恐れていたことも、予期しないことも、いつかはやってくるという事らしい
その夜遅く、やっとハイル様は帰って来られた。
担架に乗せられた状態で、である。
彼の頭や体には包帯が巻かれ、右足にはギプスをはめているなど見るからに痛々しい姿であった。
これには玄関で出迎えたリンデも彼の姿を見た時に、思わず立ちくらみを起こしそうになった。
流石にいつも感情を露わにしないリンデとしても、何も言わない訳にはいかず、同行者達に詰め寄る。
「ハイル様……お労しいお姿に、どうしてハイル様をこんな姿にさせたのですか!」
「彼にこんな怪我を負わせてしまい誠に面目ない」
赤毛で同じように赤い貴族服を着た青年がリンデに向かって頭を下げる。
その容貌から王宮内でも高い役職に付いている人物であろうことか察せられた。
「失礼ですが貴方は?」
「ザムレス・ザフと申します。今回のダンジョン探索の責任者としてお詫び申し上げます。貴女がハイルの婚約者の」
「リンデ・ミスラルと申します」
「やはり、王宮では貴女は現王妃様の世話係だったと聞いております。まさかこの様な場でお会いする事になるとは、こちらとしても残念でなりません」
ザムレス様は再び頭を下げられた。
こんなに高そうな役職の方が何度も頭を下げられるのは、リンデとしてもあまり見たことがない。
恐らく彼なりに精一杯の謝罪のつもりなのだろう。
「よろしければハイル様が怪我をされた時の状況を教えていただけないでしょうか?」
「こちらも護衛に聞いた話なのですが、ハイルが開けた宝箱がモンスターのミミックだったらしいのです。それで急いで救出したとのことなのですが、噛まれた彼はこの様なことに……」
ダンジョンには宝箱に化けて冒険者達を待ち構えているモンスターもいる。
今回はハイル様も含めて複数人だったから良かったものの、一人だったら悲惨な事になっていただろう。
その時、ハイル様が小さく呻き声をあげられた。
今は早くベッドの上で休ませてあげた方が良いだろう。
「ひとまず彼を部屋まで運んでくれ、彼の自室まで案内をできる者は?」
それを察したザムレス様が指示を出すと、屋敷の執事が手をあげる。
そして執事の先導に従い、彼の従者達が担架に乗せられたハイル様を部屋へと運んで行った。
「医者の見立てでは、ひとまず全治に1ヶ月はかかるとの事でした。また定期的に検診に来させるつもりです」
「1ヶ月ですか、分かりました」
一瞬、舞踏会の日には彼の怪我の治療が間に合わないという考えがリンデの頭を過った。
今はそれどころでは無いと言うのに。
リンデとしては珍しくそんな自分に嫌気がさしてしまった。
「こちらも定期的にお見舞いに来させて頂こうと思っています。それ位しか出来る事がありませんから」
「いえいえ、ハイル様を命がある状態で屋敷まで運んで頂き、ありがとうございました」
ザムレス様のこれまでの様子から、彼も憔悴してる事が見てとれる。
リンデは礼を言い、今度はこちらが頭を下げるのだった。
♢
ザムレス様とその付き人の方々が帰られた後、リンデはハイル様の容態を確認するために彼の自室に向かった。
「リンデです。失礼いたします」
部屋に入ると、ハイル様は丁度水差しに手を伸ばそうとされている所だった。
リンデは慌てて傍に駆け寄ると、代わりに水差しから水をコップに注ぎ彼に渡した。
「どうぞ、ハイル様。何か物を取られるなど御用がある場合は、すぐに人を呼ばれた方が良いかと思いますが」
「……水を飲むくらいなら自分で出来る」
そう言ってコップの水を飲み干されると、こちら側に背を向けて寝入ってしまった。
もっとお体の容態などについて聞きたかったのだが、この状態では聞けそうにもない。
「分かりました。ではリンデも失礼させて頂きます。お休みなさいませ」
リンデもお休みの挨拶をして彼の自室を出る。
扉を閉めた後、ロザネラ様に舞踏会の出席についてお断りの手紙を書かねばならないと思うのであった。
♢
それからリンデはハイル様の身の回りの世話の手伝いを積極的にやることにした。
とは言え、大体の事は使用人達がやってくれている。
リンデのやることはたまに食事を持っていったり、部屋の花瓶の水を変えたり、お医者様が来た時に応対する位であった。
私のやることに最初は反発していたハイル様もやはり今回の件は堪えたのか、次第に文句を言われることは少なくなっていった。
そしていつものように花瓶の水を変えようとしていた時、ハイル様がポツリと呟かれた。
「今日でお前に出していた外出禁止令も解けるな。明日は部屋に飾る花でも買ってきたらいい」
そう指摘されてリンデは彼から出された外出禁止令が今日限りであったのを思い出した。
つまり今日は王宮で舞踏会が開催される日でもある。
だが、ハイル様は回復されたとはいえまだ人前に出られる様子ではない。
舞踏会の件についてはやはり伏せておくしかないだろう。
「そうですね、何か心が落ち着くような花を見繕って来ましょう」
リンデはそう返答すると、花瓶の水を入れ替えて部屋を出た。
♢
部屋から出ると、執事が慌ててこちらに向かってくる所だった。
「リンデ様!王家の紋章の付いた馬車が屋敷に来られています!」
また王室の馬車がやって来たらしい。
舞踏会の迎えの馬車かとリンデは思ったが、よく考えてみたらそれはおかしかった。
舞踏会を欠席する旨の書簡は既に速達で送っていたため、その事を既に王宮側もロザネラ様もご存じのはずである。
ではあの馬車には誰が乗っているのか?
あの馬車を動かすことが出来るのは王族しかいないはずである。
まさかと思ったリンデは急いで屋敷の玄関前に行くと、使用人たちと共に馬車を出迎えた。
馬車の扉が開く。
そこから紫色の外套の裾が見えた時、またロザネラ様が来られたのかと思った。
しかし、実際に中から出てこられたのはアルジェ様だった。
「リンデ!」
馬車から出られたアルジェ様はそう言ってこちらに向かって駆け寄り、いきなり私に抱きついてこられた。
「アルジェ様?いったいどうなされたのですか?」
「このままだと王妃様が、ロザネラ様が私のお母様では無くなってしまうのです!」
そう一気に言われると、アルジェ様はワッと泣き出された。
あまり自分の負の感情を表に出されない方だと思っていたので、この変化には私も戸惑ってしまう。
リンデとしてはそんなアルジェ様の背中を、彼女が泣き止むまで擦ってあげる事しか出来ないのだった。




