そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)2.7 < chapter.3 >
入店したマルコとロドニーは、まず貸出カウンターに向かった。
ゴーレムプロレスで使われる機体は、戦闘用ゴーレムをそのまま小さくしたものである。プロ・アマともに同じ基本素体を使用する決まりで、不正を防ぐため、統一規格のものが店側から貸し出される。プレイヤーは機能追加用の呪符にソースコードを書き込み、全体のフォルム、パワーバランス、行動パターンなどを自分好みにカスタムしていく。身長五十センチ、重量三十キロ以内であればどんな改造もし放題。見た目重視にするもよし、強さや速さを追求するもよし。プレイヤーのアイディアとスキル次第で、いくらでも強く、格好良くできるのだ。
初心者のマルコも、ロドニーや他のプレイヤーの機体を参考に自分のコードを書き上げていく。
「ええと、パンチの速度は……このくらいかな……?」
「その体型で上半身のモーションスピードだけ上げちまうと、踏ん張り切れずにすっ転ぶぜ?」
「あ、そうですね。そうなると、下半身に重心を置いたほうが?」
「その場で粘り勝ちに持ち込むなら、そういう改造もアリかもな」
「では、まずはお試しということで、このくらいにしておきます」
「ああ、いいと思う。そんじゃ、次はリングの予約。俺との対戦でいいだろ?」
「はい」
予約といっても、この店はアマチュアプレイヤーのたまり場。リングの前に置かれた受付用紙に自分の名前を書き、係員に呼ばれるまで待つだけだ。
観戦用の椅子に腰を下ろし、他の客の対戦を観る。
係員に名前を呼ばれ、一人で来店した大学生くらいの青年がリングに上がった。係員は受付用紙をざっと見渡し、他に一人客の予約がないことを確認してから店内にアナウンスする。
「飛び入り参加を受け付けます! どなたか、対戦を希望される方!」
すると談笑していたグループの中から、一人の少年が手を挙げた。
「はい! 僕、やりまーす!」
他に手は挙がっておらず、少年は手招きされてリングに上がる。
二人のプレイヤーネームがコールされ、互いの機体をリング中央にセット。プレイヤーはリング横のプレイヤーブースに入り、試合開始のコールを待つ。
「レディ……ファイッ!!」
試合が始まれば、ゴーレムはほぼ自動で戦ってくれる。プロプレイヤーはすべての行動をリアルタイムで操作するが、この少年と大学生は初心者レベルのようだ。これといった指示も出していないし、基本の行動プログラムに手を加えることもしていない。
ミニゴーレムたちは基本プログラム通りに対戦相手に向かい、パンチ、キック、投げ技などを繰り出す。
基本に忠実なバトルで、つまらなくは無いが、人の心を掴む要素は特になかった。
「なるほど。基本の動作だと、相手からのパンチは両手で『受け止めて』しまうのですね?」
「そう。『掴んで投げる』とか『片手でいなして懐に入る』とか、そういうのはプレイヤーのカスタムになるんだ。他に四組くらい名前書いてあったし、今のうちなら直せるぜ?」
「そうします」
マルコは真剣な目でゴーレムの動作を観察し、気付いた修正点をすぐさま自分の機体に書き込んでいる。
ロドニーは席を立ち、バーカウンターに向かった。串焼きバーベキューは試合のあとにゆっくり食べるとして、今は飲み物を購入しようと思ったのだ。
何の気なしにバーカウンター行くと、そこにはナイルとラジェシュがいた。
「あれ? なんだよナイル。店の人と知り合いだったのか?」
思い出話に花を咲かせるナイルと女店主。そこにごく普通に話しかけてから、ロドニーは周囲の空気がおかしいことに気付いた。
「あー……ナイル? なんでビミョーな距離感のギャラリーがいるわけ? ゲイカップルって、そんなに珍しかったっけ?」
問われたナイルはわざとらしくラジェシュの腰を抱き寄せ、もう一方の手で頬をツンツンつつきながら答える。
「うちのハニー、プレイヤーネームが『ファントムブラッド』なんだってさー」
「えっ!? マジで!? 俺、『無敗王』にクレープ代払わせてたの!? っと! そうだ! 忘れないうちに! これ、この間立て替えてもらったクレープ代です! ありがとうございました!」
「ああ、いえ、どういたしまして」
「あの、じゃあ、厚かましいついでにファントムブラッドにお願いがあるんだけど……」
「なんでしょう?」
「マルコの奴、今日が本当に初ゴーレムプロレスなんだ。機体の調整とか、ちょっと見てやってほしいんだけど……」
「お安い御用ですよ」
「あそこにいるからさ、頼むよ。あ、俺、みんなの分もドリンク買ってくから。先行ってて!」
