そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)2.7 < chapter.2 >
ニューラタン・シティに到着したロドニーとマルコは、表通りに面したバトルリングから順に見て回ることにした。ニューラタン・シティには大小さまざまなバトルリングがあり、会員制リングやガイドブック非掲出リングを除いても三十軒以上となる。これだけあれば、どこか一軒くらいは当日券が出ていると考えたのだが――。
「あー、ここもダメかぁ……」
「やはり、金曜ですからね……」
「だよなぁ……」
ニューラタン・シティの主要客層は高校生から三十代。中でも特に多いのが大学生だ。土曜休みの大学生は夜通し遊ぶことも多く、どこのバトルリングも金曜の夜には魅力的な対戦カードを揃えている。プロの試合はどれも満席で、当日券は出ていなかった。
二人は五軒目の券売所でガイドマップをもらい、あまり有名ではない裏路地のバトルリングを探すことにした。
「えーと、今いるのがここだから……んー、微妙に離れてんな……」
「あ、ロドニーさん。こちらはいかがでしょう? すぐ近くですよ」
「ゴーレムプロレスバー『シザーハンズ』……? いや、確かに近いけど、ここはCクラスリングだからさ。観戦だけってのは面白くねえと思うぜ?」
「どういうことでしょう?」
「SクラスとAクラスはプロ同士のバトル、Bクラスはプロ選手も出るけど、地方大会を勝ち抜いてきたアマチュアも参戦する。まだ見ぬニューヒーローとか下剋上バトルが好きな奴はだいたいBクラスばっかり観てるな。で、Cクラスってのはアマチュアが飛び入り参戦できる場所なんだ。売ってるチケットも『観戦チケット』じゃなくて『バトルチケット』だしな。年齢制限とかねえから、小学生とかも参戦してるぜ」
「では、他の方の対戦を見学してから挑戦してみるというのはどうでしょう?」
「あれ? もしかして、自分でやってみたかったり?」
「はい!」
「じゃあここにすっか。小学生に負けても泣くなよ?」
「頑張ります!」
二人は談笑しながら、ごく自然な動作で場所を変える。
同年代の一般市民が身に着けるカジュアルな服装で、マルコはキャップ、ロドニーはパーカーのフードを被ってメガネをかけている。今のところ、二人の正体に気付いた者はいない。
むしろ人目を引いているのは、二人の後ろを歩くナイルとラジェシュである。
「……えーと、ラジェシュさん? なんでその服選んだんですか……?」
「そちらこそ……」
視線を合わせず、気まずさ全開で言葉を交わす。
その理由は、誰の目にも明らかだった。
ナイルとラジェシュは、同じ服を着ていた。
無難なカジュアル衣装を選んだら、見事にペアルックになってしまったのだ。よりにもよってメーカーまで完璧に被った。まったく同じ赤チェックのシャツとベージュのカーゴパンツで、靴は多少違うのだが、赤いカジュアルシャツに合わせる革靴というと、だいたい似たようなデザインのものが選ばれる。当然、そこに合わせる鞄も同じような雰囲気のブラウン系ショルダー。
上から下まで完全ペアルックで仲良くデートするゲイカップルのような中年男性たちに、道行く人々の熱い視線が注がれている。
お忍び行動中の要人から大衆の関心を逸らすことは要人警護の手法の一つだが、ゲイカップルに間違われるというこの状況は、さすがに想定外である。
「ラジェシュさん? よりにもよって、なんでその色を? 要人警護って、もっと地味な服でやりません?」
「それはこちらのセリフですよ。隠密行動が基本の情報部が、なぜ赤いチェックなど……」
「だって金曜日のニューラタンですよ? 黒服じゃあ逆に目立つでしょう? みんなお洒落して遊びに来てるのに……」
「私も同じ考えで派手目の色を……ああ、クソ。黒服にしておけばよかった……」
「離れて歩きます?」
「いえ、それは逆に不自然です。全く同じ服装の人間が個別に、同じ方向に同じ速度で移動するというのは怪しすぎる……」
「ですよねー。じゃ、腕でも組みます? あっちの二人が注目される確率もぐっと減りますし?」
「それは……」
「ほらほら、どうぞどうぞ~? いくらでもしなだれかかってきてくださ~い?」
「どうせ組むなら逆ですよね!? 身長差を考えても!」
「照れなくていいんですよぉ~?」
「気色悪いことを言わないでください!」
「じゃあ俺が擦り寄っちゃおうかなぁ~!」
「え……」
「逆ならいいって今言いましたよねぇ~?!」
「いいとは言っていませんが!?」
「まあまあ、カタいこと言わずに……」
「いい加減にしてください!」
