雨の終わりと覚悟と
サタンは、3日間目を覚ます事は無かった。
もう時期雨季も終わる。
「サタンは大丈夫なのか?」
「はい…きっと回復に時間がかかっているんだろうとは思います…」
「お前も…まぁよい…お前がそれで良いと決めた事なのだから…私は何も言わないさ…」
「父上…すみません…」
遠くでルシファーと誰かの会話が聞こえる…と夢心地だった瞬間に一気に目が覚める。
「ル、ルシファー…様?!」
まだ部屋の中もぼやけて見えて、うまく状況が飲み込めない。
セイントと踊って…ルシファーとも…踊ったような…
記憶を辿ろうとするが、アンジュが自分に向ける憎しみの表情を思い出すと記憶が曖昧になる。
ルシファーの後ろにいる、魔王に気がつき慌ててベッドから出て挨拶しようとするが、シーツに絡まりベッドから落ちそうになる。
「サタン…」
落ちると思った瞬間、ルシファーの腕が目の前にきて支えられる。
「ここは王宮のゲストルームだ。誰もおまえがここにいる事は知らない。フェレス様にも許可をいただいているから、ゆっくり休むといい…」
表情を変えずに淡々と言いながらサタンをベッドへ戻す。
サタンは、ここへルシファーに抱き抱えられて運ばれた事は覚えていない。
途中、ルキが何故かそばにいて、何でいるのだろうと思いながらも、ルキの金色の優しい瞳と触り心地の良い毛並みにうっとりして、安堵感とやり場の無い倦怠感にルキの背中を撫でながら、そのまま眠りに落ちてしまっていた。
(相変わらずの社交辞令だわね…)
ルシファーの紫色の瞳の中に優しさを見つける事は出来ない。
大切な夜会を台無しにしたであろう事は容易に想像できる。
許嫁としとてしっかりしなければいけないはずが、結局迷惑をかけてしまっている事実に気持ちの整理ができない。
セイントの顔を見て安心してしまい、あろうことかダンスまで受けてしまった…
セイントのおかけで、セイントが無理矢理ダンスを申し込んだ事になっているが、セイントの存在をアンジュに知られてしまった事がサタンいっそう不安にさせる。
「魔王様。この度はご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「少し強い魔力にあてられたのだろう?君にしては珍しい事もあると、心配になってしまったよ。すまんな…ルシファーが一緒にいながら…」
深々と頭を下げる魔王にサタンは慌てて、身振り手振りで大丈夫ですから!とリアクションをする。
「あまり長居をしては、治るものも治らなくなってしまうからな…今週はここで休んで、週末に屋敷へ戻るとよい。サタン、無理だけはしない事だ。フェレスがすごい顔で昨日私の所へやってきたよ。相変わらずあいつは親馬鹿だな」
くっくっとフェレスの顔を思い出し、笑い出す。
「すまん。すまん。それでは、ルシファー私は先に行く。サタン、失礼したな」
魔王は一瞬にして、部屋から消えていく。
(…ルシファーと2人なんて久しぶりすぎて…なかなか気まずいわね…)
「ルシファー様、本当にご迷惑をおかけしてしまったようで…あの…ドレス…素敵なプレゼント…それに、アメジスト…」
最後まで言い終わらないうちに、ルシファーの指で唇を塞がれる。
「しっ…」
サタンは状況が飲み込めない。
突然後ろから抱きしめられるような状況になり、頭の中はパニックになる。
それでも、ルシファーが神妙な顔をしているので、必死に冷静さを保とうとする。
しばらくそうしていたが、ルシファーから力が抜ける。
そう思った瞬間に体が離れていった。
「大丈夫だ。気のせいだったようだ。
サタン…まだ魔力は戻っていないのではないか?」
「うん…あ…はい…うまく力のコントロールができなくて…というより…わからなくて…今までどうしていたのか…あ、でも、もう少し休めば大丈夫だと思います。だから、大丈夫です」
