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第十二話 竹刀

 

 おもちゃ屋と化した屋台の店番をしながら子供たちのチャンバラ劇を見てると、何人かの子は棒きれではなくちゃんとした木刀を持っていたりした。

 護身用なのか、剣術の練習用なのか。

 この世界にやってきた時に手に入れた日本刀は、使うアテもないので家の棚の裏に隠しおいて放置してある。

 錆びても困るし、時々は手入れをしなきゃなあ。

 剣術スキルのようなものも手に入れたらしいが、考えてみれば発動したのは熊を倒した一度だけだ。

 あれは刀に付随するのか、棒きれでも発動するのか。

 今後使う機会があるのかどうかも解らないが。


 ガラの悪い連中に絡まれるようなことも今のところ全然ない。

 治安が良いとは聞いていたが、文明レベルは低いのに皆こんなに行儀が良いのは、警察職を兼ねているという傭兵組合が強権で恐ろしかったりするのだろうか。

 酒場とか貧民窟ではまた違ったりするのだろうか。確かめに行ってみようとは思わないが。


 子供の喧嘩くらいなら時々見かけるが、すぐにそのへんに居る大人が止めて事情を聞いたり叱ったりしている。暴力に対する戒めが強い、ということなのか。

 家に帰ったら折檻されたりするのかもしれない。


 木刀にしろ薪雑把にしろ、チャンバラで振り回しては危ないだろうと思い、竹刀を作ってみた。

 竹を割って紐でくくり、先端に布を巻いた程度のものだが、これなら叩いても突いても怪我はしにくいだろう。

 加減せず叩けば痛いは痛いだろうが、木刀よりはマシだ。


 どのみち端材で作ったようなものだし、笛やお面よりも手間がかからないので、竹刀はチャンバラをしている子供にタダであげることにした。

 木刀を持ってたような年長の子が、「これなら師範も試合を認めてくれるかもしれない」などと言っていたので聞いてみると、やはり剣術を教える道場があって、そこに通ってるんだとか。

 で、危ないからと木刀で打ち合うのは禁止されていると。

 大人からするとそりゃそうだ、と思うけれど、剣術を習っている子供にとっては、折角習ったんだから試してみたいというのも解らないではない。

 竹刀は剣道場に売れるかもしれない。


 翌日、鍔をつけて持ち手に革を巻いた竹刀を何本か作り、剣道場に通っているという子供に案内を頼んで行ってみた。


「おお、久しぶり…ってほどでもないか。どうした、何か困りごとか?」

 道場は傭兵組合の近くにあり、傭兵の訓練もしている。

 もしかしてと思っていたら、やはりというか、道場主はタトルから東人街に案内してくれた男、ニラワだった。

 かなり立派な屋敷に道場が併設されている。傭兵組合でも偉い人なんじゃないか。


「いや、今は竹細工で玩具などを作っていてな。木刀でチャンバラごっこをしている子がいたので危ないだろうと思い、こういうものを作ってみたのだ」

 ここに来た経緯を説明し、竹刀を見せる。

 今日はヨウは同行していないし、女房に逃げられて食い詰めて金でも無心に来たなどと思われてはかなわない。


「細工職人になったのか」

「いや、所属は冒険者組合なんだが、あそこは今の時期あまり仕事がないようでな、職人のようなこともやっている程度だ」

 お好み焼きとか兎の飼育とか、細かく説明しても良かったが、親戚でもあるまいし、事細かく伝えるのもおかしい気がしたので簡単な近況報告で済ませることにする。


「それで、これか。軽すぎて素振りには向かなさそうだが」

 ニラワが竹刀を受け取って振り回す。

「子供や初心者向けにどうかと思ってな。門下生には打ち合いを禁じているようだが、これなら当ててもそれほど痛くない」

「痛くない打ち合いに意味はないだろう」

「そこはほら、剣を習ったら打ち合ってみたくなるものだろう」

「そういう無意味な発散を戒めて、実戦への気概を強く持て、という教えなのだがな。ただまあ…そうだな、戦争も魔物退治も機会がなくなってしまっているし、つまらん喧嘩に命を賭けるのも馬鹿らしい。平和な時代には平和な武器も必要になるのかねえ」

「えーと、それで、道場とか傭兵組合でこの竹刀を買ってもらえないかと」

「いくらだ」

「出来れば一度にまとめて購入してほしい。見ての通り、真似して作ろうと思えば簡単にできてしまうのでな。考案料を含めて、百本で3エンでどうだ。一本あたり3センと考えると、傘などの竹細工ものとしては高めだが、今後は自作してもいいし、他の細工物職人に頼んでも文句は言わん」

「ここの道場も運営だの予算だのは傭兵組合だから、俺の一存では決められないが、推薦することはできる。…だがしかし、一本二本ならともかく、まとめ買いするなら竹細工組合を通さないと難しいかもな」

 屋台でそのへんの子供に売るようにはいかないか。

 お好み焼きの件もあるし、発明品として知的財産権を主張するのも難しい。

 竹細工組合と交渉しなきゃいかんのか。


「あとは、皆が欲しくなるようなパフォーマンスだな」

「パフォーマンス?」

 売れるかどうかを気にしているわけではなかったのだが。


「おおい皆、稽古の手を止めてこっちに来い。この者、北の村で熊を退治した剛の者で、強者との立ち会いを望んでいる」

 何か始まった。

 え、熊退治の剛の者って。

 …俺のことだよな。


「我らは兵士、遺恨もなく決闘のようなことは行わぬ。とはいえども、臆して逃げたなどと噂されては剣士の名折れ。ここはひとつ、代表として剣術師範のこの俺が怪我などさせぬよう、この竹刀にて一手指南つかまつろうと思う」

 何なに。俺とニラワが立ち会う流れ?

