そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)2.7 < chapter.4 >
そのころバトルリングでは、『エアロナイト』と『ブルーアイズ』のバトルが行われていた。
二人は任務でゴーレムを使い慣れている。本職のゴーレムマスターと比べれば粗の目立つカスタムだが、それ以前にほぼ初心者レベルの対戦が続いていたこともあり、店内は大いに盛り上がった。
防御主体のブルーアイズと、スピードと軽量化を重視したエアロナイト。バトルの傾向としてはエアロナイトが攻め、ブルーアイズが防ぐ場面が多い。
今もエアロナイトは得意の超速コンボ技を繰り出し、観客をあっと驚かせている。
だが、このコンボ技では勝負が決まらない。
エアロナイトからのヒット回数は多いのだが、いかんせん軽量化を重視した機体である。一発ごとの威力が低く、防御力の高いブルーアイズにはダメージが入らない。かといって、大技に繋げる予備動作として間合いを取ると、ブルーアイズは防御から攻撃にモーションチェンジする。一気に距離を詰められ、逆に打撃を入れられてしまうのだ。
エアロナイトが応戦すると、ブルーアイズは再び防御主体の戦い方に切り替わる。
瞬時に行動プログラムを切り替える『デュアルブートプログラム』。これを手動操作ではなく、自動制御に組み込んでいるプレイヤーは片手で数えられるほどしかいない。
ブルーアイズのバトルスタイルに、店内からはどよめきにも似た声が上がっていた。
「あの人、今日が初参戦て紹介されてたよな? はじめてでデュアルブート!?」
「本当に素人か? ネームチェンジしてリスタートした経験者だろ?」
「でも、プレイヤーカードの複数枚所持は禁止されてるじゃん? この店、その辺のチェックはちゃんとしてくれてるはずだぜ?」
「違えよ、ほら! さっきファントムブラッドにアドバイス受けてただろ!? たぶんあの時にコードの書き方教えてもらったんだよ!」
「あ、そっか! いいなー! 知り合いにセミプロがいるとか、スタートダッシュ強すぎじゃん!?」
「僕もコードの書き方、アドバイスしてほしいなぁ……」
「なあ、ダメもとでさ、後でお願いしてみようよ!」
「うん! そうだね! お願いしてみよう!」
と、少年たちは無邪気に納得しているが、実際にはマルコ自身がコードを書いている。ラジェシュがおこなったのは、防御力を高めようと重くしすぎたボディのバランス調整のみだ。あまり重すぎると、エアロナイトのスピードを捕捉できないからだ。
速さと手数のエアロナイト。
防御主体のブルーアイズ。
どちらも攻撃力が低く設定されているため、地道に削り合うしかない。
膠着状態で戦闘が長引いた場合、五分、七分、十分のいずれかのタイミングで試合が打ち切られ、判定が行われる。マルコもロドニーも、このままではストップコールが掛かり、ドロー判定になると考えていた。
しかし、もうじき五分になろうというころ、予期せぬアナウンスが響き渡る。
「店内の皆様にお知らせいたします。この後行われますホワイトマジシャンvsファントムブラッド、新旧『無敗王』戦は、協会加盟の全バトルリングでパブリックビューイングが実施されることが決定いたしました。現在、放送機材の準備中です。準備が整うまで、エアロナイトvsブルーアイズの試合はストップコール無しで続行されます。店内の皆様は、どうぞそのままご観戦ください」
おいおい、なんだって? 聞いてないぞそんなの。
この時の四人は、見事に同じ表情をしていた。
それはコード・ブルーオフィスの五人も同じである。五人は顔を見合わせ、即座に席を立つ。
「臨時リーダーは?」
「ピーコだべ?」
「順当」
「このメンツじゃそうなるよな」
「僕もピーコさんで良いと思うよ」
「じゃあ俺で決定? 装備は?」
「全員私服で良いんじゃねえか? 制服だと目立つぜ?」
「ペアルックとかじゃないやつだよな? さすがにゲイカップルの振りは、妻と娘になんて言い訳したらいいか……」
「え? 俺とター子さんでペアルック? やぶさかではないよ?」
「ラピ、ター子さん、頼むからやめてくれ。僕の表情筋が死ぬ」
「服装は自由! 普通の服な! 普通の!」
「スカイ兄さんの普通はちょっとおかしいんだけどねぇ~……」
「え? どこが?」
「全体が」
「んなことねーべ?」
「自覚無しかよ……」
