第十話 兎
卵の入荷についての相談を一区切りし、他のトッピングについて何か情報はないか探る。
「カエル肉は普通に入荷しているようだが」
「カエルは狩人組合が養殖してるからな。卵とは入荷が別なんだ」
「そうなのか?」
「海産物は漁師組合だが、東人街は海に面してないから少し高くなる。川の生き物と飼育できない獣なんかは狩人組合の仕切りだな。あとは、犬も狩人組合が飼育しているが、これは猟犬とか番犬として傭兵組合や農業組合に売られてるものだな。あとは…馬は傭兵組合の分野だが、東人街の傭兵組合は調教だけで繁殖はよそでやってるみたいだ。それ以外の、鶏、羊、山羊、牛が農業組合から入る肉で、これらが今後少なくなるって話だ」
肉のことは肉屋に、とでも言いたげに説明してくれた。畜産オタクか。
「飼育できない獣って…熊とか?」
「熊はもう何年かに一度、くらいしか取れないみたいだな。狩人が弓や罠で採る獣といえば、兎、鴨、貉、猪あたりか」
貉は知らないが、兎も鴨も猪も飼えそうだが。
兎はつがいで飼ってればどんどん子供を産んで増えていくと聞いたことがある。
これも聞いた話だが、昔は学校で鶏と兎を飼ってて飼育委員の生徒に世話させてたんだとか。
鴨は飛べないよう品種改良してアヒルにしたわけだし、猪も品種改良で豚にしたわけだから、何十年と時間はかかるが家畜化は可能なんだろうけど。
とはいえ、畜産業をやってたわけでもないので、現代知識でマウントを取っても仕方ない。目先の金になりそうなところに絞るべきか。
「兎なんかは飼育して増やせるんじゃないのか」
「そうなのか?」
「鶏より簡単だと聞くが。鶏に比べて鳴かないし、糞も臭くない。エサもそこらの草と野菜屑でいいからエサ代もかからない」
「だが、鶏は飼ってればずっと卵を産み続けるだろう。兎は食ってしまえば終わりだ」
「ああ、だから兎は飼われてないんだろうけどな。ただ、他の肉が入荷されなくなると、兎の肉も値段が上がるんじゃないか?」
「それはそうだろうな。ふむ。お好み焼きを考えたのはあんたなんだろう?兎の肉でまた何か料理を考えて売り出そうって考えか?」
「…まあ、な」
俺が考えたわけではないが、まあ説明するのもめんどくさいし、北の村からヨウと東人街にやってきた、という用意しておいたストーリーも今ここで話しても仕方ないだろう。
「仕入れで狩人組合に出入りしているから、紹介してやれるぞ。まあ、勿論兎肉が安定供給出来るようになったらうちに優先的にもらえるよう便宜を図って欲しいという下心つきだが」
「正直だな。まあ、紹介してもらえるのはこちらとしても有難い。まあ、上手くいくかどうかは解らんが」
「よし、じゃあ明日の昼、卵を届けた後で一緒に狩人組合に行くのでいいか?」
「解った」
その日はまだ日が暮れるまでに時間があったので、風呂屋に行ってみることにした。
風呂屋は東人外の南側、職人街にあり、鍛冶などに使う炉の余熱で湯を沸かしているらしい。
昔の日本では公衆浴場といえば混浴だったそうだが、ここは普通に男女別だ。
入り口でヨウと別れて、料金を支払って男風呂に入ってみると、脱衣場とか洗い場はなく、いきなり湯船があった。
マナー違反を咎められるのも嫌なので、他の人の様子を観察して真似することにする。
脱いだ服は籠に入れて湯船まで持ち込むらしい。濡れるよりも盗まれるほうが大変だと考えるとそれもそうか。
掛け湯はせず、湯船から湯桶にお湯を汲んで、家でするように石鹸を含ませた手拭いで体を拭く。
あとは見える場所に服を入れた籠を置いて湯船に浸かるという手順だ。
こちらに来てからは気候も良くて濡れたり体が冷えることもなかったので、湯船に浸かりたいと思うほどのことはなかったが、久しぶりの風呂はやはり気持ちが良かった。
