先に上がっていた。
互いに気を使ってしまったか。
次からはお互いゆっくり目でいこう、などと打ち合わせる。
「ホツはどうだった。初めての風呂は?」
「はい、川に入ったりしたことはあるのですが、熱い湯に浸かるというのは何とも落ち着かなく。のぼせそうだったので早めに上がってしまいました」
「夏場では感動も特にないか。冬は気持ちいいぞ」
「そうですね、道場に住まわせて頂けるようになってから、冬の雨風をしのげるだけでも感動しておりました。このように体を温められるなら、凍えることもなくなりそうです」
…またディープな過去の話が始まりそうなので話題をそらす。
「夕食はパンとスープだ。道場で食べていたものと大差はないだろう。お好み焼きは日に一度の贅沢、という位置づけだな。稼ぎが足りないとなればそれも売って金にしたほうが良いと自分たちでは食べられなくなる。明日も仕事を頑張ろう
「はい、一日も早くお役に立てるよう、精進します」
暗くなってはいけないと手早く夕食の支度をして、三人で食べ終える頃には、やはり暗くなってしまった。
ランプをつけ、ホツを作業部屋のほうへ送り届ける。
これまでも寝起きは一人でしていたらしいし、万一押し入り強盗のようなものがあれば、大声を出して近所の者に助けを求めれば良い。
明日の朝、鐘がなる頃にうちへ来るようにと言いつけておく。
布団で寝るのも初めてのようだったので、快適さのあまり寝坊することのないように、と注意はしたが、まあ子供だし寝坊したとしてもそこまで叱ることもあるまい。
いや、農家出身のヨウは怒るかもな。
ホツが来たことで受ける愛情が薄れたなんてことを思われてはいけないと、お休みのキスはいつもより濃厚に行った。
だんだんヨウに押し切られる感じになってしまっているし、このままだと俺が我慢できなくなってしまいそうだな…。