「相変わらず恐ろしい奴だぜ……」
「で、ピーコさん? 段取りはどうしようか?」
「ん~……どうせバトルのあとにヒーローインタビュー的なのやるだろ? その辺のゴタついてる時間に王子とロドニーを連れ帰ろう。式部省の犬と鉢合わせた場合は、ロドニーだけでもこっちで保護。王宮式部省に『王族』が保護されるのはまあ妥協できても、『特務部隊の戦闘員』が保護されたんじゃ、騎士団の面目が立たないもんねぇ?」
「了解。優先順位はロドニーが上な」
「観客が王子に気付いた場合は?」
「その場の雰囲気によって決める。一通り握手してバイバイできるなら、そうしたほうが穏便に済ませられるはずだ。場内が混乱、もしくは一部暴徒化しているようなら強行突破。それじゃ、行こうか」
「ウィース」
「アイサー」
「はいさーい」
「わっしょーい」
「お前ら本当にやる気ある?」
一応疑問形で話しているが、答えは分かり切っている。
あるわけがない。
そもそも、王族のほうが優先度の低い『保護任務』なんてありえない。これはただの言い訳だ。彼らはただ、面白そうなイベント会場に今すぐ駆けつける口実が欲しいだけなのだ。
その証拠に、彼らの手にはプレイヤーカードがしっかりと握られていた。
コード・ブルーの動向など知る由もないマルコとロドニーは、突如宣言された『ストップコールの撤廃』に戦術変更を余儀なくされていた。
プレイヤーブースはリングを挟んだ両側に用意されている。そこにはゴーレムの手動操作に使う音声入力用ヘッドセット、モーショントレース用のボディギア、アーケードゲーム風のコンソール、思念操作用魔導呪符などが置かれている。二百年以上前から続く『庶民の娯楽』であるため、時代によって流行りの操作法が異なるのだ。自分が一番使いやすいツールを選び、好きなタイミングで手動操作に切り替えることができる。
ロドニーはボディギアを装着し、マルコは思念操作用の魔導呪符を手にした。
「手加減は無用です!」
「言われなくても全力で行くつもりだぜ!」
ゴーレムはプログラムされたとおりにバトルを続けている。二人はそこに、ほんのわずかずつ、『任意の動作』を織り交ぜていった。
間合いを取ると攻撃モードに切り替わるブルーアイズ。その瞬間を待っていましたとばかりに、モーショントレースで腕を取り、背負い投げを仕掛けるロドニー。
しかし、この反撃は想定内だ。マルコは思念操作で下肢を大きく振り回し、投げられた回転力をそのまま自分の攻撃に繋げた。
投げたつもりが、投げられた。
並のプレイヤーなら反応しきれないカウンターアタックに、ロドニーは平然と返し技を繋げる。
「そりゃ!」
「え!?」
ロドニーは腕組みをして体を逸らせ、ヘッドブリッジのポーズをとった。モーショントレースにより、ゴーレムはその通りのポーズで固定される。
するとどうだろう。投げ技の直後、まだ手が離れる前だったため、エアロナイトの腕の中にはブルーアイズの両腕がしっかりと抱え込まれていた。
「っ! しま……っ!」
「うらあっ!!」
ロドニーが体をひねると、今度はブルーアイズが腹を晒す体勢になった。
腕をとられたこの姿勢から寝技に持ち込まれれば、ブルーアイズの勝ち筋は無くなる。マルコはブルーアイズの体をグッと丸めさせ、両足でエアロナイトの首を取る。
「モードチェンジ! 防御だ! そのまま首を離すな!!」
「チッ! ここで守りに入んのかよ!」
エアロナイトはブルーアイズの足を引き剥がそうともがくが、防御力の高いブルーアイズはびくともしない。
「それなら……!」
モーショントレースと思念操作とでは、指示できる動きの細やかさに大きな差がある。ロドニーは指一本にまで意識を集中させ、マルコが返し技を指示できぬよう、複雑な寝技を連続して仕掛けた。
「な……これは……!?」
次々と変わる体位に、マルコの反応は全く追いつかない。
実際には、首を押さえたブルーアイズは優勢のまま。だが、マルコは空気に呑まれた。
モーショントレース特有の見た目の派手さ、ロドニーの不敵な笑み、観客らの歓声から、『戦いの潮目が変わった』と錯覚したのだ。
焦ったマルコは別の技をかけようと考え、ブルーアイズを防御から攻撃に切り替えてしまった。
首に絡めた両足が外れた。
その瞬間、ロドニーは手動操作を解除する。
「いっけえええぇぇぇーっ!! エアロナイトォォォーッ!!」
「っ!?」