それほど料金が高いわけではないので、今後もたまに来るようにしよう。
お好み焼きもそうだが、風呂もやはり贅沢という考えらしい。
帰り道、ヨウと歩きながら話したところ、北の村では冬場に炭を作る炭焼き小屋などがあり、そこに風呂がついていたので冬の寒さをしのぐためのものという位置づけだったとか。
風呂で暖まって上気したヨウの姿に色気を感じ、少しドキドキしてしまった。
翌日午前、俺は竹細工、ヨウはお好み焼きの屋台の仕事で別れて、昼にお好み焼き屋台前で合流する。あちこちで卵不足らしく、よそのお好み焼き屋台は値段を下げている。
屋台の脇では肉屋のおっさん夫婦が美味そうにお好み焼きを食べていた。
夫婦で来たのか。
肉屋のおっさんとヨウがこの時間まで二人きりになるのを懸念していたが、おばちゃんの方が間違いが起きないよう気遣ってくれたのかもしれない。
「このお好み焼きってのは美味しいもんだね、あんたらが考えたんだって?」
「ああ。パンは自宅で焼くのが難しいから、一般の竈でも簡単に出来るものはないかと思ってな」
「確かに、これなら高い卵を使っても毎日食べたくなるねえ」
「おいおい、肉屋が売り物の卵を食いつくしたりするなよ」
これ以上卵が減ってはかなわん。
「狩人組合は隣の牛の町だ、午後の仕事時間の前に済ませてしまおう」
「昼は受付が忙しいんじゃないか?」
「狩人組合は朝が早いからな。職員は昼前から暇そうにしているし大丈夫だろう」
屋台を片して、夫婦二組で狩人組合へ向かう。
なんならヨウは先に帰しても良かったかもしれないが、北の村にも狩人はいたようだし、狩人の仕事でヨウが手伝うこともあるかもしれない。
話に聞いた限りでは、狩人という名のカエル養殖と犬の飼育がメインだそうだし、これから兎の飼育もやらないかと持ちかけに行くわけだが。
冒険者は山林管理人、狩人は飼育員、傭兵は警備員か。
戦闘系の職業は戦闘がない時の仕事のほうがメインになってしまうものなんだな。
誰だってわざわざ危険なことはしたくないと言われればその通りだが。
ファンタジーもののアニメやゲームで戦闘ばっかりしている話が多いのは、暴力衝動の解消みたいな意味合いなんだろうかね。スポーツで発散とかと同じで。
主人公やヒロインはピンチに陥っても最終的に勝つからエンターテインメントになるわけで、現実には負けて終わりなことのほうが多いんだから戦わないにこしたことはないと。
「あー、兎の繁殖ねえ。7、8年前くらいにやろうとしたことがあったねえ」
狩人組合で話を切り出すと、担当のおじいさんが遠い目で語りだした。
前例があるのか。
「今はもうやめちゃったのか?」
「うちは犬を飼ってるからね、トラブルが多くて狩人組合では難しい、って感じになってしまったね」
「犬が問題なら、農業組合とか冒険者組合で飼育するとか」
「どちらも食肉の取扱いに消極的なんだよね。鶏や羊の解体なんかもうちの者が出向してるんだけど、飼育する人と屠殺する人は分けなきゃ上手くいかないから、飼うのは他でやって欲しいんだけどね」
「では、冒険者組合で兎の飼育をするということになったとき、親にする兎を提供してもらったり、屠殺に来てもらったりというのは」
「それは普通にうちの仕事だから請け負うよ。でもなあ、兎かあ…」
「小さいから解体料が割に合わないとか?」
「それは鶏でも同じくらいだから構わないんだけどね、ほら、兎は可愛いから」
「ん?」
「羊なんかでもそうなんだけど、子供が泣くんだよね…」
「ああ…」
一瞬、お前は何を言っているんだ、とも思うが、食べるために飼育しているのに情が移ってしまって殺せなくなってしまう、と。