「大声出すと、無駄に注目されちゃいますよ♡」
「ぐ……この……」
二人は周囲に聞かれぬよう小声でやり取りしている。しかし、そのせいで逆に『甘くささやき合うラブラブカップル感』を演出してしまうという、なんとも皮肉な状況に陥っていた。
常に第三者の目を意識して行動する要人警護部隊のラジェシュには、自分がどう見られているかはいやというほど理解できていた。理解できるからこそ、腕に絡みついてくる猫耳アラフォーおじさんを振り払うことができない。
偵察用ゴーレムでこの様子を見ていた情報部員たちは、画面を指差して爆笑していた。
「やりやがった! ナイル! お前は最高だ! よし! そのままこっちのペースで!」
「これさぁ、もういっそ便所に押し込んで、ヒィヒィ言わせてやりたいよねぇ~?」
「情報部の本気を見せてやれぇ~いっ! 祭りだ祭りだぁ~っ!! ギャハハハハハッ!!」
「奇跡って、起こるものなんだねぇ……僕、今ものすごく感動してる……っ!」
「コバルト、大丈夫か? 鼻水垂れてるぞ?」
「見苦しくてごめんね。この絵面が面白すぎて、もう……ブファッ! ワハハハハハハッ!」
「誰かそこのティッシュ取ってー! コバさん脱落でーすっ!」
「気を引き締めろ~! 今からそれじゃあ、最後までもたないぞぉ~?」
「ウェ~イッ!!」
「フォーウゥ!」
「ヒャッホーゥッ!」
コード・ブルーオフィスのお祭り騒ぎなど知る由もないロドニーは、券売所で自分とマルコのバトルチケットを購入し、そのままマルコの新規プレイヤー登録を行う。
「プレイヤーネームは本名でなくていいんだけど、一度登録すると後から変更できねえから、無難なヤツにしとけよ?」
「無難な……ですか。参考までに、ロドニーさんのプレイヤーネームは?」
「『エアロナイト』だぜ。本名じゃなくても、友達にはちゃんと俺だって分かったほうが便利だろ?」
「ああ、たしかに! なるほど、そういう決め方でしたら、私は……」
思いついた名前を登録用紙に記入し、券売所のスタッフに渡す。スタッフは慣れた手つきで市民コードとプレイヤーネームを入力し、金属製のカードにレーザー刻印していく。
「はいよ、できたぜ『ブルーアイズ』さん。このカードはゴーレムプロレス協会加盟店なら全国どこでも使える。対戦成績やバトルでゲットした称号も引き継げるから、無くすんじゃねえぞ。そっちの兄さんは経験者みたいだから、あとの説明は任せて良いかな?」
「おう、いいぜ。細かいトコが分かんなかったら、中のスタッフさんに聞くわ」
「ああ、そうしてくれ。それじゃ、楽しんでってくれよ」
ガハハと笑う髭面の中年スタッフに見送られ、二人は店内へと消えていった。
それから三分ほどの間をおいて、ナイルとラジェシュもバトルチケットを購入した。先行した二人とは別グループを装いつつ、ごく普通の一般人としてプレイヤーカードを提示したのだが――。
「な……ちょ、おい! アンタまさか、あのホワイトマジシャンか!?」
チケット代と一緒に渡されたカードを見て、券売所スタッフは顔色を変えた。
ホワイトマジシャン。それは今から二十五年前、中央市の全Cクラスリングで『その日の参加者全員を打ち負かす』という偉業を成し遂げた少年プレイヤーの名前である。しばらくは地区大会や全国大会に出場し、それらの大会では必ず優勝をもぎ取っていた。彼が誰かに負けるところは誰も目にしたことが無く、いつのころからか、彼は『無敗王』という二つ名で呼ばれていた。だが彼は、二十年前を境にパタリと姿を見せなくなった。
予告も無く突然引退した伝説の無敗王、ホワイトマジシャン。
券売所スタッフはナイルの顔を凝視し、納得したように頷いた。
「そうだよな。二十年前に中学生のガキだったんだ。そりゃあ、年もとるよな……」
そう言いながら、髭面の中年スタッフは自分のプレイヤーカードを見せる。
「久しぶりだな、ホワイトマジシャン。俺だよ、俺。全国大会決勝で十六回も引き分けて、十七回目でアンタに負けた『グレイハウンド』だ」
「グレイ……って、ハアッ!? え!? 嘘だろ!? グレイハウンド……えええぇぇぇ~っ!? だってグレイハウンドって、ガリガリのヒョロヒョロでクソダセエ瓶底メガネかけてるバンダナ野郎で……なんだよその腹はあああぁぁぁ~っ!? 体脂肪率どんだけだぁぁぁ~っ!?」
「うっせえ! 腹のことは言うな! カミさんの作るメシが美味すぎて止まらねえんだよ!」
「んだよ~。二十年も経ってりゃ誰も覚えてねえと思ったのに……よりにもよってここ、お前の店かよぉ~」
「いんや。俺はただの従業員だ。店長はうちのカミさんだぜ」
