第十一話 お面
翌日、朝に狩人組合に顔を出すと、早速兎を生け捕りにしておいてくれたようだ。
とりあえずオスとメスのつがい、残りの二匹は明日以降とのこと。
竹籠のなかで茶色のと白黒のブチのが寄り添ってビクビクしている。
そういえば、こっちの世界では兎を一羽二羽とは数えないようだ。
四足獣を食べるのに抵抗があった昔の日本特有の言葉遊びみたいなもんだからな。
冒険者組合に行き、兎を小屋に入れる。
物置小屋のため、中は暗いし、戸を開けたときに逃げ出しそうなので、色々改造が必要だろう。
取り急ぎ、物置の隅に藁を敷いて木箱で簡単に仕切り、兎が逃げないようにする。
冒険者組合の職員に挨拶して、兎小屋の改造許可を貰い、必要なぶんの竹や板を売ってもらえるよう話しておく。
一度家に戻り、お好み焼きを手伝おうとするが、やはり手持ち無沙汰になってしまう。
兎小屋の改造でもやりながら待ってたほうが良かったかな、とも思うが、ヨウにも兎の世話を頼むこともあるだろうし、俺が働きもせず遊んでるんじゃないかと疑われてやしないか気になって言い訳混じりの報告をしておきたいというのもある。
婚約者であってもプライベートな時間は必要だろうか。
一人暮らしを始めたばかりの大学生みたいに、親が頻繁に連絡してくるのをウザいとか思っちゃうみたいな。
でもなあ。親の目を離れた若者って、肉体的にも精神的にも金銭的にも無茶なことやらかしちゃったりするもんだから。
そんで普段冷たい態度で接してるから親に頼れなくてドツボにハマったりね。こわいこわい。
ヨウも気をつけるんだよ。
「昼のお好み焼きを売り終わったら、冒険者組合に行って兎小屋の補修を手伝って欲しい。その後、二人で夕方のお好み焼きを焼こう」
「わかりました」
「お好み焼きのほうも任せてしまっているが、困ったことはないか?卵を落として割ってしまったり、キャベツが足りないのに物売りが来なかったり、釣り銭が足りなかったり」
「そういう時はその場その場で何とか対処しています。今のところは大丈夫です」
若いのにしっかりしてるなあ。
飲食店とかだとバイトの子がちょっと困ったらあたふたして、落としたもの入れたり具材なしのまま客に出したりして、より大きな問題になったりとかね。
「まあ、何かあった時のために別々にやるより二人でやった方が効率もいいだろう」
「そうですね」
信用していないわけでも任せておけないわけでもないし、頼りないと思われたくもない、なまじ問題解決能力に優れているしっかり者ゆえ頼るのが苦手な面もあるだろう。
この世界も、現代日本に比べて不便なことは多いものの、どうにもならないレベルのものは事故や病気くらいだ。
暑いとか寒いとか、ドブや肥溜めが臭いとか、ハエやカが多いとか、シャンプーがなくて頭がかゆいとか。
冷蔵庫がないし流通が発達していないので、食べ物のメニューが少ないのは不満だが、だからこそお好み焼きが売れたというのもある。
娯楽が少ないのも不満だが、それだけ生活と仕事が忙しいということだ。
現代日本でも、娯楽は数多いのだが堪能している暇がないというのが実際のところだったので、大して変わらないと言えるだろう。
午後の作業でも、ヨウは竹を運んだり鋸や金槌を使うような作業も楽しげにこなしていた。
「小屋の修繕みたいな作業は農家でもやっていたのか?」
「本格的なものになると、やはり大工に頼んでいましたし、子供の頃はあまり力仕事を任されることもなかったので、むしろ新鮮ですね」
「それにしては様になっているな」
「ありがとうございます。うちはそこそこ大きな家ではありましたが、田舎の農家ですので、何でも自分で出来るのが良いと教えられました」
貴族や富豪みたいに傲慢にならず、勤勉で能力を得るため努力する、か。
こういう子だったら現代日本でも、勉強も運動もそつなくこなした上に、スマホやパソコンも使いこなす完璧超人になりそうだ。
もしくは器用貧乏でどれも上手くいかなかったりするんだろうか。
それから数日、午前は別々に、午後はヨウと一緒にお好み焼きと兎小屋の仕事をした。
兎も残りの2匹を狩人組合から受け取って4匹飼育になったと思ったら、最初に飼っていたメスが7匹の仔を産んだ。さすがに妊娠期間がそんなに短いわけはないので、もともと妊娠していたんだろう。
急に10匹以上になってしまって小屋を拡張したり外で運動できるスペースを作ったり、カラスやトンビに狙われないよう柵に天井をつけたりと、作業が忙しくなった。
とはいえ金になるのはこの仔兎が成長する三ヶ月くらい先の話だ。
その頃には他のメスも仔を産むだろうし、そのうちもう一棟小屋を借りるべきだろうか。
