雷ノ國(いかずちのくに)
ども、なかはらラストです。
R-18の異世界から召喚されてきました。
初の全年齢対象作品です。
エッチな事は封印されていますw
以前より書きたかったアイデアを文字にできました。
楽しんでいただければ、嬉しいです!
低木が点在するだけの荒れ果てた平原。
ポツンと一軒の小屋があった。
木の羽目板が、かろうじて引っかかっているに等しいボロ小屋。
煙突から白い煙が風に流され、細く長く、そして千切れて消えていく。
長髪痩身の若者が一見ガラクタとしか思えない乱雑な機械を忙しなく操作していた。
「そろそろ潮時か…」
水脈が涸れつつある。
ポンプ歯車のきしむ音と蒸気。
おびただしい数の真鍮の器が、配管で複雑に繋がっている。
細い螺旋状のガラス管の中を、精錬されて青味を帯びた魔素水が緩やかに流れていく。
その色は以前と比べ、だいぶ薄くなってきたようだ。
色見本を照らし合わせ濃度を確認してみた。
険しい表情のまま、無言で手を動かす。
各所のバルブを開け閉めし、その圧力を蒸気の音で確かめる。
手慣れたものだった。
5歳の時に師匠の元に連れてこられ、以来20年ずっとこれらの機械と向き合ってきた。
師匠はいなくなってしまったが、今では音やパイプの振動で調合精錬の操作をする事は朝飯前だ。
玄武は小さく舌打ちした。
「やはり、この土地はもう限界だな、北に移動してみるか」
地下水に溶け込んだ魔素を濃縮精錬して取り出すのが、俺の食べていく為の仕事だ。
豊富な水量と魔素を十分に含んだかつての水脈は、もうここには無い。
世界のバランスが崩れているのか?
それとも、世界自体が枯れ朽ちて…静かに終焉へと向かっているのだろうか?
火・土・水・金・風の力がこの世界の真理。全てを構築していた。
それぞれを司る大いなる竜神が魔素を創り出したと言われる。
各属性の魔素の調合によって様々な魔力が生まれ、その使い方として魔術が存在する。
俺の本来の仕事は、この100年続いている魔素減少の原因を探究し、世界を回復させる事だ。
その出発の日を、その時を。
俺は、毎日待ち続けている。
道さえ開いてくれれば…
ばぁん!!
「玄武のアニキ! 今週の食料持ってきたぜ〜」
町の道具屋の娘、ソナが乱暴に扉を開けて入ってきた。
魔素専門に扱う特殊道具屋だ。
毎週、俺が精錬した魔素を受け取りがてら、町から食料を調達してきてくれる。
「いつもすまないな、テーブルの上から持って行ってくれ」
テーブルには、青白く輝く細かな結晶が入った瓶が2つ載せられていた。
ソナは瓶をひとつずつ柔らかな革布で包み、そっとショルダーバックに収めた。
「いい加減髪切ったらどうだい? もう、しばらく町に出てないんじゃない?」
「自分で切ってるから大丈夫だ」
「ちゃんと整えればそこそこイケメンなのに、もったいないオバケ出るぞw」
「ソナだって、もう少しオシャレするつもりは無いのか?」
「バイク乗ってこの土だらけの道を走ってくるんだ。オシャレもなにも…www」
「そういえば颯天の具合はどうだ?」
颯天は玄武が作ったバイクの名前だ。
わざわざここまで食料を届けに来てくれるのでソナに譲った。
燃料は魔素を使う。
「快調快調! 今のところ火7・水2・風1が調子いい配合だよ」
玄武は作業の手をとめて、届いたばかりの新鮮なミルクをカップに注いだ。
「そうだ、近いうち北に移動するかもしれん」
「ホントかよ~ 今よりも遠くなっちまうなぁ」
「すまんな、ココはもう涸れちまってるよ」
「しょうがねぇ、店の目玉商品が無くなったら、親父がブチ切れちゃうからよぉw」
玄武の創る魔素粉末はSレベルの高純度で評判が良い。
純度が落ちると、術の精度や威力にブレが生じてしまう。
名のある魔道士たちがこぞって指名買いに来る。
「北に移るなら、颯天をパワーアップしてくれないかな~」
「考えておく…」
「移動の件はオヤジに伝えておくよ。んじゃ!」
ソナは後ろ手に手を振り、部屋を出ていった。
部屋は静寂を取り戻し、歯車のきしむ音と蒸気が噴き出す馴染のBGMに包まれた。
人が行う魔術は、魔素のみでは発動しない。
術者当人の魂を削ぎ取っていく。
小さな魔法であれば問題ないが、中程度になると数日単位で寿命が縮む。
また、低純度の魔素は、それだけ術者への負担を強いる事となる。
なので、大魔道士ほど早死にする。
己の最強魔法を発動すると、術者の身体は瞬時に灰と化す。
魂だけでは無く、肉、骨、血液、肉体の全てをもパワーに変換して放出するからだ。
魔素という燃料を己の身体で燃焼させ、力と引き換えに自らの寿命を捧げなくてはならない。
それが魔術というものだ。
ココの元主、俺の師匠は10年近く前に世界回復の答えを求め、別の世界に転移した。
戻っては来なかったので、生死はわからない。
召喚洞と呼んでいる人ひとり入れる縦長の箱が部屋の隅に置かれている。
その木の表面には術式がびっしりと彫ってあり、扉の真ん中には大きな半円球のガラスが埋め込まれていた。
召喚洞は異世界と行き来する道だ。
これには大量の魔素と、少なくは無い寿命を捧げる必要があった…
日に何度か、ガラス球が弱い発光を示す事がある。
別の世界からの道が開いた時だ。
それはどこに通じているのかはわからない。
ただ、向こうにも召喚の技術を持った誰かが居るという証だ。
光点が強いほど召喚側の力が強いので、転移時のこちらの負担は軽くなる。
青であったり、赤、黄色…、たぶん相手の術者の属性だろう。
果たして別の世界の魔素原理が同じかどうかは解らないが、属性による色相の違いは概ね同じの様だ。
歯車に油を差し、緩みを調整している時、玄武の身体が大きく跳ね上がった。
リン… チリン!
