そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)2.7 < chapter.7 >
その晩、日付が変わろうかという頃。
特務部隊宿舎に帰ったロドニーとマルコは、風呂上がりのバスローブ姿のまま、真面目に策を練っていた。
「やっぱりさ、俺たちが庶民向けの店に行くなら、丸ごと借り切らないとダメなんじゃねえかな? 一般の人がいると、その分護衛の人数も増やされちまうし……」
「そうですね。よく考えてみれば、私たちの護衛に当たる方々は『その道の達人』や『レジェンド』ばかりですし……」
「まさかどっちも『無敗王』だったなんてな……。護衛のほうが有名人なんて、洒落にもならねえ……」
「おかげで我々の正体はバレずに済みましたが……しかし!」
「串焼きバーベキュー!!」
「食べたかったのに!!」
「あいつらばっかりずるいよな! 事務とか警備部の連中まで集まってたじゃん!? あれ、絶対朝まで飲むぜ!? 俺にも串焼きバーベキュー食わせろっての!」
「祝勝会の前に帰されるなんて、あんまりです……っ!」
「あそこのフードメニューすごかったぜ!? レアフレーバーの『キムチ味』と『カレー味』と『バジルトマト味』まで揃ってたんだぜ!? だいたいどこの店でも『スパイシーペッパー』と『マイルドソルト』の二種類しか置かないのに! カレー味食いたかったあああぁぁぁーっ!!」
「確かにゴーレムプロレスは楽しませていただきましたが! 本来の目的は串焼きバーベキューであったはず!! なぜ! なにゆえにこのようなことになってしまったのか!? ああっ! 己の身分が憎い!!」
「つーかなんで俺たちバスローブでカップ麺食おうとしてんの!? 俺、貴族だよな!? 普通に夕メシ食いっぱぐれるとか、ありえなくね!?」
「私の記憶違いでなければ、私は王子だったような気がします! お湯を入れてからの三分間が永遠に感じられます!」
「まだ二分だけどもういい! 食べる! あ、これパクチーだ。俺これ嫌い。あげる!」
「私、フリーズドライのチャーシュー苦手なんです。どうぞ!」
「え、いいの?」
「はい。これ、食感おかしくありませんか? 肉らしくないというか、なんというか……」
「チャーシューじゃなくて別の何かだと思って食えば、それなりにイケるぜ?」
「ええ~? そうですかぁ~?」
「なんだよその顔ぉ~。それ言ったらカップ麺自体、全然ラーメンっぽくねえし。別の食いモンじゃん!」
「まあ、確かにそうですが、でも……んんん~……」
「文句があるなら隊長に言えよ。これ、隊長んちの会社で作ってんだぜ?」
「ええ、存じておりますとも。『商売上手な英雄たち』にも載っていました。地球の食品会社の独身技術者に声をかけ、庭付き戸建て住宅と安定した収入を約束し、こちらの世界に移住させて同じような物を作らせたと……ですがロドニーさん。私はカップ麺より、串焼きバーベキューが食べたいんです……っ!」
「俺もだぜ! フリーズドライの肉じゃなくて! 生肉焼いたヤツを!!」
「次こそは、必ずや!」
「ああ! 次はラジェシュさんじゃねえ人を指名しよう!」
「ゴーレムプロレスではなく、別の場所で!」
「串焼きバーベキューを食うぞオオオォォォーっ!」
「おおおぉぉぉーっ!」
「……あ、パクチーまだ入ってた。あげる」
「チャーシューもう一つ入ってました。どうぞ」
「王子と次期伯爵がヨレヨレ野菜とヘニョヘニョ肉交換してるってどうなの?」
「どうなのでしょう?」
「もうない?」
「おそらく……あ、いえ、ありました。はい」
「ありがと」
肩を並べ、仲良くカップ麺を啜る王子と次期伯爵。
特務部隊宿舎の悲劇的状況など知る由も無いナイルたちだったが、あちらはあちらで、『中二病プレイヤーネームグランプリ』が開催されていた。常識的なプレイヤーネームが当たり前となった今どきの若者の前で、続々晒し上げられていく痛々しい黒歴史の数々。『シザーハンズ』店内には赤面した中年男性らの絶叫が響き渡り、地獄の様相を呈していた。
カップ麺の悲劇と黒歴史の地獄。
どちらがより酷いと思うかは、人によって、判断の分かれるところである。