何が理由でも、やつあたりはよくありません
食堂の方では、リンデのまた別の分身体がリーザ様を探していた。
とは言え、一通り食堂内を見回ってみた限りでは彼女の発見に至っていない。
まだ来られていないのか、既に食事を終えられたのかも不明である。
それにしてもこの場所にいると、どうにもお腹が空いてきてしまう。
せっかく食堂にまで来ていたので、リンデは厨房の方で水を補給する事にした。
水瓶から吸水していると、何やら給仕係の中でこそこそ話をしている人達がいる。
気になったリンデはその人達の近くにまで行き、会話を聞いてみる事にした。
「しかし、眠らせるだけというのはいささかフレーベン侯爵様も甘いのでは?」
「違う。二度も奥方を亡くされては次を躊躇されるのではないかと、そこまでお考えをされているのだ」
人目を気にしながら話す二人。
そんな彼らの目の前には焼き上がったばかりのアップルパイが置かれている。
「いつも通り切り分けた後でこの小瓶の粉を王妃様の分に振りかければ良いか、このホールの状態でする必要は無いだろう」
「うむ、貴族の方々はせいぜい二口、三口しか食べられないからな、我々の賄いの分も取り分けておこう」
一人がテーブルナイフを手に取るとアップルパイを切り分け始めた。
切り分けた後は一つの皿に置かれたパイにだけ粉を振りかけている。
この一連の作業が終わるとこれで良しとでも言うように二人は頷きあった。
その後、他の作業をするためか彼らは離れていくのだった。
(あの粉は眠り薬みたいなものなのだろう。それを王妃様の食べられるパイに振りかけるなんて)
彼らが行った後、そう考えたリンデはアップルパイの隣に移動する。
そしてロザネラ様の分を賄いのと入れ換え、今後の憂いを断った。
(これでよし、あとはリーザ様を見つけないと)
そう思っていたら教会に行った分身体が助けを求めているのを感じ取る。
早く行ってあげなければと、リンデは思うのであった。
◇
教会と食堂の方で色々と動いていた間、フレーベン侯爵の居住区に残ったリンデの分身体は待ちぼうけを喰らっていた。
「リーザ様が只今お戻りになられました」
帰宅を告げるメイドの声に、少しうとうととしていたリンデは再び意識を集中させた。
ようやくリーザ様がお戻りになったのだ。
最初は見るからに不機嫌そうなリーザ様であったが、その後はメイド達のされるがままに着替えとメイクをこなされている。
後ろ髪をブラッシングされていたリーザ様は鏡に映ったご自身の姿を見てハッとされると、ふいに立ち上がろうとされた。
ブラッシングをかけていたメイドが驚いたように言う。
「お嬢様、急に立ち上がられるのはこちらとしても困ります。一体どうなされたのですか?」
「……教会に忘れ物をしたので、取りに行こうと思っただけです」
「では私が取りに行きましょう。何を忘れられたのですか?」
「私がいつもしていた金の髪留めを、恐らく教会の女神像の足元にあるはず……やっぱり自分で取りに行くわ」
リーザ様は再び立ち上がろうとされたが、それを今度は別のメイドが止めた。
「まだメイクも終わっておりませんのに、その格好で出歩かれてはこちらの責任になります。ここは私共にお任せしていただけますよう」
まだ納得がいかないと言う顔をされているリーザ様。
しかし、他の着替えを手伝っているメイド達も訝しげな表情を浮かべていた。
その周りの雰囲気を感じ取ったのか観念した様にまた座りなおされた。
「いいでしょう。貴女は何をしているの、早く髪留めを取ってきなさい!」
最初に取りに行くと言ったメイドがまだ部屋にいたのに気付かれたのか叱責をされる。
言われたメイドは一度頭を下げると、ヘアブラシを他の者に渡すと部屋を出て行った。
◇
一方、教会の方に残っていたリンデの分身体は食堂の方の分身体と合流を果たす。
食堂にいた方がお水をたっぷりと取り込んでくれていたおかげで体積も十分に確保できている。
また居住区にいる分身体から忘れ物に気づいたという情報も入ってきていた。
ひとまず安心だが、向こうから取りに来るまで待っていることにする。
それからまたしばらくして誰かが教会に入ってきた。
リンデの分身体は天井付近に移動していたが、それがさっきリーザ様を呼びに来ていたメイドと同じことに気づく。
彼女は一直線に女神像の足元を見ると髪留めの事に気づいたようであった。
屈んで髪留めを取ると、しばらくそれを見つめている。
その様子を見て早く持って帰らないのかと、リンデは少々不安になってきた。
「私の方が年長者なのに、これ、いっそのこと捨ててしまおうかしら。お嬢様の記憶違いと言う事にすれば大丈夫よね?」
メイドはそう呟くと、ようやく教会を出て行く。
廊下を通って、窓際に来て、そして……あろうことか髪留めを外に投げ捨ててしまったのである。
