鎧兜に対して熱弁をふるう婚約者はぬるい紅茶がお好みのようです
綺麗に舗装された道を馬車は進んでいく。
その馬車の中でハイルは親友であるザムレスから今から行くダンジョンへの説明を受けていた。
「石造りでよくある構造のダンジョンだよ、モンスターもゴブリン、コボルトとかよくいる一般的な奴らしか報告にはあがってきてないね」
ザムレスがそう言うと資料をカバンへと戻し始める。
ハイルは説明を受けている間、資料に描かれていたゴブリン達が身に着けている装飾品に少しばかり興味を惹かれていた。
ゴブリン達は野蛮なモンスターではある。
しかし、その兜には自身の階級の高さを示したり、相手を威圧するための模様が施してあった。
彼らの小さな頭からどの様にこれらの細工をしているのかハイルには少しばかり興味があったのだ。
「そんなにまじまじとモンスターの資料を確認しなくても大丈夫だよ、僕達は監査役だから戦わないし」
真剣に資料を見るハイルに対してザムレスは笑った。
確かにこの恐ろしいゴブリン達と戦うのは自分達ではなく、このダンジョンを攻略しようとする冒険者達である。
自分達は攻略から帰ってきた冒険者達の戦利品を検品するだけだ。
「いや、ちょっとこの資料に描かれてるゴブリンの兜の意匠が気になってな」
ハイルは苦笑いを浮かべると資料に描かれているゴブリンの頭を指で叩いた。
「この兜に使われている角はゴブリンより大型のモンスターの物だ。そんな物をどこから調達して、そして加工したのか気になったんだよ」
「そんなに気になる物なのかな、ただの牛の角なんじゃないか?きっと盗んだ家畜の角で作ったんだろう」
ザムレスもゴブリンの絵を見るが、ハイルほど関心を示さない。
「しかし、そんな所に気がつくなんて君は相変わらず鎧兜とか装飾品が好きなんだねえ」
感心したようにザムレスが言う。
ハイルはそれに対して少し気分を害したようで、また黙ってしまった。
「おっと、気を悪くさせてしまったようですまない。どうやら中継地点の休息所に着いたみたいだから一息入れようじゃないか、僕が何か奢るよ」
ザムレスが謝罪する。
いつの間にか馬車は街道沿いにある休憩所の中に入っていたらしい。
そして馬車が完全に停止した後で、ザムレスとハイルは外に出ていくのだった。
ーーー
二人が馬車の外に出た後、リンデはもぞもぞと椅子の下から這い出てきた。
スライムである彼女は狭い隙間があればそこに入り込む事ができるのだ。
(二人共馬車を降りたみたいだけど、まだここは目的地のダンジョンでは無いみたいね)
周りの様子を確認するために窓の近くにいき外を見ると、他にも馬車が停まっている。
また売店もあり、たくさんの人で賑わっていた。
この中継所は郊外から王城へと向かう主要な街道でもあり、リンデもここには何度も来たことがあった。
(帰り道に関しては問題無さそうだけど……)
このまま抜け出して屋敷に戻っても良かったが、まだハイルが称賛される現場を見ていない。
それではまだ帰ることは出来ないと思い、また座席の下に潜り込もうとした所、ある物がリンデの目に入った。
(この絵はさっきの話に出てたゴブリンの絵かしら)
そのゴブリンの絵はハイルが言っていた通り、特徴的な二本角を付けた兜を被っている。
ハイルは何か大型のモンスターの角と言っていたが、リンデはこの角に思い当りがあった。
(もしかしてミノタウロスの角じゃないかしらこれ?)
ミノタウロスとはダンジョンに住んでいる大型モンスターの一種である。
体長が人間の大人の2,3倍はあるので、小柄なゴブリンとは大きさも比較にならない。
そんな大型モンスターの角を兜に付けているということは、このゴブリンは大きさも普通のゴブリンと比較にならない位大きいはずとリンデは思った。
(このゴブリンは相当強そうな感じだけど、大丈夫かしらね?)
リンデも先程の二人の会話を聞いており、戦うのはハイルではなく冒険者達である事は分かっている。
しかし、それでも多少の不安感が彼女に忍び寄ってきた。
「やれやれ、君が注がれた紅茶をじっと見つめてるものだから、僕はあのカップが何かアンティーク物なのかと早とちりしちゃったじゃないか」
「それはザムレス、君の方が悪いだろう。俺はただ紅茶が冷めるのを待っていただけだ」
リンデが思案していると、外からハイル達の会話が聞こえてきたので彼女はまた急いで椅子下へと潜り込んだ。
「通りで君の屋敷で出た紅茶の温度が熱くもなく、冷たくもないと思っていたら……理由はそれだったのか」
ドアを開けて馬車に乗り込むとザムレスが言った。
彼はこの間屋敷に来た時の事を話しているようである。
「あれでもかなり熱い方だったぞ、客人に出すからぬるいのは駄目だと言われたのだ」
また先程と同じ席に座ったハイルはそれに反論した。
「それならいっその事アイスティーにしたらどうなんだい?」
「冷たすぎるのも俺は嫌いなんだよ。まったく、ぬるめの温度こそ紅茶の味を一番に引き立てるのに誰も理解しようとしない」
「まあ、紅茶は熱い方が良いかな僕も」
頑なに自分の主張を通すハイルに対してザムレスは苦笑すると前方の窓の方に顔を向けた。
そして彼が従者に声をかけると、馬車はまた目的地へと向けて走り出す。
「理解しようとしないというのは君の婚約者も?彼女なら気を利かせてくれそうだけど」
ザムレスがハイルの方に向き直ると言った。
「リンデか、そう言えば今まで茶を淹れて貰ったことが無かったな」
ハイルが少し考え込んでから言う。
「今度頼んでみたらどうだい?」
「まあ期待はしてないがな、そもそも紅茶の淹れ方すら知らないかもしれん」
ハイルが冷めたように言うと紅茶の話はこれで終わり、二人の会話はリンデには分からない社会情勢の話へと入っていった。
ここでリンデは二人の会話を聞くのを止めて、少し体を休める事にする。
(彼のお茶の温度の好みを知る事が出来たのは大きな収穫かも)
とりあえず今度ぬるい紅茶をハイルに淹れてあげようと思うのだった。




