第一話 黒獅子
「おい半端者」
背後から悪意の孕んだ声が聞こえた。その声の主も、誰に対して言っているのかもノータイムで理解した僕は振り向き、ガラの悪そうな3人組を睨みつける。
「なに?」
彼等は、いつも僕をいじめてくる連中だ。睨みつけたところで効果は無かった。それどころか、それが気に食わなかったのか足下にある小さい石を拾い上げ、
「調子乗んな、半端者の癖に!!」
と、投げつけてくる始末。
お父さんがこの前、「いじめられても蔑まれても無視を貫いた方がいい。そのような悪意には、半端に反応しても悪化するだけだし、やり返しても反感を買うだけだから」と言っていたけど……。
父さん、ごめん。ちょっと無理そう。割とマジで。うん。
小さな石を投げつけられた僕は、手を強く握りしめて我慢に徹していた。
が、すでに我慢の限界だった。
プルプルと震えた手の力をゆっくりと抜き、フゥーと大きく息を吐く。やり返そうと、意志を固くした、その時。
「お前らふざけ______」
「おいっっ!!!」
ビクッ!と肩を跳ねた。僕をいじめていた3人組はもちろんだが、何故か僕も一緒に。
(まぁ確かにやり返そうとしたけど、僕は悪くないし…)
そんなことを心の中で呟いても意味は無いのだが。
怒号の主は、僕と3人組の間に入り、いじめっ子を睨みつけた。
「またお前達か!!全く……」
3人組は、一度僕の方を見ると、舌打ちをしてバツ悪そうに去っていった。
助けてくれた人を、僕は知っている。
声で直ぐに気付いた。いつも僕を庇ってくれるこの村の傭兵だ。
「クロ、大丈夫か?」
その傭兵は、吊り目でやる気のなさそうな見た目をしている。一見すると怖いというイメージを持たれやすい彼だが、見た目と反してとても気のいい人だ。
「うん。ありがとうジーク」
「んや、礼はいい。それよりまたいじめられてたのか?」
ギクっ。と音の無い音が聞こえた、気がした。
「いやぁ、あははは……」
昔からいじめられてた僕をジークは見兼ねて、毎朝、いじめられないように強くなるための特訓に付き合ってくれていた。だが、どれだけ特訓しても強くなっても心というのは強くはならないようだ。
「ったく。胸を張れ。お前は強いんだ。それに……せっっかく、カッコいい黒色の獅子なんだからよ」
少し照れてしまう。でも黒色だから、いじめられてるんだけどな。なんとも複雑な気持ちだ。多分今、恥じらっているのか笑っているのか。それとも、複雑な感じなのか分からない表情をしているんだろう。
そんなことを考えていると、少しいたたまれない気になって僕は僅かに俯いた。
「ところでお前は何をしてるんだ?」
この村は、レオ村と呼ばれている。獅子族と呼ばれる種族が暮らしていて、小さな集落で30人程度の村人しか居ないが、リリア・ノアという地域の王都「ノア」の近くに位置しており、集落ではあるものの人の出入りが多い賑やかなところだ。
明日、王都ノアにある冒険者学校へ入学する僕は、支度に気分転換を兼ねて外に出ていただけなんだけど……まぁ、いじめっ子に絡まれた。
僕がいじめられる理由は、僕の左腕にある。
人の腕ならざる形をしたそれは、モフモフしていて鋭い爪が付いている。あ。あと肉球も。
つまり、半獣なのだ。僕は。……本来ならそれだけでいじめられはしない。
もう一つの理由は、獅子族全員に共通している"色"が僕だけが違うということ。
僕の名前の由来。
そう。黒色なのだ。髪の毛も。左腕も。
だから、僕はこう呼ばれている。
黒獅子、と_________。