ソ連戦車の謎
活動報告でいくつか書いていたモノをまとめた考察記事。
T-34という戦車があるが、それはどうして生まれたのか、なぜ、76.2mm砲を搭載して誕生したのか、非常に謎である。
その謎を少しでも理解しようと調べてみた。結論はやはり不明だということになるが、いくつかの断片情報を基に解釈することは出来た。
まず、T-34以前とT-34には断絶があるように感じることが、その謎の正体ではないかと考えていると言っておこう。
読者側からの解釈は76.2mm砲弾の共用という兵站合理化論が出て来た。確かにその側面はあるだろう。実際、よくよく調べてみるとT-34の中期生産以後はF-34という長砲身76.2mm砲を搭載していて、これはF-22という野砲を改設計したものである。そして、初期型が搭載していた短砲身76.2mm砲であるL-11も弾種は同様でBR350系砲弾を用いている。
しかし、これは結果的にはそう言う側面があるという結論に至るだけで、本質的な問題であるL-11を搭載した理由に迫っているとは言い難い。
実際、調べていくとこれまたソ連内部での政治的思想的な問題で、この76.2mm砲弾について一つの事実が浮かび上がった。
グリゴリー・クリク砲兵総監がT-34に生産初期に影響力を行使していたことが分かった。そのクリクが与えていた影響力はプラスのものではなく、L-11の生産及び76.2mm砲弾の生産の生産遅延工作を行っていたのである。
また、クリクの政治的妨害工作によってF-34が秘密裏に開発されていながらT-34に搭載することがなかなか出来ずにいて、これによって中期型の生産が遅れることとなったのだ。
これらの事実を考えると兵站合理化というものは成立せず、クリクの失脚によって結果的にF-34搭載した中期モデルが量産されるに至って結果的にそうなっていたと改めて解釈するべきだろうと考えた。
次にT-34以前のソ連戦車の代表的な戦車砲は45mm砲であり、BT系列の戦車などがこれらを採用し、ノモンハン事件などで日本側を苦しめていることは広く知られた事実である。
しかし、76.2㎜砲を搭載した戦車が居なかったのかというとそうでもなく、多砲塔戦車のT-28やTG、T-35などに超短砲身76.2mm砲が搭載されている例がある。しかし、これらは重戦車に分類すべきものやそれに近い性質を持っている存在である。
つまり、所謂快速戦車に属する系統では76.2mm砲搭載のものは限られていると言っても良いだろう。それこそが「断絶」と形容した部分であると言える。
一般的に戦車だけでなく軍艦であっても同様だが、搭載砲の発展には規則性がある。
海軍艦艇であれば大艦巨砲主義で説明出来る様に、敵艦を圧倒し、尚且つ個艦性能を高めるという狙いを達成するために12インチより14インチ、14インチより16インチ、16インチより18インチと砲火力が拡大していった。
それと比例するというのは適切ではないが、考え方はそれに近いものがあり、敵戦車が76.2mm砲を搭載するなら長砲身75mm砲で、長砲身76.2mm砲を搭載するなら超長砲身75mm砲で、敵が装甲を厚くするならそれに応じて88mm砲で、更に増圧するなら長砲身88mm砲で、更に増圧するなら128mm砲で……となっていく。
そのトリガーとなったのが独ソ戦(東部戦線)におけるT-34ショックであり、北アフリカ戦線のマチルダⅡショックやタイガーショックというそれだ。
けれど、そのトリガーとなったT-34は敵側にショックこそ与えているが、自分の側がショックを受けて短砲身76.2mmを採用したという事実が存在していない。つまり、それが断絶の正体なのである。
そして、ソ連の正統な戦車砲の系譜は45mmや57mmであり、76.2mmはある意味では外道な系譜であると言える。いや、言い過ぎではあるが、本筋ではないという意味では外道なのでそう扱う。
だが、超短砲身76.2mm砲は存在し、実際に搭載されている例がある。では、これはどういう目的であったか考えてみると、その答えは重戦車/多砲塔戦車という存在にあると言えるだろう。
本来、重戦車とは何ぞやと考えてみると、戦車発祥の国である大英帝国を範にすると良いだろう。基本的に列強はどこの国でもこれを基本として戦車の開発と戦術を考案している。大英帝国は欧州大戦によって戦訓を得て、歩兵戦車と巡航戦車と言う枠組みを考案したが、ここで言う歩兵戦車が他国で言うところの重戦車とほぼイコールであるのは周知の通りだ。巡航戦車は同様に他国で言うところの中戦車に相当するのである。
では、その役割は何か。
歩兵戦車/重戦車は文字通り歩兵と協同しつつ戦線を突破すること、歩兵と協同しつつ火力支援を行うこと、歩兵の盾となることが主たる役割である。