「了解です」
貴族のお坊ちゃんに飲み物を用意させるのは抵抗があるが、今は身分を隠している。夢中で観戦する王子を一人にしておくわけにもいかず、ラジェシュとナイルは苦笑しながらバーカウンターを離れた。
「えーと、この店、オリジナルカクテルある?」
「あるわよ。でもお兄さん、年齢大丈夫? 念のためID確認させてもらっていい?」
ロドニーは童顔で背が低い。大学生や高校生に間違われるのはまだいいほうで、不良中学生として補導されたことは一度や二度ではない。身柄の引き受けに騎士団長が現れる『大惨事』を思い出し、ロドニーは素直にIDを提示した。
他の客からIDカードが見えないよう気を配りながら、女店主だけにこっそり囁く。
「悪いな。他の連中には黙っててもらえるか?」
王立騎士団特務部隊、ロドニー・ハドソン。
IDカードの顔写真とロドニーの顔――ではなく、顔写真と『身長』を見比べ、女店主は軽く首をかしげた。
「新聞で見た印象だと、もうちょっと大柄なのかと思ってたわ。おたくの隊長さん、本当に161cmあるの? 隊長さんのほうを基準に考えてたんだけど……」
「あ、これ、最重要国家機密な? 161cmって、シークレットシューズで上げ底したあとの数字」
「そうよね? てことはさ、靴脱いだらどんだけ?」
「ん~、ちょっと大きめの女子小学生に負けるくらいのサイズ?」
「あー、それは最重要国家機密だわねぇ……で、どうする? オリジナルカクテル、弱めの甘口とガツンと酔える辛口があるけど」
「ベースは?」
「どっちもジンと炭酸。甘口のほうはカシスシロップで、辛口のほうはライム果汁」
「じゃあ辛口四つで」
「毎度♪ 3,200ヘキサよ」
「あーい」
大ジョッキで供される庶民派カクテルを手に、ロドニーは仲間のもとに向かう。が、人が多くてなかなか近付けない。
「すみませーん! 俺、そこの人たちの連れでーす! ちょっと通してー……あー、やっぱ金曜だから混んでんのかなぁ……?」
どうにか人込みをかき分け、仲間と合流することができた。しかし、これは一体どうしたことだろう。先ほどまでは一目見てバイト店員と分かる係員しかいなかったリングサイドに、赤い腕章をつけた協会公認審判員がいる。動画撮影用のカメラを用意しているのはロゴ入りジャケットを着た協会員だし、その前でマイクチェックをしているのは中央市のローカルラジオ局のDJショーンと音声スタッフだ。
いかにも『イベントが始まる直前』の空気感に、ロドニーは当然の疑問を口にする。
「なにこれ? 有名人でも来んの?」
訊かれたマルコは真面目な顔で答える。
「特にこれといったアナウンスはありませんでしたが……運が良かったかもしれませんね。たまたま入ったお店で、予期せぬイベントに遭遇するのは嬉しいものです」
「だな! 誰が出るんだろう? ラジオ局の人も来てるんだから、プロ選手だよな?」
「楽しみですね♪」
無邪気に喜ぶ王子と次期伯爵の声に、彼らの後列に座るナイルとラジェシュは顔を見合わせる。
やべえぞハニー。これ、絶対グレイハウンドの仕業だよな?
今ハニーって思ったろ、このクソ野郎。耳の穴によく噛んだガム突っ込まれてえか?
二人の胸元に表示される透明なメッセージウィンドウは、本人たちとその同僚にしか見えていない。残念ながら、周囲の人間には人目もはばからず熱烈に見つめ合うゲイカップルのように映っている。
しかし、マルコとロドニーだけは二人のペアルックに一切の疑問を抱いていなかった。なぜなら、要人のお忍び外出のために警護の人間が変装することはよくあるからだ。
大道芸人や楽団に扮することもあれば、トラブルが発生した赤の他人同士に扮することもある。楽しそうな出し物でも殴り合いの喧嘩でも、とにかく人目を引くことができれば、その隙に要人を移動させられるからだ。マルコもロドニーも、情報部と式部省とで申し合わせて『ペアルックのゲイカップル』に扮していると思い込んでいる。事実、『ラブラブなゲイカップル』は警護対象の後ろの席に座ることで、マルコとロドニーの顔に注目する者がいなくなるように巧みに視線を誘導していた。一応、任務はきちんとこなしているのである。
彼らは四人がかりで『顔見知りではあるが連れではない』という雰囲気を創り出している。店内の客も、別々に入店した彼らを同一グループとはみなしていない。予期せぬトラブルに見舞われながらも、今のところはうまく状況が推移していた。
一方コード・ブルーオフィスでは、そんな様子を見守りながらも、別の話題で盛り上がっていた。
「ゴーレムプロレスか……懐かしいな。子供のころはよくやっていたんだ。地区大会なら優勝したこともある」