笑顔で押し切るしかない。
いつまでもここにいる訳にはいかないし、授業も遅れてしまう…それにセイントの剣術のレッスンもあるのに…そう思うと空元気でも大丈夫と言ってルシファーを安心させるしかない。
「週末に帰れるように、ゆっくり休んでいけばいい。授業の遅れは心配するな…ただ…」
「ただ?」
「いや…学園中、ダークブルーの髪の毛の金色瞳をした者の話で大変な事になっている。おまえ以外には目もくれずに去っていった王子様だそうだ…」
「私も、知らないのよ。あの人がどこの誰だか。アンジュとあなたが、ホールから出ていったでしょう。その後、バルコニーでぼーっとしてたら声をかけられて…きっと、私があなたの許嫁だということも知らないのよ…そんな感じだったもの…。
軽率な行動をとってしまったこと申し訳ありませんでした…」
これだけ迷惑をかけておいて、ルシファーに嘘をつくのは心が痛む。
それでも、ここで自分が嘘をつかなければ、セイントの行動が全部無駄になってしまう。
「王宮の警備に力を入れねばならないな…その…サタンが…楽しそうにダンスしていたと…人など、皆好き勝手想像して噂話にしてしまうからな…」
自分は毎年、楽しそうに声がかかる度に他の女性と踊っているくせにと思う。
仕方ないのない事だとわかっていても、自分だけが噂になっている事に腹が立つ。
ルシファーと自分とでは立場が違うのだと思い知らされる。
「本当に申し訳ありませんでした…」
その言葉しか出てこない。
昔なら、もっと簡単に自分の気持ちを出せたのにと思う。
許嫁と意識すればするほど、ちゃんとしなければいけないという気持ちが強くなり、昔のようにはいかない。
それに、ルシファーも自分の隣に並ぶのに相応しい女性を望んでいる。
「私は、大丈夫ですから、執務室にお戻りください。明日ゆっくり休ませていただいたら、明後日には帰ります。熱も下がったのですっきりしてますし」
「それならば、夕方送って行こう。フェレス様にも挨拶せねばならないからな」
「ありがとうございます」
そう言いながら手をかざすと、龍が出てくる。
「これはお父様の仕業ですよね?」
そう言いながら、手をかざすと龍が出てくる。
「ユラン。私は大丈夫よ」
警戒するかのように、ルシファーを見ていた『ユラン』と呼ばれた龍はサタンの顔にすり寄る。
「私はフェレス様に信用されていないようだからな」
ユランはルシファーを更に威嚇する。
「ユラン!」
サタンは優しい声で諭す。
「私は大丈夫だとお父様に伝えてちょうだい。ユラン、今までありがとう。あなたのおかげで、回復が早かったのだと思うわ」
そう言うと、ユランの体から光が放たれた。
「うん…大丈夫みたい。今までお父様の魔力が私の力が暴走しないようにしてくれていたんだわ。ルシファー…ルシファー様、ルキも、私にずっとついていてくれたんですよね。私、ずっと暗闇を彷徨っている夢を見ていたんです。そしたら、ルキが現れて。私を連れ戻してくれたんです。ルキは、夢も渡れるのですね」
そう言いながら、サタンは少しずつ睡魔に襲われていく。
目蓋が重くて仕方がない。
再び、ルシファーに抱きつく形となるが、すでにサタンは夢の中だ。
「ルキは特別だからな…魔力が戻って疲れたんだろう…少し眠るといい…」
優しい声はサタンには届かない。
少しの間ルシファーは、サタンの顔を見つめる。
自分と踊る時は笑っていただろうか…ふとそんな事を考えてしまう。
「セイント…か…」
雨ももう時期あがるだろうと窓の外を見る。
少しだけ陽が差しているほうを見ると、魔界では珍しい虹が見える。
「見せてやりたかったな…」
ルシファーはサタンの耳元で、そっと呟く。
「誕生日おめでとう…」
サタンの片方の耳からピアスを1つ外すと、アメジストのピアスに付け替え、ベッドにサタンを寝かせるとルシファーは部屋を後にした。