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ごく普通の婚約破棄だと思っていたら、お相手様はスライムだったのです  作者: 砂塵精魔


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自然な笑顔を引き出すにはいつも通りにするのが良いのです

「先程は申し訳ありませんでした」


 アルジェ様はそう言うとバツが悪そうな顔をされた。

 今、アルジェ様は屋敷の庭にあるカフェテーブルの椅子に座っていらっしゃる。

 座ってからずっと下を向かれたままなので、よほど先程の件が恥ずかしかったのだろう。


「謝られるような事ではございません。それに無表情なアルジェ様を見るよりも先程の感情豊かなアルジェ様を見て、リンデは安心致しました」


 私はアルジェ様のコップに紅茶を注ぐと励ますように言った。

 それを聞いたアルジェ様は私の顔を一度驚いたように見ると、また眼を伏せられてしまった。


 ロザネラ様が王室に来るまでのアルジェ様はほとんど無表情で、式典などでは形式的に笑顔を出されていたのだが、他の所ではまったく感情をお出しにされる事が無かったと聞いている。


「まだ自分でもどういう時に嬉しい表情をしたら良いのかとか、分からない時があるんです」


 アルジェ様はそう言って紅茶を一口飲まれると、少しは落ち着かれたようだった。


「でも、リンデが入れてくれた紅茶を飲む時は嬉しい表情をして良いんだってロザネラ様に教えてもらいました」


 少々ぎこちないが、アルジェ様は今日初めての笑顔を見せてくださった。

 その笑顔を見て、リンデは自分が初めてアルジェ様の笑顔を見た時の事を思いだした。


 ♢


 アルジェ様にリンデが初めてお会いしたのは、リンデが王宮に勤め始めた時期と重なる。

 その時はロザネラ様が王妃として王宮に入られる話が決まり、お世話などで人が必要となっていたのでリンデも王妃様のお世話係として王宮にあがる事が出来たのだった。


 そこでリンデに最初に任されたのはロザネラ様のお茶汲みだった。


 事前にロザネラ様は隣国出身の方なので、まだこの国になれておられないが、思慮深い方ではあるとの話を念頭に入れておくようにとリンデは言われていた。


 とは言えリンデは外国には行ったことが無いので、その辺りは詳しくない。

 まあ、大丈夫だろうといつも通りにティーセットを準備する。

 そしてトントンとドアを叩くとリンデは王妃様の自室のドアを開け、中へ入った。


「失礼致します。お茶をお持ち致しました」


 王妃様は部屋の窓際にあるテーブルで片眼鏡を掛け、リンデには分からない帳簿をめくっていらっしゃる所だった。


「そっちのテーブルに置いておいてくれないかしら」


「ですが、それだとお湯とカップの温度が低くなってしまいます。また温め直すとなると時間がかかりますので、今お飲みになられた方が良いと存じ上げますが」


「もう、じゃあ一杯だけ飲むから早く注いで頂戴!」


 リンデが率直に頼んだのが功を奏したのか王妃様は帳簿を閉じ、紅茶を飲む意思を示された。


「まったく、この国ではお茶も自由に飲ませてくれないのね。所でまだ?」


「今蓋を致しましたので蒸らすのにもう少々かと、お時間を頂けますか?」


「早く飲めと言ったり、待てと言ったり、どっちなのよ!」


 こういう風に王妃様とお喋りしている間に紅茶の準備も出来たようである。


 私が出来上がりました。と言うとすぐに王妃様はカップを手に取り、カップに口を付けられる。

 そして一口目を飲まれると王妃様の表情が変わった。


「……もう一杯注いで」


「畏まりました王妃様」


 二杯目を飲まれると、王妃様は考え込むような仕草をされた。

 そしてしばらく考え込まれた後、バン!と両手でテーブルを叩かれると私の方に視線を移された。


「もう一人あなたの紅茶を飲ませたい人がいるんだけど、そのティーセットを持って私に付いてきてくれないかしら?」


「それは構いませんが、まずお湯を足さないといけませんし、カップも温め直した方が良いかと思われますが」


「それはあなたの言うとおりにして良いから!えーと、そう言えば名前は?」


「ミスラル家から参りましたリンデと申します」


 こうして私はロザネラ様に初めて自己紹介をすると、次に王妃様に連れていかれたのは王宮内の別の一室だった。


 部屋に入ると、そこではアルジェ様が先生らしき方と何か座学を受けておられた。



 先生が私達を睨み付ける。


「王妃様と言えどもアルジェ様が将来王妃になられるための王妃教育を妨げるのは許されません。国王様がなんと仰るでしょう」


