二話 発掘したのはノブナガでした!
「やっぱり落ち着いてもダメなもん掘ってしまったよ! やっぱりこれ人間じゃん! モンスターでも魔族でも無い人間じゃん!」
発掘師ジョブの源土トシツネはダンジョンでの発掘作業中に怪しげな棺を見つけてしまい、開くと中には生きた人間が眠っていたのである。
やっぱりオレンジの怪しい棺を開けなきゃ良かったと今更ながら思うトシツネは家訓である「落ち着けば大丈夫」という源土一族の事を忘れてあたふたしていた。このダンジョン内の周囲に人間はおらず、もしこのまま目覚めて襲われたらトシツネ一人で戦わないとならない。
「クリスタルのようなお宝かと思いきやただの人間。魔族では無いだろうが、吸血鬼の可能性はある。このままフタを閉じれば無かった事になるんじゃ……ね!?」
そうこうしてる間に、その棺の中の男の目が開いてしまった。ゲッ! という顔のトシツネはそのオレンジ色のオールバッグの口ヒゲを生やした男と目が合う。棺に手をかけ立ち上がる男は傲岸不遜な態度のままトシツネに語る。
「……ここは本能寺では無いな。それに貴様誰だ? 俺を誰だと心得ておる!」
その鬼の如きプレッシャーを感じる事も無く、何かよくわからない男が出てきてめんどくせーと感じるトシツネはとりあえず受け答えた。
「オレはお前を知らん。知らない人に名を聞くならまず自分から名乗れって親父は言ってたぜ」
フンと鼻を鳴らす傲岸不遜な男は一喝してビビる事も無い少年に言う。
「俺は日本国を支配し天下布武を成す男であった織田信長だ。俺は光秀に謀反を起こされ確実に本能寺にて死んだはずだったのに、こんな洞窟で傷一つ無く生きているとは……。おい小僧。貴様の名とこの場所を説明しろ」
「オレは発掘師の源土トシツネ。ここはジパングのダンジョンの中だ」
「だんじょん? だんじょんとは何だ?」
「え? ダンジョン知らないのかよ。ダンジョンはモンスターとか人間に害を成す生物が現れる場所だよ。さっきニホン? とか言ってたけど本当にこの世界の人間じゃないのか……? 転生ってやつ?」
「たわけが。俺は天下布武を成す尾張の織田信長ぞ。国は日本だ。俺はその頂点に君臨しかけていた男だ」
どうやらこの信長という男は『日本』という国の出身らしく、このジパングワールドの人間では無いらしい。服装こそジパングではおかしいとは思えない感じだが、この男は相変わらず周囲をキョロキョロと眺めていた。
(ノブナガ……か。気力、体力共に充実していそうな男だ。性格はちょっと自信過剰か。でも、この男はニホンって国の頂点に立つ寸前のような事を言っていたな。何があったか知らないが、このジパングに現れた。誰かに裏切られたのかな? 何かスゲー部下に厳しそうだし。殺されて転生したのか……)
そんな事をトシツネが思っていると、そのオレンジのオールバッグの男は話し出す。
「……ここはだんじょんなどと言っているが、ただの洞窟だろうに。もんすたーなどと言う妖怪の類が出るとこの世界ではだんじょんと言うのか。俺はそういう不確定なまやかしが嫌いだ。妖怪など本当にいるのか貴様が案内せい」
「はぁ? つか、オレはお前の家臣でも部下でもねーし。俺はただの発掘師でモンスターを倒すのは仕事じゃないの。モンスターを倒したいなら他を当たりな。オレはクリスタルの発掘で忙しいんだ」
「くりすたる? それを貴様は何の為に発掘しておるのだ? おそらく金の為だろう? なら、俺がそのくりすたるとやらを探してやる」
「簡単に言いやがって……。そもそもクリスタルってのはなぁ……」
そのトシツネの言う通り、クリスタルというのはジパングでも稀少な宝石であり、年に数度クリスタルが見つかるかどうかのレアな物だ。クリスタルはクリスタルでも、ネックレスにする程度の欠片ぐらいならたまに見つかるのはあるが、物凄く高値では売れない。
人間の手で掴める程の大きなクリスタルとは、かなりの熟練をした発掘師でさえも見つけるのは困難な代物だ。このジパングにおいて、発掘師というジョブが源土トシツネしかいないというのはそういう事だ。このジョブではまともに「食えない」のである。
だから基本的にギルドに登録してダンジョンへ行く人間は戦士系のジョブになる。必ず稼げるのはモンスターを倒すだけの力を持った戦闘向きのジョブだけなのだ。
「……ってなわけでわかったな? オレは確かに金の為に稼業である能力を活かしてクリスタルの発掘をしてる。源土一族の末裔としてクリスタルを発掘して借金を返す必要があるからな」
「ほう? 借金か。貴様もそれなりに苦労してるようだな。俺ならすぐに他者を巻き込み権謀術数を使い返済した事にし、相手ごと乗っ取り支配してしまうがな」
どこからそんな自信が来るんだ? と思うトシツネはバッグにある水筒を一本ノブナガに渡した。
「とりあえず休憩だ。ノブナガ飲んどけ。寝起きにはその炭酸が弾けて混ざるぜ」
「気が利くな小僧。……ぬ!? くわっ!? 何だこの黒い水は!? 有り得ん代物だ……だが美味いな。これが異世界の飲み物なのか?」
「ただのコーラだよ。安いし、美味いし、最高だろ?」
「あぁ……一瞬毒かと思ったがな。この異世界とやらは俺を刺激する良い世界なのかも知れん」
「異世界だけにか?」
「異世界……良い世界? ぬほっ! ぶほほっ!」
転がるようにノブナガは笑い出す。鋭いツッコミを期待していたトシツネは口をあんぐり開けて唖然とする。
(いや、面白く無いだろ……わからん。このノブナガという男は全くわからん。マジで変なモン発掘しちまったよ……変な奴だから転生したのかな?)