ということは、戦車と打ち合いをするための代物ではないのだ。当然、装備している弾種は徹甲弾ではなく榴弾であることが多い。これは敵陣地や敵兵に向かって砲撃し、味方歩兵を支援するためのものだ。よって、速射砲の様な高初速も要らないし、装甲貫徹能力も求められていない。つまり、短砲身加農砲ということになる。これが超短砲身の理由だ。
そう言う面では大日本帝国の九七式中戦車は歩兵戦車という役割を担った存在であり、九七式中戦車改は巡航戦車という役割を担った存在と言えるだろう。無論、ドイツ第三帝国のⅣ号戦車F2型以前も7.5cm短加農を搭載しているから歩兵戦車的な性格をしていると言える。尤も、Ⅳ号戦車は計画時点から支援戦車として明確にそういう位置づけであるが。
では、ソ連の超短砲身76.2mm砲を搭載しているのはどうだろうかと言えば、やはりこれらと同様に速度性能はバラバラだが、歩兵直協が主任務であり、逆にBT系列などは快速戦車の名の通り、巡航戦車であり、比較的長砲身の速射砲を備え、装甲は薄い。
つまり、BT系列の流れを汲むT-34は本質的に巡航戦車的であるのが順当な発展というべきもので、突然変異的に短砲身76.2mm砲を搭載したこと自体が不思議なことなのだ。
しかし、開発者であるミハイル・コーシュキンの行動を追ってみるといくつかの事実が浮かび上がる。
まず、38年にA-20という文字通り真っ当な快速戦車を設計しているが、翌39年にはA-32という突然変異をA-20とともにコンペに提出している。この間にあった出来事は張鼓峰事件、ノモンハン事件があり、これが影響を与えたのは間違いものである。しかし、前者は兎も角、後者についてはコンペには影響していないと言えるだろう。時期が合致しないのだ。
A-20の計画案の提出が38年5月、張鼓峰事件が38年7月、A-20とA-32の具体化と試作車の製造開始が39年2月、試作車完成が39年5月、前後する形でノモンハン事件が同月に勃発、39年9月に審査が行われ、同時にノモンハン事件が収束している。
つまり、試作車の開発にはノモンハン事件の戦訓を反映するタイミングがない。そして、元々コーシュキンの計画案にはA-32は存在しておらず、38年8月-39年2月の間にスターリンに談判した上でA-32の設計を行ったことになるのだ。
A-32はその後、コンペでスターリンに注目されT-32として制式化が確定したが、ノモンハンにおける戦訓でBT系列の防御性能などが非力であると判明し、装甲の増圧などが行われ、T-34として設計が纏まり、T-32の量産はこの時点でキャンセルされた。
A-32/T-32がスターリンの注目を浴びたことでコーシュキンは多砲塔戦車であるT-28の後継としてA-32/T-32の売り込みを図り、結果として制式化に繋げているが、このT-28は一部が超短砲身ではなく、短砲身76.2mmに換装されているモデルがある。
この部分だけを考えると、快速戦車と多砲塔戦車の統合という結果とみることも出来るが、私が調べた範囲の中では、コーシュキンがT-28の後継として売り込みをかけたのが、A-32をスターリンが気に入った後のことで、最初からT-28の後継として開発していたというものではない様に思える。
よって、統合整備計画的な感じでの76.2mm砲の採用ではないと解釈するべきで、そういう面でも異端なのである。後付け理論で後継車種扱いになったという解釈をすべきだろうと考えるのが妥当だろう。
ただ、スペイン内戦によって得た戦訓で対戦車攻撃ではなく、あくまで陣地制圧や歩兵直協の兼ね合いから45mmではなく76.2mmが望ましいという判断をしたこと、適当な戦車がなく丁度折良く新規開発中だったA-20とA-32のコンペにソ連軍側が乗っかって、コーシュキンのスターリンへの談判とがタイミング的に重なったということであれば、重戦車に快速戦車の特性を統合したという解釈が成り立つのかも知れない。
そのため、30口径のL-11がT-34の初期モデルに採用されたということであれば一定の納得がいくのではないだろうか。だが、そこで疑問が残るのが同時期にT-50という45mm砲を搭載した15t級の軽戦車が開発されている。
無理矢理納得がいく方向に考える場合、BT系列やA-20の系譜はこのT-50こそが正統な後継であって、巷で言われるようにA-32/T-32、そしてT-34がBT系列の後継ではなく、多砲塔戦車の後継ということなのかも知れない。しかし、T-50はT-26の後継という目的で開発が行われていたと言うから謎が謎を呼ぶオチのままである。
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