 ボコボコにされて戸板に乗せて河原に捨てられるパターンじゃないですかやだー。


 門下生たちが庭先に集まってくる。

 死んだわアイツと言わんばかりにニヤニヤしている者もいる。

 そうだ、相手の構えを見て参りました、と降参すればいいんだ。


 一応こちらも構えるフリだけはしておこう。

 確か熊を倒した時は胴を切って走り抜けた感じだったっけ。

 とすると、剣道のような正眼の構えでなく居合のような、剣の長さを相手に見せないよう腰を低くして竹刀を後ろに隠すように、と。


 こちらの居合腰を見て、ニラワは竹刀を上段に構える。

 示現流か。他に上段の流派とか知らないけど。


「キィエエェェェェェェッ!!」

 びっくりした。

 ニラワが声を上げてこちらに突っ込んできた。猿叫か。


 驚いて、参ったと声を上げる暇もなく、体が勝手に動いていた。


 バチィンッ、という音が響き渡り、目の前が真っ白になった。


 一瞬の意識の断絶。額から血が流れ落ちる感触。

 視界が戻り、目の前にニラワはいない。


 打たれながら俺が走り抜けたのか。

 遅れて脳天に強い痛みがやってくる。


「…お見事でござる」

 痛む額に手を当て、振り向くと、ニラワが同じように腹を押さえてこちらを振り向いた。


「引き分けにござるな」

 ニラワの腹部は、服が裂けて、大きなミミズ腫れが出来ていた。


 剣術スキルは初期ボーナス武器の日本刀でなくても発動するようだ。

 それも、発動させようと念じるのでなく、身の危険を感じると自動で出るっぽい。


 お好み焼きの秘密を探られていた時なんかも、棒状のものを持っていたら発動してしまっていたのだろうか。

 平時だと誤発動しそうで危ないな。


 お互い武士言葉になってしまっていたと、後から気付いた。

 なんだ、ござるって。

 剣豪小説の読み過ぎか。

 ニラワまで、ノリノリじゃねーか。

 今にして思えば前口上とかもそれっぽかったな。

 まあニラワは本職だしおかしくもないか。



 道場の縁側で、二人揃って怪我の手当を受けた。先程の立ち会いを見て興奮したか、庭先では門下生たちが竹刀で打ち合ったりしている。結構強く当ててるけど大丈夫なのかあれ。


「…実はな、お互い構えだけ見せて、お見事お見事引き分けだ、と褒めあって済ませるつもりだったのだ」

 ニラワが手当をしている中年の女性に言い訳している。

 奥さんかな?妻に言い訳がましくなるのはどこも同じか。


 大体、そういうことは事前に打ち合わせておけよ。スキルが自動発動しちゃったじゃねえか。

 殺気が強すぎるんだって。


「ニラワ師父に本気を出させるほど、先生の構えがお見事だったのでしょう」

 俺の頭に濡れ手拭いを当ててくれている若い娘が答える。

 先生って、俺のことか?


「真剣ならずとも、木刀だったとしても、二人とも死んでいたかも知れんな」

「竹刀でも、兜や腹当てはつけた方がいいのでは」

 剣道でもゴツい防具つけたりしているからな。

 竹刀であってもこの程度の怪我で済んだのはむしろ僥倖か。

 簡易的なものなら、竹と布で兜や鎧を作れるかもしれない。

 とはいえなあ。どのみち傭兵組合に売ろうとするなら竹細工組合を通さなきゃいけないんだよな。


「では、こうしよう。十日後に傭兵組合を通して竹細工組合に百本、竹刀を発注するから、お前はそれまでに出来るだけ作っておいて、こちらの発注後に持ち込めば良い。手数料は引かれるだろうが、それは傘なんかでも同じだろう」

「妻と二人でやっても十日で百本は難しいかもしれんなあ」

「残りは出来上がり次第遅れて納品でも構わないし、竹細工組合の者に作ってもらっても良い。そのへんはそっちで決めてくれ。…まあ、お前が考案したのに取り分が少ないのは確かに不満だろうな。よし、ではこうしよう。考案料としてその娘をくれてやる。弟子にするなり使用人にするなり、妾にしても構わんぞ」

 ニラワは俺の手当をしてくれている娘を指差す。


 は?

 何を言い出すんだ。


「…解りました。師父、お世話になりました。これまでの御恩、今後はこちらの先生に誠心誠意お仕えすることでお返しさせて頂きます」

 おいおい。その気になっちゃってんじゃないか。


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