第零話 魔人化
小さな集落が、灰と炎で満ちていた。
「これは……」
予想以上に酷かった。
旅の途中、沢山の煙が上がっているから、何かあったのかもしれない。
と来てみれば、そこには炎の海に囲まれた集落だった。
直ぐに、これは非常事態だと考えた。
まずは、生きている人がいるかどうか確認しないといけない。
こんなに燃えているとなると、魔物などから襲撃を受けたのかも。
この中で生きているのも奇跡に近いけれど……。
今は一刻を争う事態。思考は一旦放棄して、行動に移そうと思った。
腹に手を当て、魔力の流れを掴む。
「サーチ」
そう言うと、無数の光の球が、出現し集まり、光を帯びた道となった。
これは魔力を持っている獣人へと導いてくれる魔法だ。
光の道が一つしか無かった。
そしてそれは、周りに一人しか生きている獣人がいないことを示している。
「くっ…間に合ってよ…!」
導かれるように、光の道が進んでいる方向へと走って行くと、そこには、黒髪の男の子が倒れていた。
よく見ると、耳がふさふさで大きかった。多分だけれど、ここは狼族の集落だったのだろう。特徴的なこの耳の持ち主は狼族以外にいない。
……よかった。まだ息をしている。
でも少し浅い気がする。
集落が灰となってしまいそうなことから、燃え始めてから時間が経っているのだろう。
これ以上、彼が煙を吸うと、正直まずい。一旦ここを離れないと。
彼を抱えた、その時だった。
「…!!!??」
彼の右肩から、黒い瘴気のようなものが出てきて、体を包み込んだ。
咄嗟に危険だと判断した私は、彼を床に置き、大きく後ろへと下がった。
そして。
彼は立ち上がり、右眼を開いた。真っ黒に染まったその眼は、狂った魔物のようだった。
私は彼のような状態を知っている。
ーーー魔人化。
生きた獣人が、そのまま魔人へと変化するという恐ろしい呪いだ。
…だが、未完成なのか、身体全てが魔人へと化している訳ではなさそうだ。
助けられるだろうか……。
「……っ」
ある少女がフラッシュバックする。
大切な仲間だった。なのに……私はその少女を自らの手で殺めた。
その時の絶望的な結末が、もう一度繰り返そうとしている。
自分の手を強く握りしめる。彼女は怒りに震えていた。
最悪な呪いをかけた魔族に。
助けられるか不安になっている自分に。
でも。助けられなければ、彼は永遠に魔人として生きてゆくことになる。
「そんなこと……させてたまるか!」
二度と同じ悲劇を繰り返さぬように、魔人化を一時的に止める方法を私は知っていた。
助けられる確証は…なかった。
それでも!!!!
「此処で、出来なかったら後悔することになる!!!」
私は地面を強く蹴り、彼の元へ近づく。
魔人化が初めてなのか、男の子は「うゔぁぁぁぁ」と呻き悶えている。
その姿は、ひたすらに魔人化を否定し、抵抗しているように見えた。
彼は強い子だ。このままいける!
腹に左手を当て、右手へと魔力を集中させる。そして、右手は彼の右肩を掴んだ。
今ならっ!!!
「解除っっっっ!!!」
二人を包むように光が溢れた。
そして…………