理由があるのは分かりました。でもね、そんな目で他人を見てはいけません
アルジェ様の部屋を出ると、リンデは早速リーザ様の姿を探した。
彼女自身についてリンデが知っている情報は少ない。
ロザネラ様の元に勤めていた時には特に交流が無かったのもある。
だが、彼女の父であるフレーベン侯爵がこの国の大臣である事をリンデは知っていた。
そしてこの国の大臣とその家族は緊急時の対応もあるためこの王宮に住まうことが許されている。
だからリンデはまずフレーベン侯爵の居住区に自分の分身体を向かわせることにしたのだった。
◇
天井伝いに移動して、ようやくフレーベン侯爵が住んでいる居住区の一室まで移動できた。
眼下に世話しなく書類の束を運ぶ人達の姿が見える。
部屋の状況を見るに書斎部屋のようでもあった。
その一室に置かれたかなり高級そうな机の上で、如何にも厳格そうな雰囲気の白髪の男性が判子を押す作業をしている。
彼の服装の袖に鴉の紋章が金字で刺繍されているのも確認できた。
リンデの記憶が正しければ、この方がオルガノ・フレーベン侯爵。
つまりリーザ様のお父上だろう。
侯爵様はふと手を止めると、近くで作業を補佐している事務員にこう尋ねられた。
「リーザはまだ戻らんのか」
「私もリーザ様のお姿をまだ見ておりませんので、恐らく外遊された後にそのまま食堂に行かれたのかと、その後はいつも通り教会区域の方へ行かれたかと思われます」
「またお祈りか、まったくメルジェの喪にいつまで服しているつもりなのか」
「リーザ様は幼い頃からずっと、姉であるメルジェ様を随分と慕っておられました。お気持ちは察せられます」
「ふん、メルジェさえ上手くやっていれば、今頃この儂がこの国の宰相になっていたと言うのに……まさかあんなことになるとはな」
最初は皮肉気味に言われていたフレーベン侯爵だったが、最後は少し声を落とされていた。
リンデとしても先代王妃であるメルジェ様の事はあまり知らない。
ただ彼女はアルジェ様をお産みになられたあと、産後の肥立ちが悪く、そのままお隠れになられたと聞いてはいた。
「しかし、今夜の舞踏会ではあやつがいないと、そもそもこの計画を実行した意味が無いではないか」
「お着替えの時間もありますから、それまでにはお戻りになられるでしょう。もしくは人をこちらから向かわせましょうか?」
「そうしてくれ」
それをきりに会話が終わり、二人はまたそれぞれの職務に戻られたようである。
内容を整理すると、とりあえずリーザ様もここにお戻りになられるらしい。
であれば、ここに居て彼女が戻るのを待つのも一考かとリンデは思った。
だが、舞踏会までの時間もある。
普段は急がないリンデではあるが、ただ待つのは焦燥感を募らせるだけな気もした。
そこで、教会と食堂にもさらに分離して分身体を送ってみるのだった。
◇
まず教会区域に向かった分身体が現場に到着した。
ここは入り口から向かい側の壁に女神像が設置されており、中央通路を挟んで左右2列に長椅子が並べられている。
王宮内にある教会としてはこじんまりとしているが、それは大聖堂が別にあるからだ。
ここでも毎朝ミサが執り行われている他、誰でもいつでも祈りをささげる事が出来るようになっていた。
今は中はガランとしており、誰もいないようだ。
とりあえず見渡せるからと、リンデは部屋の中央に配置されていた長椅子の上に移動する。
しばらく待っていると、誰かが教会に入ってきた。
リーザ様だ。
そのまま女神像の元に歩かれていく。
彼女は自身が身に着けていた金色の髪留めを外し、女神像の足下に置くと、膝を付いて祈りを捧げ始めた。
「お姉様、あなたの悲願はこのリーザが必ず果たしてみせます」
後ろから見ているとリーザ様の肩は震え、すすり泣く声も聞こえてきた。
先ほどの会話の通り、彼女にとってメルジェ様は特別な存在だったのだろう。
だから亡くなった自分の姉よりもロザネラ様を取ったアルジェ様に対して、厳しい事を言われたのではないかとリンデは思った。
ふと、新しい足音が聞こえてきたのでそちらに意識を移す。
王宮のメイドの一人がこちらに近づいて来ていた。
「リーザ様、お父上様から早くお戻りになるようにとの言伝を預かってまいりました」
一瞬の沈黙。
そして、リーザ様は立ち上がられた後、メイドの方を振り返られた。
先ほどアルジェ様に向けられたような鋭い目線を、リーザ様はメイドに向けられている。
「まだ舞踏会の時間まで間があるはずですが」
「リーザ様のお着換えの時間もありますので、それを私共は心配しているのです」
舌打ちをされた後、リーザ様はメイドの忠告に従い、無言で教会を出て行かれた。
最後にメイドが教会へ入る扉を閉じる。
そしてリンデだけが残されたのだが、ここでリンデは気づいた。
リーザ様は髪留めを女神像の所に置き忘れたままだ。
あの様子だと、お怒りに任せて忘れてしまわれたのではないかとも考えられる。
髪飾りには侯爵家の紋章が刻んであるので、それを王宮内で誰かが盗むなんてことは無いだろう。
だが、髪飾りは金で出来ているし、誰かが魔が差して持って行ってしまう事も考えられた。
ひとまず自身を女神像の足元の方へ移動して髪飾りの近くまで来た。
純金で意外と重そうだ。
これは今のこちらの質量では運ぶとなった場合、難しいかもしれない。
そこで食堂へ行った分身体に応援を頼もうかと思ったが、食堂の方もそっちで取り込み中になっていたのだった。




