彼の想い
「サタン、ほら、またあの転入生、ルシファー様から特訓を受けているわよ」
彼女…アンジュが転入してきて数ヶ月。
アンジュが必死にルシファーに頼み込んで課題を見てもらっているらしいとあちこちで噂になり始めた頃は、放課後、時間があればこっそり見てあげている感じだった。
最近は堂々とアンジュと毎日を過ごすようになっているのは、サタンから見てもはっきりとわかるほどで、噂は更に広がり、許嫁が解消されたのではと囁かれ出していた。
中等部の頃は、サタンもルシファーに課題を見てもらうことは時々あった。
それが、最近は、自分でやらなければ意味がないと言われ、サタンは1人で特訓することが多くなった。
「ルシファー様…」
窓から見える2人の姿に、心はもやっとするものの、冷たいルシファーの顔を思い出すと、それ以上は心の奥底にしまい込む。
クラスは一緒なので、必ず顔を合わせてはいるのだが、まともに会話したのは、先生からの伝言を伝えに行った1週間前が最後だ。
その時も、無言でうなずくだけで、側にはアンジュがいたので、それ以上会話が続く事もなかった。
「サーターン!」
今日も、まっすぐ家に帰る気にはなれず、だからといってルシファーの暮らす城に向かう気にもならず、お気に入りの秘密の場所で夕日が沈むのをひたすら眺めていた。
「セイント!びっくりしたじゃない!」
サタンがセイントと呼ぶ青年は、サタンがこの場所を見つけて2回目にここを訪れた時に、落ち込んで泣いているところを見られた時に知り合った。
元々は彼の秘密の場所らしい。
「また泣いてるし」
「泣いてない」
「許婚様の前で泣きゃいいのに」
「あのね、夕日がキレイだから感動していたの!」
セイントは、下級魔族なのだと言う。
セイント自身は魔力があるのだが、遠い昔のご先祖様が、王家に敵対する派閥に味方した為に、それ以上の身分を与えてもらえないとサタンに話した。
だから、名前は聞いたことがある程度で、ルシファーの顔も知らない。
身分が違うから、サタン達とは別の所で学んでいる為、サタンがルシファーの許婚であることも知らない。
そんなこともあってか、サタンは、セイントには初対面から何でも話せたのだ。
「なぁ。何で我慢しなきゃなんねーの?言えばいいじゃん。嫌だって」
「私…ううん…なんでもないのよ、少し疲れたなーって思っ出ただけだから」
そう言って笑ってみせる。
「お前は笑ってるほうがいいよ」
セイントの魔力のセンスと剣術の腕は素晴らしく、下級魔族にしておくには勿体ないのだが、家が全てである魔界では、どんなにセイントが優秀でも家が下級魔族であれば一生それを背負って生きていくことになる。
だから、いずれ学校を卒業したら、魔族討伐部隊に入隊するつもりだとセイントは言う。
魔族が魔族を討伐する。
魔界は深い。
王族でさえ把握しきれていない場所がたくさんある。
奥に行けば行くほど、王族の力を遥かに超える魔力を持った魔族が、いつか王家を滅ぼそうと身を潜めている。
その中には知能を持たない魔族も多くいて、平気で同族を殺す。
そんな奴らが一度に王都に攻めてきたら、魔界の均衡は破られ、魔界の秩序は崩壊してしまう。
だから、セイントが入隊しようとしている部隊が存在するのだ。
結局は同族殺しになる為、志願する者は少ない。
命の危険も伴う。
サタンもセイントに会うまで、そんな部隊がある事も知らなかったのだ。
結局は下位の魔族の仕事。
命を落としても何とも思われないそういう人達が志願する場所。
セイントには家族がいないのだと言う。
「ねぇ。セイント。私に剣術を教えてくれない?」
サタンは、優秀だ。
それでも、サタンは天才では無い。
どちらかと言えば、セイントのほうが天才型である。
サタンは人一倍努力をしなければ今の魔力を維持できない。
剣術はそれ以上の努力をしなければならない。
この日から、サタンは学校が終わるとセイントから剣術の稽古をしてもらうことになった。
甘党のセイントに付き合って時々、カフェでのお茶することが条件だが、セイント達の住む白の区域のカフェである為、誰かに見つかる事も、咎められこともなく、サタンにとって唯一自分自身でいられる場所になっていった。
「私は、どんな階級の魔族でも、平等に生きる権利があると思う。そういう世界にしたい」
あれは中等部卒業の時…とサタンは思いを巡らせる。
そう言って、ルシファーはサタンの頭を撫でてくれたのだった。
ルシファーなら、今の完全階級制の魔界をどうにかしてくれると。
だから、私も力になりたいのだと…その為だけにサタンは生きてきたのだ。
早く、彼に追いつきたい…でもそれだけでは駄目だったのかもしれないと…もう時期沈む太陽を見ながらセイントの隣でため息をつく。
「お前さぁ…さっきから1人で百面相してるけど。
青くなったり、赤くなったり。そんなふうに表情がくるくる変わるお前と一緒で許婚は楽しいだろうなぁ」
そんなセイントの言葉にもサタンは無言で太陽を見続けるのだった。