五話 トシツネの家「非難轟々」
「ここがオレの源土一族が代々住んで来た最後の一軒家。非難轟々だ」
ダンジョンにて異世界から現れた織田信長を発掘した源土トシツネは魔王の娘・ベビーサタンを追い払う事に成功した。そして、この古い木造二階建ての入口に非難轟々という看板のある家の前で転生者であるノブナガと話す。
「ほぅ……ここがトシツネの家か。非難轟々とは大それた名だ。面白い」
「源土一族が代々住んでる家だからオレの命名じゃないけどな。古いけどそこそこ広くはある。お前一人居候しても手狭にはならないさ」
そのトシツネの言う通り、非難轟々自体は百年以上の月日を改築などをして耐えて来てるのでボロではある。今でも源土一族の末裔であるトシツネの所有する土地は広くあり、そこでは野菜などの自給自足出来る環境があった。ノブナガはトシツネが自給自足してる面があるのに感心している。
「トシツネは発掘と農業で生計を立てているのか。とにかく土いじりが好きなようだな」
「使わない土地を街の人に貸して農園にしてるんだ。貸してる分は場代としてオレにも金が入る。野菜も貰えるし、一石二鳥だぜ」
「デアルカ。あそこの宝石販売所とは何だ?」
ノブナガが指挿した非難轟々の入口横にあるそこは、宝石販売所という立看板が有りダンジョンで発掘した宝石類が並んでいる無地販売所だった。
「この非難轟々は無人販売が基本だ。人を雇う金も無いし、オレも一日の大半がダンジョンの中だし売る時間が無い。だから無人販売にしてダンジョンや洞窟で発掘した物を売るんだよ。お、ヨクルト来てるじゃん。今日は一本あるか。飲んどけノブナガ」
と、トシツネは白いプラスチックケースに入る小さな容器を渡して来た。
「今日は? その白い入れ物のヨクルトとはトシツネが取り寄せている飲み物なのか?」
「いや、大家さんからの貰い物だ。けど、大概誰かに盗まれる」
「ならとっちめねばなるまい。法を犯す者は首を刎ねるが道理」
「お前、基本他人にやたら厳しいよな。オレとしては飲まなきゃならない事情があるなら飲ませてやるさ。非難轟々の店主はそんな事でカリカリしてたら無人販売なんて出来ねぇぜ」
「フン。その甘さがいつか貴様の身を焼くぞ」
言いつつノブナガはそのヨクルトという未知の飲み物を飲む事にした。ダンジョンで飲んだコーラはシュワァ……という喉を刺激する飲み物であった為、また刺激系か? と警戒しつつゴクリと一口飲む。
「……甘くて旨い。それに口当たりが良いな。コーラとは違って、朝に飲むのが一番いいだろう」
「ヨクルトは牛の乳を砂糖とかと加工して生まれた神の飲み物だ。トロリとしてて美味。ここで立ち話してても仕方ねぇから入れよノブナガ」
「では邪魔するとするか」
「人の家で邪魔はしたらいけねぇぜ」
「貴様は一口多いのだ。たわけが」
フンと鼻を鳴らすノブナガはトシツネに案内され、非難轟々の中に入った。
※
非難轟々の中はノブナガの世界にもある畳などを中心とした和室で有り、エドランドという都市の洋風文化とは違っていた。おそらくこれが昔のジパングのエドランドの基本文化なのだろうと思うノブナガは畳の上に座り古い木造の室内を眺める。
「茶の湯が良いなんて珍しい奴だな。幼なじみの魔法使いと同じ事言ってやがるぜ。ほら、源土特性お茶だ」
「ただの茶の湯だろう。味は……悪く無い」
キッチンに茶の湯があったので、ノブナガは茶の湯を飲む事にした。これにより、ノブナガはこの異世界ジパングに来てからようやくゆっくりする事が出来た。しかし、この男はこの異世界の文化に興味津々で有り、一日でも早くこの世界に馴染もうと相棒になった少年から色々聞いて、全てを吸収したい気持ちがある。
