火のないところに煙は立ちませんが、水の無い所にスライムはいるものです
影が伸び、時刻は夕方辺りとなった所でアルジェ様は王宮に戻られた。
スライム状になったリンデの分身体は今アルジェ様のポケットの中にいる。
小瓶の中に入った状態だったが、そこから蓋を開けて水一滴分を外に出した。
そこからポケットの縁に出て、外の様子をある程度確認する事が出来たのである。
「アルジェ様、ご機嫌麗しゅうございます。今お戻りになられたのですか?」
廊下を歩いているアルジェ様に赤茶色のハーフアップの髪型に紫色のドレスを着た令嬢が後ろから声をかけられてきた。
前髪には鴉の紋章がついた金色の髪留めを付けられていた。
「リーザ様、こんばんわ。はい、只今王宮に戻ってきた所です」
アルジェ様も会釈をして挨拶を返される。
この方は確か、リーザ・フレーベン侯爵令嬢。
年齢は私とあまり変わらなかったはずだ。
そういえばアルジェ様とは近い親戚のような関係だった気がする。
「今日はやけに遅いお帰りだったのですね。何処にお出かけされていたのですか?」
「マイヤー公爵家のお屋敷に、以前王宮に仕えていたメイドがそこに今度嫁ぐそうなので会いに行っていたんです」
「一介のメイドのためにわざわざ会いに行かれたのですか?」
「……直接会ってお話がしたかったものですから」
アルジェ様の声がだんだんと初めよりもか細くなられていく。
こんな尋問の様に言われれば、それも仕方ない。
「そうですか、まあ誰に会いに行ったかはこの際良いでしょう。しかし何処へ行かれたのであれ、貴女様のようなまだ幼い王族の方が一人でこんな時間まで外出されていたというのはあまり良くありませんね」
「まだお夕食前の時間です。それに今回の外出は国王様にも許可は頂いています」
このアルジェ様の反発はリーザ様には少し癪に触られたらしい。
彼女の目つきは最初よりも鋭くなられていた。
「そうですか、とはいえ国王様もだいぶ難色を示されたのではと私は思うのですがどうでしょう?」
「それは……」
言葉を詰まらせるアルジェ様。
リーザ様の言われた事は当たっているらしかった。
「ふふ、駄目ですよ国王様を困らせては」
「はい……」
もうアルジェ様はリーザ様の方を見ておらず、俯いてしまっている。
「お気を確かに、近い内に私がアルジェ様にとってより良い関係になります。今のうちに私の忠告に耳を傾けられると宜しいかと、娘が母親に接するようにね」
「!、私のお母さまはロザネラ様です!」
アルジェ様が顔を上げてリーザ様に反論なされた。
この反応はリーザ様にとっては意外だったようで、彼女のこちらへの目つきはもはや鋭いを越えて軽蔑しているかのように感じる。
「……いくらアルジェ様とは言え、聞き捨てなりませんね。貴女の産みの親は私の姉、メルジェのはずでは?」
「それは分かっています。ですが、今の私のお母様はロザネラ様だけです」
さっきまでとは様子が違い、はっきりとアルジェ様は申された。
けれども、それを聞いたリーザ様はフフっと笑われる。
「あの継母の王妃様が?国王様と再婚された直後には継子であるアルジェ様とまったく話されないと言う噂が立つ程、あなた様とも仲が悪かったとお聞きしましたが」
「それは……私とロザネラ様は初めはお互いに思い違いをしていただけです。今は違います」
「よっぽど今の王妃に肩入れをされているのですね。そうそう、我々貴族の間では未だに国王様とも夜は別室だという噂が立っているほどに、お互いに不満があると見られていますのに、これではお世継ぎが生まれるなんて望めないでしょう」
「……私もそういう所はまだ分かりませんが、国王様とロザネラ様も今は仲が悪くありません」
「まあ良いでしょう。後で後悔なさるのはアルジェ様の方ですから、それに今のお飾りの王妃様もね」
そう言うとリーザ様は高笑いしながらアルジェ様を置いて去っていかれるのだった。
彼女が廊下の角を曲がり、見えなくなった所でアルジェ様は一つため息を吐かれた。
私が人間体であればアルジェ様を励ましてあげる事も出来るのだが、どっちにしろ今の分身体の姿では量も足りないため人の姿を取ることが出来ない。
けど、アルジェ様は私の励ましなど必要なかったようで、一人でまた廊下を歩かれるのだった。
◇
アルジェ様が自室に入られると、お付きのメイド達がアルジェ様の着替えに付いた。
「今日は遠出されたため、まずは夕食前に身を清められた方が良いかと存します」
「そうしましょう、ところで国王様とロザネラ様も今日の夕食は同席ですか?」
「国王様と王妃様は今夜の舞踏会出席の準備もあるため、それぞれ別々に夕食を済まされると聞いております」
それを聞いて少しアルジェ様は落ち込まれたようだった。
先ほどのリーザ様の事もあったのだから無理もない。
着替えの最中に、メイドの一人が私の入った小瓶を持ち上げると言った。
「ところで、この小瓶はどういたしましょうか」
「そこの戸棚の中に閉まっておいて下さい。大事なものなので鍵もかけてくださいね」
こうしてアルジェ様の着替えが終わり、アルジェ様とメイド達が部屋を出て行くと後には私の入った小瓶だけが戸棚に残された。
鍵もかけられたが、それはスライムにとっては隙間から出る事が可能なのでなんら問題はない。
という訳で私はさっきの水一滴分に加えて小瓶の半分くらいの分量を外に出した。
あまり瓶の中身を減らしすぎるとアルジェ様に不信感を持たれてしまう。
ひとまずこの位の量があれば、しばらく蒸発せずに探索することが出来る。
あとは花瓶の中の水を吸収したりして体積を増やしていくのも良いだろう。
ひとまず王宮の噂話の真相を探るのが良いとリンデは考えていた。
先ほどリーザ様がアルジェ様に言われていた事も気になっている。
彼女はやけにロザネラ様を意識しているかのようにリンデには思われたのだ。
まず体積を増やしながらリーザ様を探そう。
そう決心するとリンデはスライムの姿でアルジェ様の部屋を出るのだった。