冒険者組合で一ヶ月働けば1エン50センの収入だが、兎は毎月20匹売って1エン10センくらいの売上だ。
兎の買取価格が上がるという予想や、兎肉を仕入れることで得られる屋台収入の増加、あとは小屋の改造が終われば兎の世話自体はほとんど時間がかからないというのを考えると、空いた時間にもうひとつくらい副収入があれば最終的にはそこそこの実入りになるんじゃないだろうか。
何がしかのトラブルで兎が全滅、なんてこともあり得るから、まだまだ皮算用ではあるんだが。
副収入については、竹細工組合に出入りしている時に作り方を教わった傘を作ってみることにした。
やっぱ食い詰めた浪人は傘を貼らないとな。
小屋の補修で余った竹を骨組みにして紙を貼って樹脂を塗る。
毎日1本か2本作って、10本溜まったら竹細工組合に持っていって買い取って貰う。10本で8センだ。兎が売れるようになるまではこれで収入を補えばいいだろう。
兎の世話は、冒険者組合に出入りしている子供たちがやりたがった。
情が移るといけないからと、抱いたり名前をつけたりしてはいけない、と言い含めて、エサやりやフンの掃除などをやってもらうようにした。
ヨウも、弟がいたこともあってか子供あしらいが上手く、一緒に兎の世話をしている姿は見ていてほっこりする。
子供たちの給料については、冒険者組合の仕事の片手間でやるからいらない、ということだったので、小屋の借り賃を少し上乗せするから冒険者組合の方で子供が休憩時間に兎の世話をするのを認めてくれ、と言って承認してもらった。
俺とヨウが、「ウサギのにーちゃんとねーちゃん」と呼ばれるようになってしまったので、竹と紙でウサ耳のカチューシャとお面を作ってつけてみたところ、子どもたちがみんな欲しがった。
調子に乗って犬やら熊やらのバリエーションを作ってみたら子どもたちの間でブームになったらしい。親から乞われて、兄弟のぶんまで売ることになった。
もともとバニーガールを思い出してヨウにウサ耳のカチューシャを作った、とは言い出しにくい雰囲気になってしまったな。
子供向けであってもアクセサリーを贈られたのは満更でもなかったか、ヨウも普通に兎小屋に行く際にはウサ耳をつけるようになった。
まあ、露出度の高いドレスとか網タイツとかはこちらの世界には存在しない、はず。変な目で見られる風でもないし問題なかろう。
「兎は繁殖力が強いからな」とか言い訳ウンチクを披露したところ、「そうですか…兎ですら」とか言って恨みがましい目を向けられてしまった。
妊娠期間も育児期間も人と兎は全然違うんだから一年待ってって。
冒険者組合の周囲だけでなく、近所の子供までお面を欲しがるようになったので、お好み焼きと一緒にお面や髪飾りも売り歩くようになった。学校に行っていないぶん、この世界の子供たちは小間使いやら使い走りやら、よく働くので意外とお小遣いも持っていたりする。
売り歩きの際にお面を買いに来た子がお好み焼きまで買ったりするので、本格的に屋台に着く前にお好み焼きが完売するようになってしまい、屋台でもお面を売るようにした。
お好み焼きが完売してるのに売り声が「おこ~の~み~や~き~」というのもおかしいが、「おめん~」と売り声を上げるのもなんだか違和感があり、竹で笛を作り、筒に紙を貼ってでんでん太鼓を作り、チンドン屋風にしたところ、笛や太鼓まで売れるようになった。
子供向け商品が増えてきたので、コマとか凧とか色々遊び道具を思い出して作ったり、女の子向けのものが少ないなと指輪とか髪飾りとかも作ってみたりした。
やっぱり子供たちも娯楽に飢えてたのか。仕事と生活に追われるようになる前に遊びたい盛りだよな。
もはや何屋なんだか。
異世界畜産(兎)が始まる前に異世界玩具屋になってしまった。
笛太鼓にお面が普及したら、子供たちが歌劇のようなことをやるようになった。
金太郎とか桃太郎みたいな、悪い奴を良い奴が懲らしめるというよくある昔話の、バトル部分を演じているらしい。
「犬やら兎やら狐やら、どっちが悪者なのか分からんな」
「お話では体の小さい側が勝つのが普通ですし、そうなっているのでは」
「鬼とか悪魔とか、いつも悪者になるやつとかはいないのか」
「鬼は東国人が西国人を差別的に戯画化したものですし、悪魔は西国人が南国人を差別するために作り出したものですから、東人街ではあまり好まれませんね」
そういえば鬼とか悪魔とかについては、東人街に来た時に護衛の男に質問したっけ。
倫理観とか宗教観が関わりそうなので、人間型のお面を作るのはヤブヘビになりそうだ。
ヤブヘビといえば、ヘビの面なんかは悪者役になりそうだとも思ったが、悪者専用のお面とか作るとイジメにつながりそうだしなあ。