命を頂いているという事実と、命を大切にしたいという矛盾。動物愛護精神はこの世界にも既にあるのか。
肉が高くてあまり食べられないというのは、そういうのも関係しているのかもしれない。
とはいえ、飽食の時代に慣れてしまった身としては、やはり肉を食べたい気持ちは強い。
収入的にも卵の供給が止まって何か新メニューが欲しいという現状、兎肉が安定供給されるなら、串焼きにしたりパンに挟むだけでも売れそうに思う。
それとは別に、狩人組合で仕事はないか尋ねたところ、カエルの養殖池の整備などをするのが冒険者組合の管轄らしく、冬場はこちらに派遣されることもあるらしい。
犬の世話や実際の狩猟なんかは正組合員の仕事らしく、準会員はカエルの捕獲や解体をしているそうだ。
話を切り上げて肉屋夫婦と別れ、冒険者組合に戻って兎小屋を建てられないか打診してみると、あちこちにあまり使われていない物置小屋があるので使っていい、と言われた。
開拓時代には人の出入りも多くてそうした小屋が建てられていたそうだ。
ただし、兎の飼育や売買には組合は関わらず、屋台のように有料で場所を貸すだけ、ということになった。
物置小屋の借り賃は屋台よりもずっと安かったが。
ヨウには夕方のお好み焼きを作りに帰ってもらい、俺はまた狩人組合へ行く。
電話がないとこういうときに行ったり来たりになってしまうなあ。
狩人組合で、とりあえず兎を生け捕りに出来たらオス一匹とメス三匹、冒険者組合の小屋で飼育したい、と告げる。
兎は買うときは一匹7セン、売るときは解体手数料もろもろ差し引いて一匹5セン50モンという話になった。
繁殖が上手く行ったとしても、実際に兎を売るのは数ヶ月は先の話になる。
その時に販売価格が上がっていれば、買取価格も同じだけ上げてくれるそうだ。
こちらは肉屋に伝手があるし、売値は上げて買値は据え置き、なんてことはやりにくいだろう。
今日の午後は連絡まわりで俺の収入がない形になってしまったので、家に戻ってお好み焼きを作るのを手伝おうと思ったが、竈がひとつしかないこともあってお好み焼きを焼くヨウの後ろ姿をぼんやり見ているだけになってしまった。
ちゃうねん。仕事サボってて収入がないわけやないねん。
というか、兎の飼育が上手く行けば元は取れるはず。ジャンプするためにはしゃがまなければいけないのと同じなのだ。
そんな言い訳をせずともヨウは嫌な顔をするわけでもなく、焼き終えたお好み焼きをバスケットに入れて売りに出る支度をする。そういえば、販売はヨウに任せきりで、いつも屋台に到着した時には完売してたっけ。
じゃあ今日は販売を手伝おう、と後を追うと、家を出たところでヨウが立ち止まっていた。
「おこ~の~み~や~き~」
ヨウが売り声を上げると、近所からおばあさんが何人かわらわらとやってきた。
「お好み焼きひとつ頂戴な」
「昨日、よそでお好み焼き食べたんだけど、美味しくなかったねえ、やっぱりあんたんとこのじゃないと」
「おや、今日は旦那さんも一緒かい?仲がいいねえ」
…俺が売り子をしていた時とは違うな。やはり近所付き合いをマメにしているヨウのほうが向いている。
その後も屋台に到着するまでに何人かに売れ、到着したときには残り2個になってしまっていた。
「これは私たちの夕食にしましょうか」
「やはりすぐに売り切れてしまうな。屋台借りなくても売り歩きでいいんじゃないのか」
「うーん、卵が多く入手できるようになったり、兎料理が出せるようになったときのために、ここの屋台のお好み焼きが美味しい、というのを知ってもらうのがいいと思いますが」
「そこも投資かあ」
着々とお好み焼き屋と化しているな。