エアロナイトの得意技、超高速ラッシュコンボ。攻撃モードのブルーアイズは防御が間に合わず、全打直撃。耐久限界を迎え、ノックアウトダウンした。
審判によってエアロナイトの勝利が宣言されると、店内のボルテージは一気に跳ね上がった。
「なんだあの兄さん! 誰だよ! スゲエバトルだったじゃねえか!」
「エアロナイトなんて聞いたこともねえぜ!? プレイヤーレベルいくつって言ってた!?」
「確か、25とかそのくらい?」
「初心者に毛が生えた程度じゃん!?」
「どっかの私兵隊の人だろ!? だって普通、モーショントレースなんて……」
「うん! あれ使ってる人、初めて見た!」
「あんな戦い方もできるんだな……」
ゴーレムプロレスに熱中するのはインドア派が多く、たいていは呪符かコンソールで操作する。ド派手なアクションを格好良く決めて勝利するプレイヤーは、現在では一人もいないのだ。
プレイヤーブースを降りたロドニーは、さっそく他のプレイヤーに囲まれた。負けたマルコのほうも、今日がデビュー戦であの戦いぶり。同じ初心者レベルのプレイヤーたちはマルコを取り囲み、奮闘を称えている。
ナイルとラジェシュは二人の護衛として傍を離れるべきではないのだが、今は近づかないほうがいいと判断した。リングの真上からスポットライトが当てられているため、フードとキャップを被った二人の顔は陰になっているのだ。ここで接触すれば、せっかく見えていない『顔』に注目する人間を無駄に増やすことになってしまう。
それに、なにより今のナイルたちはそれどころではない『死闘』の真っ只中にあった。マルコとロドニーに構うだけの余裕はない。
「ねえハニィ~? 次俺たちだよねぇ~? 放送準備ってぇ~、あとどんだけかかると思うぅ~? 俺ぇ、はやくハニーとイチャイチャしたぁ~い♡」
「も、もうじき終わるんじゃないかなぁー……」
「待・ち・き・れ・なぁ~い♡」
「あ……あっはっはー……スタッフさん、頑張ってー……」
戦いはすでに始まっている。
イエネコ族のオジサンは全力で喉をゴロゴロ鳴らし、ラジェシュの胸元に猫耳頭をゴシゴシ擦り付けている。振り払いたくとも、今はラブラブカップルのフリを続ける必要がある。ラジェシュは必死に耐えるしかない。
――と、思われていたのだが。
「フ……フハハハハハ……君は本当に可愛いニャンコだねぇ~。カワイイカワイイ、カ~ワイイねぇ~……」
「お? お? んおおおぉぉぉ~!?」
忍耐力の限界に達したラジェシュは、妙なブチ切れ方をした。
ラジェシュはやや発狂気味の猫好きオジサンと化し、ナイルの耳や髪をワシャワシャ撫でまわす。
「ん~? 可愛いね~。可愛い猫ちゃんだぁ~。あはははは~。ここかな? ここがいいのかなぁ~?」
「くっ……き、きき、気持ちよくなんかないんだからね! こんなの! こんなのぉぉぉ~んっ!」
「どうしたのかなぁ~? んん~? コチョコチョしちゃおうかなぁ~?」
「んあああぁぁぁ~っ!? だ、駄目! 耳は! 耳はあぁぁぁ~んっ!」
「かぁ~わい~いねぇ~!」
「にゃあああぁぁぁ~ん!」
本人たちにしか理解できないハイレベルすぎるバトルに、誰一人として介入することができない。このころには情報部と要人警護部隊、双方の仲間たちが現場に到着していたのだが、もはやこれが芝居なのか、限界状態で何かに目覚めてしまったのか、誰にも判別がつかなかったのだ。
遠目に二人を見守る双方の隊員たちは、自然と一か所に集まった。日頃の確執も忘れ、小声でボソボソと話し合う。
「な、なあ、その……ラジェシュさん、そっちの性癖?」
「い、いえ、ノンケだったはずですが……そちらのお仲間こそ、あの……?」
「いやぁ~……違うハズなんですけど……?」
「いったい彼らに何が……」
「ワカラナイ……」
人目をはばからずイチャイチャするペアルックオジサンに接近できる猛者はおらず、彼らは仲間に接触できぬまま、なし崩し的に並んで観戦する破目になった。
放送機材の準備も整い、協会スタッフが店内の客に着席を促している。
椅子が足りない後ろのほうは立ち見だが、入場規制がかかるほどの人入りだ。要人警護部隊も情報部も、この人込みを抜けて王子を脱出させるのは不可能と判断した。万が一に備え、防御結界の構築についてのみ申し合わせた。
始まる全館同時中継。
DJショーンがリングに上がり、『二十年前の伝説』を知らない世代に向け、ホワイトマジシャンのヒストリーを語り始めた。