「この国の王妃は妾ただ一人、つまり真の王妃教育を出来るのもこの妾だけ。邪魔立てはどちらか!」


 そう王妃様が凄まれると、先生はすごすごと引き下がった。

 そして私の方に視線を戻されると、急かすようにこう言われた。


「さあ早くアルジェにも紅茶を入れてあげて」


「畏まりました」


 リンデは紅茶の準備をすると、それをアルジェ様の前にお出しした。

 アルジェ様は困惑された表情で、そのカップを見つめられる。

 そしてそのまま、カップに口を付けられたが、一口飲まれると、そのお顔が柔らかいものに変わった。


「これは……紅茶って、こんなにも美味しかったのですね」


「やったわ!リンデ、あなたのおかげよ!」


 その時のアルジェ様の笑顔とロザネラ様の喜び様は今でも覚えている。


 ロザネラ様とアルジェ様に名前を覚えて貰うのが早かったのも、この一件があったからだとリンデは思っていたのだった。


 ♢


 さて、アルジェ様も落ち着かれたようなのでリンデは本題に入ることにした。


「ところで、アルジェ様は今日は要件があって屋敷に来られたのではないでしょうか?」


「はい、実は今王宮で妙な噂話が流行っていまして……」


 その噂話によれば国王様は今度の舞踏会の席で今の王妃であるロザネラ様を廃妃とし、新たな王妃を迎える計画を立てているとの事だった。


 廃妃の理由としてまだ二人の間に後継ぎがお生まれになってないこと、日頃のロザネラ様の横暴な態度に国王様の我慢も限界に達されたなどの尾ひれもついているのだとか。


 しかし、ロザネラ様が王室に入られてからまだ1年も経っていない。

 いくらなんでも世継ぎの判断は早すぎるだろう。


 2つ目の理由に関してはリンデも思う所が無いわけではなかったが、ロザネラ様も重要な事は国王様に話を通すように心持ちを入れ替えられていたはずである。


「直接国王様にも噂の件をお聞きしたのですが、そうしたら「噂話より自分の勉学の事に集中しろ」と言われまして、だからロザネラ様の方に聞くことも出来なくて……」


 既に国王様には話を通されたとのこと。

 アルジェ様はその時の事を思い出されたのか、また下を向いて何かを堪える様な表情をされた。


「でも、私にとっての唯一のお母様はロザネラ様なんです。だから舞踏会は今夜なんですけれど、リンデにはもしもの時のために一緒に居て欲しくて、それで今から一緒に王宮に来て欲しくて、だから……ここまで来たんです!」


 アルジェ様は再び顔をあげ、切羽詰まった様に一気に言われると、ゴホゴホと咳をされた。

 私は急いで席を立って駆け寄ると、アルジェ様の背中を擦ってあげた。


 二つ返事でアルジェ様は私が一緒に来てくれる事を望まれているのは分かる。

 けれども、外出禁止の罰は今夜までであり、できればそれを破るような真似はリンデとしてはしたくなかった。

 またハイル様が怪我をされており、彼を置いて舞踏会に出る気持ちもリンデには無かった。


 どうしたものか。

 少し思案した所、リンデに妙案が浮かぶ。


「アルジェ様、少々お待ち下さい」


 リンデは自室に戻ると、戸棚から元々は香水を入れていた透明な小瓶を取り出した。

 そしてその瓶の中に今度はスライム状になった自分を入れると蓋をし、またアルジェ様の元に戻る。


「お待たせ致しました。アルジェ様、結論を申しますと私は今日の舞踏会にはいけません」


 私が一緒に行けないと言うことを聞いて、アルジェ様は眼に涙を浮かべられたが、すぐにそれを手で拭われた。


「分かりました。実はリンデが舞踏会に来れないと言うのは噂話を聞く前にロザネラ様から聞いてたんです。それにリンデの婚約者の方が大怪我をされていることも」


 ちゃんと王宮には私が送った手紙が届いていたようである。

 またロザネラ様もアルジェ様もハイル様が怪我をされたことをご存知であった。


「それでも私は自分が不安だからと言う自分勝手な都合だけで、リンデに無理を押し付けようとしてて……」


「アルジェ様、今日の舞踏会には行けませんが、日付が変わった明日の舞踏会には行くことが出来るという意味です。その証しとして私と思ってこれをお持ちください」


 困惑された顔でこちらを見上げるアルジェ様に対して私は用意した小瓶を渡す。


「分かりました。私はリンデを信じますから、明日には必ず来て下さいね」


 リンデは頷くと、アルジェ様も納得されたようである。


 帰り際、再び馬車に乗られたアルジェ様は窓から私に向かって笑顔で手を振られた。


 リンデも手を振り返し、馬車を見送るのだった。




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