まぁ、待てよと言うトシツネは冷蔵庫からプリンを持って来た。ノブナガは二層に別れたこのジパングで言う所のベージュとブラックの食べ物らしき物を見据える。ニッと笑うトシツネはノブナガも甘いものに興味があると勝手に確信した。
「とりあえずプリンだ。このプリンという二層に別れた男と女のような悪魔のデザート。ロミオとジュリエットのような悲劇をも思わせるこのベージュとブラックの食べ物について教えてやるぞ」
「おう」
よくわからないがノブナガは返事をした。トシツネはカップに入るプリンをノブナガの前に置き、自分の分のプリンのフタを取りペロリと舐める。微かに残るプリンの残骸すら舐めるのがトシツネの主義らしい。
そして、トシツネが言いたいのはプリンとカラメルの関係性のようだった。トシツネはプリンとカラメルのギリッギリのラインをすくうよう、スプーンを小刻みに動かしていた。
「……脳から出る信号がこのギリッギリの所を食う事によって美味く感じるように変換される。これがカラメルと敵対するオレの最高のプリンの食い方だ」
「デアルカ」
ノブナガは目の前の男の行動の意味が理解出来ず、考えるのを破棄した。そしてプリンを飲むように食べ、トシツネにその食べ方は邪道だと怒られたが無視をする。そして、ようやくノブナガはこのジパングワールドについて聞くことが出来た。
「……成る程な。おおよそダンジョンというモンスターという獣がはびこる洞窟については理解した。さっきから気になっていたが、この非難轟々の裏にある黒い西洋の館は何だ? 他の建物と違って土塁などの仕切りも無いではないか」
「そこの土地も元々は源土のものだからな」
「元々は源土一族のものなのか?」
「あぁ、そうだ。昔はもっと源土一族の土地もあったんだがな。百年前に一気にダンジョンでの発掘仕事で稼いで土地が増えてから、この十数年でダンジョンの発掘が無くなり一気に土地が売られてここまで減った現実があるのさ」
「天下布武をしたと思ったら、そこから一気に崩れ去った。砂上の楼閣というわけか」
「天下布武は成してないけどな。ま、親父が色々仕事でやらかして更にこの土地の半分を十年前に売って、今は幼なじみの魔法使いが裏に住んでる。もう親父もいないし、源土一族はオレ一人だし、これ以上土地を失うわけにはいかねーのさ」
「貴様もそれなりに苦労しておるようだな。だが、男の人生はそうでなくてはいかん」
「いや、オレは早くスローライフをしたいんだよ。いつまでも発掘、発掘の人生なんてしてたら身体を壊してあの世行きだぜ。源土一族は肉体労働で道具のように消耗してるからなぁ……」
ふぅー……とお茶を呑んで息を吐いたトシツネは色の変色した天井の木を見つめる。残り少ない茶の湯に映る自分を見つめるノブナガは過去の出来事を思い出し呟く。
「確かに人間の身体は道具では無い……か。サルや金柑頭は俺にとって道具であったからこそ、その才能を擦り切れるまで使った。そこの配慮が足らなかったこそ、あの事件が起こったのは認めざるを得ないか」
「ん? 何かブツブツと言ってるけど何だ?」
「貴様の茶の湯は旨いからもう一杯という事さ。今度は少し熱めに頼む」
「お熱いのが好きかノブナガは。合点承知よ!」
微笑むトシツネはキッチンへ茶の湯を汲みに行った。そうして、多少打ち解けた二人は大家さんに貰った水羊羹を食べながら雑談をしている。ノブナガはトシツネの発掘師の仕事で生活する事を聞いていた。
「……ほぅ。それでクリスタルとやらを今週中に発掘しないとトシツネの借金が減りもしないのか」