と、笑いのツボがわからないトシツネは笑い出すノブナガにちょっと引いている。すると、グラグラッ……という揺れが洞窟の中を振動させた。
「地震か!? これを被って伏せろノブナガ!」
「おう……」
ノブナガはヘルメットを被せられ、トシツネはノブナガの全身を守るように覆い被さった。そうして、無数の崩れた岩盤がトシツネの身体に直撃して少し経つと地震は治まった。打たれ強いのか、特にダメージの無いトシツネは全身の砂埃を払って立ち上がり言う。
「このダンジョン内は地震は基本的に無いんだがな。ここは特殊な魔力が形成されているから早々地震は起きない。お前が棺から起きた影響かもな」
「じゃかしいわモグラめ。俺がこの異世界で目覚めた程度で地震が起こってたまるか。俺ならばこの異世界全てに地震を起こせるわ」
フンと鼻を鳴らすノブナガはトシツネが自分の頭を見ている事に気付く。
「ノブナガの髪型変だな。何で後ろのポニテを無理矢理上げてんの?」
「じゃかしいわモグラめが。これはチョンマゲと言い戦国の世では当たり前の髪型だ。髪を固定出来て兜を被っていなくとも、敵の一撃を凌げるような髪型なのだ」
「この世界にはヘルメットあるからこの方が楽だよ? 後ろの髪切ってやろうか?」
「異世界に来たからって何でもかんでもこの世界の通りには行かん。俺には俺の作法がある。天下布武を成すこの俺の作法こそが三千世界の作法になる」
「そうか。ま、オレはお前の言う通りモグラの発掘師だからよくわからん」
「わからんで結構だ。貴様の美的意識は狂っておるわい」
「んじゃ、オレは発掘作業に戻るから外に出たければ勝手にしていいぞ。オレを頼りたいなら発掘作業が終わるまで待ってろ」
言いながらトシツネは周囲に聖水を流し出す。今度は何の水だ? と疑問に思うノブナガは青い水を地面に流すトシツネに聞く。
「今度は何の水だ? それで何かを誘き寄せるのか?」
「これは聖水だ。この聖水流しとけば弱いモンスター来ないから安心して発掘が出来る。さっきの地震でダンジョンが少し変化したかもしれないからな」
「そんなものでモンスターとやらが来なくなるのか。そんなに出ないが俺も出すしかあるまい」
と、ノブナガは腰の前帯を解き始めて下半身を出そうとしていた。すぐに何をするか察したトシツネは動く。
「アホ! 聖水は小便じゃないんだよ! これは神聖な水なの。不浄な水とは違うんだよ」
「じゃかしいわ。誰の小便が不浄だ。たわけが」
少し怒るノブナガは言葉を言った後に何やら異様な気配を感じ取った。黒い口ヒゲが逆立ち、何かの警報を鳴らすように状況を訴えていた。
「何だこの気配……やけに威圧感がある気配が近くにいるぞ?」
「え? 威圧感だって? あ、あれは――!」
そこには女の青い肌のおしゃぶりを口にくわえた魔族が存在していた。モンスターを束ねる長である魔族は涼しげな目元で額が広く、髪は長い白髪。烏帽子をかぶり、服装は黒い公家のような出立ちである。美しいが明らかに人間では無い存在を見てノブナガは「敵である」とその鋭い感性で警戒心を高めた。
「何だあの青い金柑頭は。あれがもんすたーか?」
「いや、あれは魔族だ。モンスターを束ねる長として存在する。ダンジョンの王様って奴さ。つか、青い金柑頭って何だよ?」
「あのつるりとした大きなオデコに涼しげな容姿。俺に謀反を企て成功させた明智光秀に似ておる。つまり、奴は始末して良いのだろう?」
「あぁ。倒さないとオレ達が殺されるだろう。人間と魔族は相入れない。互いに殺し合うしか手段を持たない天敵だ」
そうして、共も連れず一人で現れたその青い肌の女魔族はゆったりとした速度でトシツネとノブナガに向かって歩いて来ていた。このまま戦闘になればまず勝ち目は無い。
(発掘師は戦闘向きじゃねぇ。それにノブナガを連れて逃げるのは難しい。さっきの地震が原因か? まさか、こんな所にあんな魔族なんて出てくるとはな……今までの歴史でこんな事は初めてだぜ……)
発掘作業中のかつて無い危機に対してトシツネは冷や汗を流し、息が詰まった。隣のノブナガを見てやる余裕すら無い中、確実に青い肌の白髪の魔族は近寄って来る。
(流石のノブナガも小便チビってるかもな。でも、コイツだけは何とか助けないと。源土一族は義理堅さで生きてきた一族だ)
魔族から溢れ出す強力な魔力はトシツネの身体をジリジリと後退させ、喉の渇きで声も出せない状況だ。これから逃げ出すかどうかも判断出来ない状況の中、目の前の白く長い髪の魔族はそのおしゃぶりをくわえている口を開いた。
「マロは魔王サタンの娘。ベビーサタンであるぞ。滑稽な人間共よ。美しきマロに平伏せ」
「デアルカ」
ノブナガはその一言を呟くと、ベビーサタンの顔面をブン殴っていた。