そして彼女は満足げな笑みを浮かべ、去っていってしまった。
(なんてことを……ともかく髪飾りを回収しなくては)
一部始終を見ていたリンデとしてはたまったものではない。
急いで髪飾りがどうなったかを確認すると、幸いにも近くの樹木に引っ掛かる感じになっていた。
リンデは窓際から分身体の体を精一杯伸ばし、髪飾りを拾うとまた廊下へと戻る。
(さて、これをリーザ様に渡さなくては)
そうリンデが考えていると、城の定刻を知らせる鐘の音が外から聞こえてきた。
つまり舞踏会までの時間はあまり残されていない。
であればリーザ様も舞踏会には出られるだろうからそこでお渡しした方が早いだろう。
という訳でリンデは舞踏会の会場である大広間の方へと向かうのだった。
♢
それからしばらくしてリンデは大広間に到着した。
丁度その時、日付が変わる事を知らせる置時計が鳴るのが聞こえてきた。
「おや?舞踏会の開始は日付を跨いでからという話だったはずでは」
貴族の一人がそう隣の方に話すと、周りでもザワザワと騒ぐ人たちが多くなった。
確かにリンデが貰った招待状にも開始時刻はそう書いてあったのだが、どうやら国王様も王妃様もまだこの大広間にはいないようである。
「皆様、国王様はともかく、今の王妃様が約束を守られないのは、今回が初めてではないでしょう。もう少し待ってみようではありませんか」
国王様が座られるはずの上席の近くで誰かが声を張り上げている。
彼こそリーザ様のお父上であるフレーベン侯爵様その人であった。
どうやらこの場を取り持とうとされているかのように見える。
リンデは先程の料理人達の会話でも侯爵様のお名前が出ていた事を思いだし、状況を把握するためにも近づくことにした。
侯爵様の一声で一端場は治まったようだが、それでも皆ヒソヒソと話し合っている。
その中を抜けてようやく侯爵様の足元にたどり着くと、彼は上席から自分の席に戻った所であった。
「けれど、王妃様がこういった催し物に度々来られないのは考えものですな。宰相様もそう思われるでしょう?そもそも婚姻にすら反対されていたはずだ」
そう言ってフレーベン侯爵様は椅子に座られていた老婦人に声をかけられる。
宰相様は怪訝な顔で侯爵様を見上げられると口を開かれた。
「確かに私も当初はそう思っていた。隣国出身でもあるから、隣国のいらぬ干渉が増えるのではないかと思っていたのだ。だが、むしろその婚姻で隣国が国境付近の採掘権をこちらに譲歩してくれるからと、逆に推し進めたのはフレーベン卿。貴公ではないか」
そして宰相様は傍らにかけられていた杖を持ち、その先を侯爵様の顔に向けられた。
侯爵様は一瞬ギョッとされたようだが、すぐに取り繕われる。
「是非もありません。ですが、最初はこちらも大変良い方だという印象を持っていても実際は違うこともありえます。それに我々には政を執り行う役目もあるのですから」
「政か、それなら今の王妃様はやけに地方領主達からの支持が高いのは知っているな?先日も領主間での揉め事の仲裁をなされたと聞いている。前の王妃様は王宮に閉じこもりきりで、まったく外にも出られなかったのとは対象的にだ。そもそもこういう地方の揉め事を治めるのは貴公の役目だったはずではないか」
「頭の固い地方領主達の面子もあったのですよ、それを王妃様は国王様の威を借りて無理やり治められたに過ぎません。いずれ問題は再燃すると思いますがね」
宰相様からまた咎められて、侯爵様はさすがに苦虫を噛み潰されたような顔を浮かべられた。
それを傍らで見ていた若い貴族の方が、愉快そうにククッと笑われる。
「これは失礼、お話を窺っていると今の王妃様が王妃様で在られる事が不思議に思いまして、私の前任者も婚姻に反対されていたと聞き及んでいます。これが裏の裏は表と言うことなのでしょうね」
リンデはこの方を知らない。
だが、胸に付いているバッジを見るにこの方も大臣である。
おそらくリンデがいた時の大臣から引き継がれたのだろう。
そんな若い大臣のことをフレーベン侯爵様は気にせず、さらに持論を述べられた。
「王妃様の身勝手に我々が苦慮しているのも事実です。ですから、もし王妃様が現れなかった場合はこのことを議題として取り上げ、その結果次第では国王様に王妃様との関係を見直されるように頼むというのはどうでしょう?」
「私は宰相として中立な立場を取る。議会に通したいというのなら通せば良いではないか」
「フレーベン卿、あなたとは対立する派閥ですが、その議題に関してはこちらも反対は致しません。ですが、超党派の一部の貴族達は反発するかも知れませんね。それ程、今の王妃様は人心掌握とやらに長けておられているようですから」
侯爵様の仰る事に同意されるお二人。
その二人の挑戦的な視線を受けた後、フレーベン侯爵様は小さく頷き踵を返されたのだった。




