旦那様、貴方の後ろは私がお守り致しましたがそれは知らずとも結構です
「そろそろ目的地のダンジョンに着くよ」
ザムレスが窓から馬車の外を見ると言った。
周囲は岩肌の山々が目立ち、如何にも人を寄せ付けないという雰囲気を醸し出している。
「ここまで街道から外れた所に来たのは初めてだ。こんな所に本当にダンジョンがあるのか?」
ハイルもザムレスに習って馬車の外を見るが、こんな岩だらけの所にダンジョンもしくは財宝があるとは思えなかった。
「最近の調査によると、どうもこの辺りは昔はこんな荒れ果てた岩山じゃなくて一つの栄えた都市だったみたいだよ」
「こんな所に住むなんて俺はごめんだがね」
その話はハイルにとって初耳だったため、またも半信半疑と言った感じで答えてしまう。
そんなハイルの様子にザムレスはやれやれと肩を竦めるも一つの方向を指差した。
「ほら、あそこに見える石像の門が今回新たに見つかったダンジョンの入口だよ」
ザムレスが指差した先には3人の人物がいて、彼の言うとおり何かの石像も配置されている。
二人は馬車を降りるとそのダンジョンの入り口に向かって歩いていった。
「ザムレス様、そしてハイル様お待ちしておりました」
赤褐色の甲冑を着た人物がハイル達を出迎える。
その着ている鎧に違わず年配の人物のようで、赤髪には少しばかり白髪が混じっていた。
「今日はよろしくダフト、こちらがこのダンジョンの監査役になったマイヤー公爵殿だ」
「こちらこそよろしく頼む」
ザムレスから紹介されてハイルも会釈する。
おそらくこの人物が冒険者達のまとめ役なのだろうなとハイルは思った。
「ではザムレス様、さっそく出発致しましょう」
「うん、それじゃダンジョン攻略に赴くとしようか」
意気揚々と冒険者達に混じってダンジョンの中へ入ろうとするザムレス。
これはハイルにとって想定外の行動だった。
「待て待て、俺達もか?」
何故ならハイルは冒険者達がダンジョンから持ってきた装飾品を鑑定するだけだと思っていたからである。
自分達もダンジョンの中へ行く事になるなど考えてもいなかった。
「もちろん、このダンジョンは事前の探索ではさっき見せた資料の通り、あまり戦闘力の高いモンスターはいなかったし大丈夫だよ」
慌てるハイルを見てザムレスは少し可笑しそうに笑う。
「それに戦利品のお宝をそこに奉納されている状態で見る事ができるまたとない機会だと思うけどね?君のいつも言っている言葉で言えばショーケースに飾られている状態で見ることが出来ると言った感じかな」
確かにザムレスの言う通りではある。
誰の手もついていない宝を見る事が出来るというのは確かに魅力的。
「そうか、そういう事なら俺も付いていこう。ただし俺を最後尾にしてくれ」
欲に負けてハイルもザムレス達に同行してダンジョンへと突入する覚悟を決めた。
列の一番後ろを希望したのは出口に近く、逃げやすいだろうという素人考えである。
「承知致しました。それでは私の後ろに付いて来て下さい」
ダフトの号令を合図に一同はダンジョンへと突入した。
全員警戒した面持ちで進むが、同じ様な石の壁が続くばかりでゴブリンなどのモンスターは中々現れない。
「今日はモンスターの湧きが少ない日の様です。監査役の人達にはいささか物足りないかと感じるでしょうが、ご容赦下さい」
先導するダフトが申し訳無さそうに言う。
彼にとってもこんなに戦闘が起こらないのは久々の様であった。
「確かにね、まあ油断はしないようにしよう」
ザムレスはそう言うと護身用に腰に差している剣の柄をポンポンと叩く。
見るからに暇を持て余しているといった感じである。
「ハイルは壁が気になるみたいだね。僕には入り口からずっと同じに見えるけど」
「ああ、所々掘られている模様が違っていたりと、なかなか興味深いんでね」
そう言ってハイルは自分の斜め上の壁を撫でた。
一見無造作に敷詰められている石壁だが、何かしら規則性があるように思えてならなかったのだ。
「そうこう言っている内に目的のフロアに着いてしまいましたね。ここに宝物があるはずです」
ダフトが先にフロアに侵入すると次にザムレス、そして他の護衛2人、最後にハイルがそれぞれ続いていった。
ーーー
液状の体を天井に張り付かせながらリンデは一人怒っていた。
怒れる彼女の胃の中ではこのダンジョンのモスモンスターと思われるゴブリンが兜ごと消化されている。
この大型のゴブリンはフロア前にある隠し通路に潜んでいた所をついさっき捕食したものだ。
(一番危険な最後列を旦那様に任せて、しかもダンジョンに武装もせずに入らせるなんて……)
ゴブリン達は幾度となくハイル達一行を襲撃してはいたのである。
しかも正面からではなく背後から音もなく忍び寄り、襲いかかってきていた。
しかし、今回は襲う相手が悪かった。
ハイルを襲おうとしているゴブリン達の更に後ろからリンデがスライムの姿で覆いかぶさり、敵を排除していたからである。
(旦那様を真っ先に狙おうとしてたから返ってこっちもやりやすかったけれど)
一番太っていて動きがトロそうな奴から狙おうと考えていたゴブリン達の考えなど、リンデに取っては知る由もない。
それよりも彼女はハイルにスライムの姿を見られてしまったのではないかと少しヒヤヒヤしていた。
一度こちらに向かって手を伸ばされた時など少しドキッとしてしまったが、壁の模様を触るためだけだったようでとんだ取り越し苦労だったのだが。
(ダンジョンに入るのが初めての旦那様は良いとしても、あの貴族と護衛の方々には人の姿で会った時に一言苦言を言ってやりましょうかしら)
そんなリンデの考えなど知らずに下ではハイル達がフロアの検分を行っている。
リンデはまだゴブリンが潜んでいないか辺りを警戒しているのだが、ハイル達は箱や置かれている装飾品を調べたりと呑気なものだった。
「うーん、あまり値打ちのある物は無いみたいだね……」
「そうだな、資料にあったゴブリンの兜があれば調べてみたかったんだが」
ザムレスとハイルの会話で、リンデは今自分が消化しているゴブリンがちょうどその兜を被っていた事を思い出した。
(危ない危ない、危うく全部消化しちゃう所だったわ)
兜は消化途中だったためか、最初よりも一回り小さくなってしまっている。
リンデはその兜を吐き出すと暗い隅の床の上に置いた。
「何か物音が……ん、これは君が気になってたゴブリンの兜かな?」
その物音に気づいたザムレスが兜を持ち上げてハイルに見せる。
「まさしくその兜だが、俺が思っていたよりも小さいな」
「そうかな?ゴブリンが被るにはちょうど良い大きさだと思うけどね」
ハイルが兜の大きさに疑問を持つが、ザムレスは大きさに関しては何の疑問も持っていないようであった。
「ひとまず運び出して外で今一度調べる事にしようか」
ザムレスが兜を護衛の一人に預けると、ハイル達はフロアから出ていく。
リンデもその後を追い、ダンジョンを後にするのだった。




