それはちょっとだけ甘い
「それはちょっとだけ甘い」 癒多編
俺の名前は癒多、癒しが多いって書いて癒多。
変わった名前でしょ、でも俺は気に入ってる。
俺はある一族の使用人として生まれた。生まれたというより、生み出されたって言った方が正しいかな。
でも見た目は人間と相違なくて、平たく説明すると、身を隠すのが得意な俺の仕事は警護と監視。
三つの一族で成り立つ本家には、跡継ぎの子供たちがいる。
その一つの島咲家の使用人である俺は、15代目当主の息女を見守る存在。
まぁ今は世話係のようなもので、家族みたいな存在になってると思う。
その日は2月も半ばで、真冬の寒さが一層厳しくなってきた頃。
少し雪がちらつき始めて、小夜香の帰りが遅いこともあって、俺はソワソワしながら待っていた。
何度もキッチンのシンクを磨きなおしていた夕方頃、ようやく玄関の外から足音が聞こえた。
俺は主人を迎える忠犬のようにドアの前に向かう。
「おかえり!小夜香。」
微笑みながら迎えると、小夜香は寒さで赤らめた頬に、手袋をした手を添えたまま答えた。
「・・・ただいま。」
「寒かったでしょ、お湯出して手を洗いなね。今日はクッキーがあるよ、紅茶淹れる?」
俺が意気揚々とそう告げると、小夜香は少し怪訝な表情を返してきた。
「クッキー・・・?癒多も食べるの?」
マフラーを外しながらそう聞く彼女は、何だか不機嫌そうだ。
「ん?ん~・・・小夜香が一緒に食べたいなら食べるよ?」
そう言うと靴を脱いだ小夜香はため息をついた。
「そっかー。癒多は私からのバレンタインチョコいらないんだ?」
小夜香はぶっきらぼうにそう言いながらそそくさと洗面所に行ってしまった。
「え・・・あ~・・・今日バレンタインか・・・」
俺はこっそりそう呟き、紅茶の準備をしながら小夜香を待った。
手洗いと着替えを済ませた彼女は、手作りしたであろうチョコが入った袋を持って、リビングに姿を見せた。
俺は緩む頬を隠しきれず、小夜香の元へ歩み寄る。
「ありがと、わざわざ今年も作ってくれて。」
「別に・・・。いらないならおじいちゃんにあげるから・・・」
「・・・更夜には?」
俺がそう言うと、小夜香はきっと俺をにらみつけた。
「お父さんは帰ってこないでしょ!」
そう言いつつ、小夜香の持つお菓子の袋は三つある。俺と、更夜と、祖父の悟さんの分。
「ふふ・・・食べたいなぁ、紅茶冷めちゃうし、お茶にしよ?」
小夜香の可愛く拗ねた顔をのぞき込むと、その一つを俺に差し出した。
「・・・はい。いつもありがとう・・・。」
「わーい!こちらこそありがとう!」
受け取ったチョコを俺は大事に皿に乗せた。
人間が何故、好意や感謝を伝えるためにチョコレートを渡すのかは、実はよくわからない。
でも更夜は昔、人間とはよくわからないことに意味を見出すことが好きなんだ、と教えてくれた。
それでも俺は、小夜香が一生懸命、家族のために作ってくれたことが何より嬉しかった。
だから、その想いが余すことなく伝わるように、たまには余計なお世話もしてみようと思った。
そして玄関が再び開く音がした。
「ただいま。」
驚いて玄関の方を振り向く小夜香は、訳が分からない様子で俺を見た。
「更夜にもちゃんと渡してあげて。」
俺がそう言って微笑むと、小夜香は怒ったような、困ったような変な表情をした。
「チョコが無くても気持ちは伝わるものだけど、きっかけは大事だよ。」
小夜香は同じく雪を少し頭に乗せて帰ってきた更夜を見て、さっきと同じように袋を突き出した。
「・・・・いらないなら・・・いいけど・・・。」
ありがとう、と受け取った彼は、俺よりずっと嬉しそうだった。