「お、ター子さんに勝ったぁ~♪ 俺、全国大会出場だもんね! 二回戦敗退だけど」
「俺だって、母ちゃんが電車賃くれたら全国大会にも出たさ。地方民に中央開催はキツイんだよ!」
「それだよなー。あとさぁ、ピーコさんて一人っ子だろ? うち兄弟多かったからなぁ」
「それ! 兄弟多いと旅行も外食も小遣いも少なくなるんだよな! 分かってくれるか、スカイ!」
「分かるぜター子! オモチャも兄弟みんなで使えるモンしか買ってもらえないし、弟に『僕にも貸せよ!』って言うと怒られてさー」
「母ちゃんの究極呪文発動! 『お兄ちゃんなんだから我慢しなさい!!』」
「言われた言われた! 末っ子優遇されすぎ! ずるい!」
「えぇ~、なにこのオッサンたちぃ~。いい年ぶっこいて『末っ子ずるい』とか言わないでよぉ~」
「一人っ子はもっとずるい! この上級市民め!」
「生まれながらの罪人は変顔の刑に処す!」
「ぐあっ!? やめろ! この! 放せっ! 俺は変顔なんてしな……むみゅっ!? ンンン~ッ!?」
「ねえねえ、みんな、ちょっといいかな?」
「なんだよコバルト」
「今いいところなんだぞ?」
「ごめんごめん。あのさ、みんなはプレイヤーネームなんだった? 子供の頃考えた『メチャクチャカッコイイ名前』って、大人になってみると、ちょっと恥ずかしくないかい?」
「あー、分かる。俺はそうでもないほうだと思うが……」
「本気で黒歴史になってる人もいそうだよねぇ? 実は僕、今でもプレイヤーカード持っているんだけど……」
「あ、俺も」
「俺も持ってる」
「財布に入ってるぜ?」
「僕は今でもたまにやりに行ってるよ?」
「僕たち、互いのプレイヤーネーム知らないよねぇ……」
「あー……それじゃあ、まあ、この際ですし?」
「晒しますか……」
「晒しちまうんですか……」
「まーじーかーよぉー……」
「じゃあ、いっせーので……」
それぞれデスクの引き出しやカードケース、財布の中からプレイヤーカードを取り出した。そして言い出しっぺのコバルトの音頭のもと、同時にカードを提示すると――。
「えぇ~……なにそれ……」
「マジかよ……」
「……全員、真っ黒じゃねえか……」
「え? コバさん、これで本気の黒歴史じゃないと……?」
「ター子さん、さっき『俺はそうでもないほう』とか言ってなかった?」
「いやいや、ピーコ。お前よりましだろ?」
「つーかさ、ラピ、駄目だろこれ。店の人よく止めなかったな。なんだよ、『ミラクルチンポマン』て。どこのAV男優だ? ん? なにか弁明してみようか?」
「しょ……小学一年生だったんだよ……若気が至りすぎてたんだよ……」
「えーと、スカイ兄さん? これで今でもバトルしに行ってるの? 『ハイパーグレネードスペシャルアドミラルスーパーミサイル』って何。長いよ」
「あの、ほら、えっと……逆にアレじゃん? 吹っ切れてて良い感じだろ?」
「吹っ切れすぎ! どこまで飛んでく気!?」
「そう言うピーコこそ『††漆黒ノ黒騎士††』って何!? そりゃ黒いべ!? 漆黒なんだから!」
「あ、えーと……大事なことだから、二回言ったんだと思う……??」
「あっはっは。いやぁ~、僕のが一番まともかなぁ!」
「コバルト! いや『もちもち熟女推し男』さん! あなたが一番ヤバイです!」
「性癖系の名前はまともな人いないって、定説中の定説だよな!?」
「いくらなんでも勇気ありすぎでしょ?」
「それ、何歳のころに登録した?」
「あー……小学四年生、だったかな……?」
「え!? 小学生!?」
「なんて邪悪な小学生だ!」
「いきなり性癖捻じ込んでくる小四なんて嫌だなオイ!」
「で? ターコイズの『綱鉄の救世主』は、これ、『鋼鉄』って書こうとした?」
「どうもコンニチハ! ツナテツでっす! テヘペロちゃ~んっ!」
「ツ・ナ・テ・ツ!」
「クッソ弱そうだなこのメシア!」
「『鋼鉄の救世主』だとしても、限りなく中二病だっていうのにな……」
「誤字のまま登録されるとか、ダサすぎて逆に輝かしい。眩しい。ダメ。もう直視できない……」
「馬鹿だぁーっ! みんな馬鹿だぁーっ! ヒューヒューッ!! イィーヤッハアアアァァァーッ!!」
「いい仲間をもって幸せだよ、僕は!」
「ナカーマ! ナカーマ!」
「ウェーイ!」
「イェーイ!」
「ハーイ!」
「フゥーッ!」
謎のハイタッチを交わし合い、彼らは黒歴史を分かち合った。このことによってコード・ブルーの絆はより一層強くなったとか、ならなかったとか、そのあたりの解釈は個々人により激しく分かれていたが、彼らの今後の人生に何ら影響を及ぼすことが無いのは間違いなかった。