「あ、嫌な予感。ものすごく嫌な予感しかしねえ。一応聞くけど、誰?」
「当時唯一の全国大会進出女性プレイヤー、我らがアイドル『シザーガール』さ!」
「ああ、やっぱり……」
「バーカウンターでカクテル作ってっから、顔出してやってくれよ?」
「オッケー。『勝ち逃げしやがって!』って怒られてくるわー……」
「そんじゃ、連れの兄さんもプレイヤーカードを……って! ちょっ! 待てやあああぁぁぁーっ! ホワイトマジシャンの連れが『ファントムブラッド』だとぉっ!?」
この声に反応して、入り口付近で雑談していた少年プレイヤーたちがざわめき始めた。
「マジかよ! あの人がファントムブラッド!?」
「素顔はじめて見たぜ……」
「マスクしてないってことは、今日、プライベートなのかな?」
「つーか、あの、ほら……道理で顔隠してたわけだな……」
「ああ……ゲイだったのか。ついにカミングアウトしたってことか……」
「だけど、まさか全身ペアルックなんて……」
「並のメンタルじゃできねえよ、あんなこと……っ!」
ああ、違うんだ少年たちよ。
オジサンたちにはオジサンたちなりの、深くてドロッとした事情があってだなぁ――。
ショックのあまり意識が遠のいたのはナイルだけではなかったようで、ラジェシュも死んだ魚のような目で何も無い空中を見つめている。
しかし、少年たちにセンシティブな中年心は分からない。
とても楽しそうに店の奥へと消えていく少年たち。
彼らが仲間に「ファントムブラッドが来たぞ!」と触れ回る声も、それを聞いた客が悲鳴のような歓声を上げているのも、すべて丸聞こえだ。
ナイルはラジェシュの顔をまじまじと見て、真面目な声で言った。
「恋人同士なのに、どうして隠してたんだい、ハニー?」
誰がハニーだ! と叫びたかったラジェシュだが、ぐっとこらえて芝居に乗る。
「き……君こそ、プレイヤーネームがホワイトマジシャンだなんて、一言も言っていなかったじゃあないか……っ!?」
「おい嘘だろ!? お前ら知らずに付き合ってたのか!? なんだ!? なんなんだよオイ! 新旧『無敗王』カップルなんて、豪華すぎるだろ!?」
驚くグレイハウンドの声に、本人たちは改めて自覚する。
そう、無敗王なのだ。
ホワイトマジシャンの引退後、取って代わるように現れたニューヒーロー『ファントムブラッド』。素顔を隠した仮面のプレイヤーとしてセミプロ登録し、現在Aクラス、Bクラスのバトルリングで連勝記録を更新中である。
これは王宮式部省の『公式任務』のひとつで、身分や学歴によってウィザード検定試験を受けることができない不世出の才能を発見、スカウトするための活動だ。
セミプロ選手との交流会に来た子供の中で見込みのある者がいれば、後日、学校や親の勤務先を通じて王立魔法学院への入学を勧める。ファントムブラッドからの推薦であれば入学金や学費が減免、もしくは無料になると説明されれば、たいていの親はこの話を断らない。
子供のほうも、あこがれの選手にスカウトされて魔法学院に入学できるのだ。入学後は人一倍勉強に励むし、ファントムブラッドが王宮式部省の所属と聞かされれば、自然と同じ道を目指そうとする。
ファントムブラッドは、有能な新人を効率よく集める広告塔なのである。
その辺の裏事情をよく理解している情報部員は、ニッコリ笑顔で『彼氏』の手を取る。
「俺たち、まだまだ知らないことがいっぱいあるね♡ ハニーのこと、もっと知りたくなっちゃった♡」
ナイルの手をギュッと握り返し、ラジェシュも満面の笑みで答える。
「相手が君でも、手加減はしませんよ♡」
この会話を意訳すれば、『まさかどっちも無敗王だったとはな。覚悟しろ。今日がテメエの初黒星だ』『クソが。こっちのセリフだボケ』である。その意訳字幕は二人の同僚たちにしか読み取れない。髭面中年のグレイハウンドは透明な字幕に気付くことなく、これ以上ないほどキラキラした目で二人をバトルに送り出した。
そして二人の姿が店の奥へと消えていくと、大急ぎで電話をかける。
「もしもし!? 俺だ俺、グレイハウンドだ! 大変なんだよ! 今うちに、ホワイトマジシャンとファントムブラッドが来てるんだ! 二人そろって入店して、これからバトルだ! 他の客も順番待ちしてるから、始まるのは三十分後くらいだと思うぜ! 早く来い! 今なら間に合う!!」
グレイハウンドが電話をかけた相手はたった三人。しかし、グレイハウンドは『ここだけの話』とも『誰にも言うな』とも、『お前ひとりで来い』とも言っていない。
三十分後に何が起こるか、未来を予知できる者はこの場に誰もいなかった。