ダンジョンの財宝に目が眩んでいらっしゃいますけれど、財宝の守り手はお菓子の様に甘くありませんのでは?
大叔父の遺産を検分した次の日、珍しい客がハイルを訪ねてきていた。
その青年は少し贅肉が目立つハイルと違って細身だが、赤毛でしっかりとした体つきである。
「この燭台は古代の豪族が使っていたとされている品だそうだ。これを買うのには少々値を吊り上げられたがね」
赤色の貴族服が似合うその青年の名前はザムレス・ザフ。
ハイルの貴族学校時代の同級生である。
そのザムレスにハイルはショーケースに陳列している美術品を紹介していた。
この屋敷に来る客にはまず自分の収集した品の数々を見せるのが彼の趣味なのだ。
「中々保存状態の良い品じゃないか、装飾からもさぞ権力のある人物だった事がうかがい知れるよ」
「だろう?そう褒められると大枚をはたいて買ったかいがあるというものだ」
ザムレスの称賛にハイルはご満悦な表情を浮かべた。
「ディナーの時に使ったら料理が一段と映えそうだ」
「何?ディナーの時に出すだって?ザムレス、冗談も程々にしてくれよ」
先程称賛に気を良くしたハイルだが、ザムレスのその提案には渋い顔を浮かべる。
「使ったら燭台が煤で汚れてしまう。こういった美術品は使うのではなく、ショーケースの中に入れて置いたほうが幸せなのだ」
そう言ってハイルは美術品の紹介を切り上げると、今度はザムレスを客室に案内した。
二人は客室のテーブルを挟み向かい合って座る。
侍従が紅茶を二人に注いだ後、ザムレスから話を切り出した。
「そう言えば婚約したんだって?相手はミスラル家のご令嬢だとか、彼女の心を射止めるなんて君は流石だね。彼女は城内でも中々の評判だったよ」
ザムレスがリンデの事を褒める。
しかし先日のこともあり、ハイルにとってはあまり面白くない。
「大叔父と親同士が決めた事だ。俺の意向ではないよ」
そう淡々と答えると、ハイルは不味そうに注がれていた紅茶を啜った。
ザムレスはハイルのあまり嬉しそうじゃない態度が少し気になったが、それを聞くのは野暮だと思い聞かないことにする。
「まあそれはそうと、実は先日発見されたダンジョンの調査を君に任せたいと思っていてね。今日はそのためにわざわざここに来たんだよ」
「なんだと?」
思いがけない話にハイルは身を乗り出す。
ダンジョンには眠った財宝がつきもの、そんな宝の匂いのする話をハイルが見逃すはずはなかった。
「とは言え発見した時には既にモンスターが住み着いていてね。そこを調査する音頭を取る人が必要になったわけさ」
「しかし、何でその話を俺に?」
「実は僕が推薦したんだよ。装飾品に詳しい君なら興味を持つんじゃないかと思ってね」
ここまで言ってザムレスは紅茶に口を付ける。
話を一通り聞いたハイルはいつも右腕に着けている金色のブレスレットに眼を落とした。
このブレスレットは昔、骨董屋で見つけて買った品である。
その店の主人の話によると、ダンジョンにはこういう品がいくつも眠っているという話であり、いつか自分も直接手に入れてみたいと思っていた。
「分かった。その話を詳しく聞かせてくれ」
「調査と言っても名義貸しのようなものさ、それに攻略した冒険者が持ち帰った戦利品の1割が君に入ってくるよ」
メリットには惹かれるものがある
ハイルはその話を二つ返事で引き受けることにした。
「悪くない話だな、乗らせてもらうとしようか」
「君が乗り気で良かったよ。では詳しい書類の方は後で送るから、それとリンデ令嬢にもよろしく」
そう言ってザムレスは立ち上がると、城へと帰っていった。
―――
ハイルが客の応対をしている頃、リンデは何をしていたかというと彼女は実家の屋敷であるミスラル邸に帰っていた。
「貴女、向こうの家で失礼な事はしていないでしょうね?例えば分裂して相手を驚かせたりとか」
リンデの母、フレイサは心配そうに娘の顔を見つめた。
彼女もまたスライムであるが、今は婦人の姿をしている。
「お母様がお入れになった紅茶はとても透き通った味がして美味しいですわね」
母の質問に対して、リンデは言葉を濁した。
そんなリンデに対してフレイサはやれやれと言った顔を浮かべる。
「まったく、貴女は分かりやすいんだから、その様子だとビッテンフェイト様が遺された遺産に変身したりもしたんでしょうね」
「このお茶菓子のクッキーも、中々イケますわ」
リンデはもごもごとクッキーを頬張るも、視線を母と合わせられないでいた。
今日は結婚式用のドレスの採寸を家でやるからと言うことで帰ってきただけなのに、まさかお説教を食らうとは思ってもいなかったからである。
「小さい頃から言ってるでしょう。人に私達がスライムであることは決して知られてはいけないのよ」
フレイサは今一度厳しい口調でリンデを窘めた。
というのも異種族間の婚姻は常に迫害の対象になってきたという歴史的経緯があったからである。
近年、ようやく人と亜人族の婚姻が認められるようになったが、スライムなどはいまだモンスターとして見られており、当然の事ながら婚姻が認められていない。
「でも人であるビッテンフェイト様は私達がスライムであることをご存知ですわね」
「それは……ビッテンフェイト様は特別なのよ」
今度はフレイサが言葉を濁す。
リンデが子供の頃に聞かされた話ではビッテンフェイト様は両親が暮らしていたダンジョンにやってきた所を両親が助けてあげたらしい。
それでこの屋敷もビッテンフェイト様から承ったらしいが、何故その様な経緯になったのかと詳しい話は聞いた事がなかった。
よくよく考えてみれば、財宝の守り手であるモンスターが侵入者を助けるなどおかしな話である。
しかし今はその事を聞けそうな雰囲気ではない。
「ともかく相手に余計な誤解を抱かせないで、自分がスライムであることは隠しておきなさい。良いわね?」
「はい」
何やら言いくるめられてしまったが、リンデは母の言葉に素直に従うことにするのだった。




