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ごく普通の婚約破棄だと思っていたら、お相手様はスライムだったのです  作者: 砂塵精魔


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2/13

婚約者に「きっとこの絵の少年は素晴らしい青年になられたのでしょうね」と言われたけど、目の前にいるのがその絵のモデルなのだが

(しかし、一昨日は酷い目にあったな……)


 ハイルは屋敷内のショーケースに陳列されている美術品を見ながら一昨日の事を考えていた。

 婚約者であるリンデに婚約破棄を告げている最中に何か気を失ってベッドに運ばれていたらしいが、その辺りの記憶が曖昧なのである。

 リンデが婚約破棄の書類にサインした後で、その紙が燃えて彼女が複数に増えたことは覚えている。

 だが、昨日リンデに婚約関係の書類を書かせた時は何事もなかったのだった。


(そもそも分身する上級魔法などあの小娘に扱えるはずもない。俺の見間違いだったのだろう)


 そう結論づけるとハイルはこの事を考えるのはもう止めて、また美術品の方に目線を戻した。


 領地に関しての報告を聞く業務など、領地経営に関してほとんどの事は午前中に終わってしまう。

 そのためハイルは残りの時間を美術品の収集やその管理などに費やしていた。

 父から領主を引き継ぐ前は美術商をやっていた事もあり、その癖が抜けきらないでいたのである。


(さて、城で開かれる展覧会にはどの品を献上すべきかな)


 ハイルの考えは今度城で開かれる催し物の事に切り替わっていた。

 そこではこの国の貴族達が自分の保有する美術品を一同に持ち寄って披露する事になっている。

 去年は異国の王宮でも使われていたとされるティーセットを展示した所、まずまずの評価を貰った。

 しかしそれだけであり、表彰されることも王から何か言葉をかけられる事もなかったのだ。


(やはりもっと派手な装飾が施された美術品の方が良かったのだろう。今回は同じ轍を踏まぬようにせねば)


 そう考えて美術品の選定を行っていると、ドアがノックされる音が聞こえてきた。


「ハイル様、失礼いたします」


 そう言うなり、部屋にリンデが入ってきた。

 彼女の服装はいつもと同じ質素な緑色のドレスである。


「私も庭のお花の手入れが終わりましたので、何かお手伝いできることがないかと伺ったのですが」

「そうだな……今度の城の催しに出品する美術品の選定を手伝って貰えると助かるが」


 とは言ったものの、ハイルはリンデの目利きには期待していない。

 ただ、どういう品を選ぶのかは少し興味があった。


「分かりました。そうですわね……私であれば……」


 リンデはしばらく部屋の中を歩き回ると、綺羅びやかな燭台や高価な食器類には目もくれずに部屋の奥の方へと移動していく。

 それらはハイルが出品の候補に考えていた品々である。

 やはり聞いてみた事自体が馬鹿げた考えだったなとハイルが思っていると、リンデは部屋の隅の方で立ち止まった。


「そうですわね、この絵を出品された方が良いかと思われます」


 リンデが選んだ品はハイルが想像もしてなかった物であった。

 彼女の目の前には一人の少年が椅子に腰掛けている小さな肖像画が掲げられていたのである。


「待て待て、これは駄目だ」


 ハイルは血相を変えると、首を横に振った。

 彼はまさかよりにもよってこの絵をリンデが選ぶとは思ってもいなかったのだ。


「何故です?素晴らしい絵だと私はお見受けしました。特に少年の純真さが絵を通して伝わってくるようで、きっとこの絵の少年は素晴らしい青年になられたのでしょうね」


 そう言うとリンデはうっとりと絵の方を見つめる。

 あまりにも絵を見つめているので、ハイルは絵とリンデの間に割って入るとその視線を遮った。


「この絵は……俺の肖像画で、今は亡き母が描いてくれたものだ。公に出す代物ではない」


 言いにくそうにハイルが言うのを見て、リンデは眼を丸くする。


「まあ、ハイル様の幼少時代の肖像画だったのですね。それにお義母様が描かれた絵だったとは、であれば素晴らしいのも納得ですわね」


 リンデはなおも絵を褒めると、首を伸ばして絵を見ようとした。

 どうも今一度絵を見せないと気が済まないようである。


「やはりお前に選ばせたのが間違いだったな、俺はこれから商談があるから出かけさせて貰うぞ」


 そんなリンデの様子にうんざりしたハイルは一方的に言うと、リンデだけを残して部屋を出ていってしまった。


 ―――


(また彼を何か怒らせてしまったか)


 一人、部屋に残されたリンデはひとまず近くの椅子に座る。

 そしてそこからリンデは絵の方を見上げた。


(本当に素敵な絵だと思ったから言っただけなのに)


 絵の中の少年は今のハイルとは似つかぬような聡明な顔立ちをしている。

 髪色が金髪な事は同じであるが、もちろんお腹も出てはいない。

 また装飾品もジャラジャラと身に着けたりはしていなかった。

 ただ、腕に銀色のブレスレットが一つはめられているだけだ。


(今一度よく見てみると、お世辞にも今の彼からは想像できないわね。特にお腹が……それが彼の気に触ったのかしら)


 昔の絵の中の自分と今の自分の様子があまりにも違うことに、何かしら彼なりに隔たりを感じているのかもしれない。

 リンデはそのことについては話の中で触れていなかった。

 しかし、この絵を話題に挙げたこと自体が彼の気に触ったのかもしれない。


(これは後で一言謝っておいた方が良いのかも)


 そうリンデは自分の考えをまとめると、椅子から立ち上がって部屋を後にした。


 ―――


 夕食時、機を見てリンデは絵の事でハイルに謝る事にした。


「ハイル様、あの絵の事でお話が……」

「その話はもういい」


 しかし、謝罪の言葉が出る前にハイルに待ったをかけられてしまった。


「それよりも明日は大叔父の遺産がこの屋敷に運ばれてくるそうだ。一応君にも立ち会う権利があるから、明日は出かける予定を入れないでくれ」


 言うだけ言ってハイルは食事をそそくさと済ませると、自室へと籠もってしまった。


(褒めても謝っても駄目とは、とりあえず絵の事は話題に出さないほうが良さそうね)


 まだ彼の事を理解するには時間がかかりそうである。

 リンデの方は普段通りに食事を済ませると、自分も自室へと下がるのだった。

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