「今クリスタルが出ても親父の残した借金の利子で半分は消えるから生活も楽にならない。オレはクリスタル見つけまくって美少女とスローライフを目指したい。それだけを目標に生きてる」
「なら俺も手伝うとするか。まずはこの一週間でジパングワールドという世界のエドランドでの生活に慣れる。それがこのノブナガの手始めの目標よ。全ては天下布武を成す為に」
「天下布武なんてどうでもいいんだよ。そもそも発掘は天下布武とは違って、陰気で日陰の仕事だ。薄暗いダンジョンの中だから基本的に誰もいないし、誰も見てない。クリスタルでも見つからないと、評価もされない職業だ。だから他にも仕事してないと生きていけない。あんまりオススメはしないぞ」
あくまで発掘師という自分のジョブをする事はオススメしないとトシツネはノブナガに告げる。
今の話の通り、ダンジョンにてたまに発掘されるクリスタルの代金を大きな目標としてトシツネは生活してる。日陰で陰気な肉体労働で、ほとんど褒めてくれる人間すらいないが、先祖代々から伝わるジョブだから仕方ないと諦めて毎日、毎日いつ出るかもわからないクリスタルを目当てに発掘しているのだ。
「……発掘師はだめとなると、薬師にでもなるか。ここには薬師になる環境があるからな」
「何でそれがわかるんだ? 薬師は基本的に学校行って学ばないと仕事にならねーぞ」
「薬などは自分の身体で試し、自分で学ぶものよ。この茶の湯の葉を粉末にする仕事は誰がしている? そこのキッチンとやらには葉っぱを煎じる道具や薬研があった。薬研は葉を粉末にする物。貴様は薬研を使い、散薬などを扱えるなトシツネ?」
「めざといなノブナガは……確かにそうだ。オレは薬師のバイトもしてる。何もクリスタルが出ない時は薬草を酒で煮込んだのを乾燥させ、薬研でそれを潰して粉々にする。源土散薬という粉末薬にして販売しているんだ。これは秘伝だから教えられん」
トシツネはダンジョンシーカー達に向けて源土散薬という薬を製造し、販売していた。それは骨折、打身、捻挫、筋肉痛や切り傷に効果があるとされるもので、ダンジョンにてモンスターに襲われた時に助けてくれるキーアイテムでもあった。その話をしている時、ノブナガはトシツネの顔から何かを読み取った。
「トシツネ。貴様は強いはずだ。何故そんなひよっこのような連中に助けを求め、尚且つ憧れている。有り得ぬ話だ」
「オレも本当は戦士や魔法使いとかのジョブに憧れがあるんだよ。だって、戦闘をして稼いだ方が楽だし、ギルドからの評価も得る。金と名声が入って一石二鳥なんだよ。人生、上手くはいかねぇもんだぜ」
頭をかくトシツネはハハハ……と渇いた笑いをする。そして、その青い瞳は鋭くなり目の前のオレンジ色のオールバックのヒゲ男に向けられた。
このノブナガという男はどこかの世界から現れた存在。本来ならばエドランドの管轄するダンジョン探索と街の治安を守る警察機構を兼ね備えるギルドに報告しなくてはいけない事案だ。
発掘師として今まで生き埋めの人間を助けた事はあっても、生きてる人間を掘り当てる事は無い。それも別の世界の魔王のような存在を発掘してしまった――。
「どうしたトシツネ? その鋭い顔は赤ん坊と戦った時の顔だ。どうやら俺に何か言いたいようだな?」
「……ノブナガ。お前が何故あそこのダンジョンにいたのかは自分でもわからないようなら、前の世界の最後の瞬間を教えてくれよ? お前は誰かに裏切られて死んだ。そしてこの世界に転生した。そうだよな?」
「では、俺の覚えている限りの話をしてやる」
黒い口ヒゲを撫でるノブナガは、その赤い瞳の奥に死の間際の炎に包まれる本能寺での出来事を思い浮かべていた。




