綺羅びやかな称賛よりも、私は細やかな賛辞を贈りたいと思います
「今日はありがとう、でも君の報酬がその兜だけで良いのかい?」
「もちろん二言は無い、監査役が自分の一番欲しい戦利品を習得できるという権限を行使させてもらっただけだからな」
別れ際に怪訝な顔を浮かべるザムレスに対して、ハイルは持っていた小ぶりの兜をポンポンと叩くと言った。
この兜は先程のダンジョン捜索で見つけた物である。
「しかし、わざわざその兜を選ばなくてもねえ」
ザムレスが少し申し訳ないという感じを含ませながら言う。
今回のダンジョン捜索の戦果はまずまずと言った所で、最後に探索したフロアで色々な金品を手に入れる事が出来ていた。
他にもめぼしい宝はあったのに、あえてハイルはこの兜を自らの報酬に願い出ていたのである。
「まあ君が良いのであれば僕としてもそれで結構かな、では君の婚約者によろしく」
そう言うとザムレスはまた馬車に乗り城へと戻っていった。
「ふぅ……」
ハイルは馬車を見送った後、自分の部屋に行きソファーに腰を下ろすと深く息を吐く。
思えば今日は初めてダンジョンに入ったりと気を張り詰めてばかりだった。
実際ダンジョンに入ってみればゴブリンなどのモンスターに襲われる事も無く、逆にこんなに簡単なのかと拍子抜けしてしまった位である。
(俺としても何でこんな物を欲しがったんだか)
目の前に置かれている兜はハイルが想像していた物よりも更に小さい上に損傷も酷い。
本来ならこんな代物など鑑定する価値も無いと判断する所だが、何か思うところがあり自ら欲しいと願い出たのである。
「おかえりなさいませ、ダンジョンはいかがでしたか?」
兜について考え込んでいると、軽いノックの音がしてリンデが部屋に入ってきた。
手には紅茶セットが載ったトレーを持っている。
「そうだな、特に興味惹かれる様な事は無かったが……」
「おや、そこに置いてある兜がダンジョンから持ち帰られた報酬の品でしょうか?」
リンデに素っ気なく返事を返すことで会話を終わらせるつもりだったのだが、この詮索好きには効果が無かったようである。
彼女は紅茶をカップに注ぐやいなや、兜について質問してきた。
(しまった、この兜は部屋に持ってくる前に倉庫に入れるべきだった)
こんなガラクタ同然の物を持ってきたのでは嘲笑されてしまうという考えがハイルをかすめる。
だが、リンデから返ってきたのは意外な言葉だった。
「素晴らしいではありませんか、ハイル様が初めて自らダンジョンに入って取得された記念すべき戦利品にこの品を選ばれるとは」
思ってもいなかった賛辞。
罵倒するならこちらも何か言い返す所だったが、これは予想外であった。
「いや、これは……ああ、これを手に入れるのに道中苦労したがね」
褒められて嬉しい気持ちも無いではなかったが、それを悟られないようにと言葉を濁してしまう。
そして何とか平静を装って言うと、紅茶が注がれているカップを持ち口を付けた。
(やけに今日の紅茶は温度がぬるいな、俺にとっては絶妙な温度だがしかし……)
紅茶に関しても意外な事ではあるが、ここで動揺を悟られてはいけまいとリンデに微笑を浮かべる。
これではペースを乱されたままなので何か話題を変える事にした。
「まあダンジョンの事はもう良いだろう。それよりも留守中に何か変わった事は無かったかね?」
―――
「そうですわね……旦那様の留守中にキッチンと客間の改装を請け負う方々が下見に来られました。あと、うちの母から瓶詰めのレモネードが届きました。それ位でしょうか」
先程までハイルに同行していたリンデだったが屋敷に置いてきた分身から留守中の事は把握しているため、その質問に対してすぐに答える事が出来た。
だが、何か先程からハイルの様子がおかしい気がする。
「おおそうか、君の母上にこちらから今度何かお礼をしなければな」
ハイルが微笑を浮かべたまま落ち着いた様子で言う。
彼はレモネードが好きだったのだろうか?
「ところで君も今度城で開かれる展覧会の事はこの前話をしただろう。そこにはもちろん君も出席をする事になるが、その時に着る服や身に着けるアクセサリーで何か欲しい物があれば遠慮なく言ってくれたまえ」
やけに饒舌で明らかにおかしい。
彼が私の装飾品を選んでくれるなど今まで無かったことである。
(お優しい言葉だけれども)
何か急に心変わりするような事があったかなと考えを思い巡らせるが、それよりもまだハイルに伝え忘れていた事を思い出した。
「お城のお話で思い出しました。その城の使者の方から『城で明日開かれる展覧会への納品が貴公はまだである。もし本日中に納品が無ければ不参加とみなす』と言われましたが」
リンデの言葉にハイルは思わず紅茶を吹き出す。
「何だと!?それを早く言わんか!」
そう捲し立てるように言うと、ハイルは布を取り出し自身の口元に当て口を拭う。
拭い終わったあとで彼は置いてあった兜を腕に抱えると、部屋を飛び出して行ってしまった。
(あら、まだ紅茶の温度が熱かったのかしら)
とは言えリンデにとってはいつもの何か慌てるハイルの様子が見れたので少しホッとする。
変な微笑を浮かべていたり、私に小言を言わない彼など彼らしくないからである。
「では、失礼させていただきます」
リンデは紅茶セットを片付けると、誰もいなくなった部屋にお辞儀をして出ていくのだった。