「!?」
召喚洞に取り付けられた呼び鈴が反応した。
一定以上の強い発光に反応するようになっている。
ガラス球の右下にはっきりとした光点が浮かんでいる。
それはまだ、徐々に明るさを強めている。
明らかに青であったが、かなり白に近い。
「水と、風…。」
おあつらえの属性だ。
ようやくこの時が訪れた!
急いで引出しを開け、1枚の紙を取り出す。
術式が書き込んである羊皮紙を召喚洞の扉に貼り付ける。
ナイフで左の親指を軽くえぐって自らの血判を捺した。
術式の内容は、3日間転移の道を解放状態で確保しておく事。
寿命の五分の一を捧げた。
たとえ、5日であっても一週間だとしても、解明できるかどうかは…
であれば、この3日間に賭ける。
ツバ広帽にゴーグル、ケープを纏った。
ポーチには魔素の小瓶が散弾銃の弾のように並び差し込まれている。
精錬機の動力を落とすと、玄武は周りを見回し扉を閉めた。
「師匠… いって、きます…」
扉の隙間から閃光が一瞬まばゆく漏れ出す、やがてそれはゆっくりと消えてく。
小屋の中は静寂に包まれた。
・・・・・・・・・・・・・
深夜23時。
立花彩愛は独り大学の校舎屋上にいた。
工学部専攻の2年生。
タブレットを片手に屋上に図式を描いていく。
「卒論がこれでOKなら楽勝なのになー」
描き終えた彩愛は立ち上がり手をパンパンと払う。
「過去最高の陣だよー、これに私独自のレシピを加えてっと…」
小さな唸る音と共に魔方陣が輝き出した…
・・・・・・・・・・・・・
転移とは気分の良いものでは無かった。
全方位無感覚、三半規管が悲鳴を上げる。
上か?下か?自分どちらに向かっているのか皆目見当がつかない。
ふいに、ゴウッ!、と風の音に包まれる
まばゆい光と圧力が消え去ると、靴底に地面を感じた。
緩やかな風が髪を揺らし頬を撫でる。
いつもとは違う湿気を含んだ空気、その匂いが鼻腔をくすぐる。
眩暈が治まるのを待って、上を見上げてゆっくりと目を開いた。
星の無い夜空。
視点を下にずらすと、星々は全て地上に堕ちていた。
「!! なんという…」
信じられない景色に心臓が早鐘のように鳴っている。
一体ココはどんな世界なのだ…
混乱と絶望、そして不安。
すべてが入り混じり胃袋をギュッと握りつぶされるような感覚。
しかしよく見ると星とは違うようだ。
色も形も、変色するものや動くものすらある。
洞窟に生息する発光蟲のたぐいなのか?
じゃりっ!
音の方に振り向くと1人の女が不安げな表情で立っていた。
『ほぅ、そなたが召喚者か? 若き少女よ』
「んぎゃあ! 頭んなかで声した」
『驚かせてすまなかった、あと少しで言語を同調できるしばし…』
「うわぁ…、脳みそがムズ痒いぃ!」
頭を抱えしゃがみ込む少女を見つめながら、玄武は考える。
まずはコミュニケーションをとり情報を得ることが最優先だ。
未知の世界で協力者も無しに考えていても埒があかない。
足元の召喚に使われた魔方陣を見た。
基本の道を開く陣は合っている、かなり荒削りだし無駄も多いが…
まだ淡く光を放ってはいるが、じき消え入りそうな陣のライン。
よく見ると小さな粒が光ってチリチリとはぜている。
なんだろうか?、魔素とは別物だが同じ雰囲気を感じた。
そして、最後の一粒が弾けて消えた。
「あの… あなたは?」
「…私はゲンブ、そう、錬金術師とでも言っておこうか」
「よ、ようやく普通にしゃべってくれた。私は立花彩愛」
「アヤメ… うぷぷっ!」
「な、なによ?」
「私の国では、アヤメは…なんというか、チョッと下品な言葉でなw」
「失礼しちゃう! 人の名前を勝手に下品にしないで!」
「ところであの光はなんだ?」
まずは一番の疑問を投げかけてみた。
「あぁ? 光? 夜景の事?」
「夜景…」
「う~ん、ゲンブさんの格好からすると竜と魔法の世界って感じだから、照明というのは無いのかなぁ」
「照明…?」
「たとえば」
彩愛はバッグからLEDライトを取り出しスイッチを押した。
「うぉ! なんだ! そいつは!」
「これが照明。夜とか洞窟の中を明るくする道具、まあ松明みたいなものねw」
どうやらこの世界は想像以上に異質な文明のようだ。
「あの密集していて動かない光は住居よ。動いているのは車だね」
あの巨大な蟻塚のような場所に光の数だけ人が居る。
こんな大規模都市は見たことが無い。
「私の召喚に応じて、ココに来たんだよね?」
「いかにも、なかなか強い力だったぞ」
「えへへ! 目的とかあるの? ビジネスとか観光とかー」
「私の世界を救うためだ! 決して遊び目的じゃぁ無い!」
「うぉ! ごめん、茶化して…」
その後、玄武は簡単にいきさつを話した。
「えぇ! 3日で…別世界の真理を解き明かすって、絶対無理でしょ!」
「やらねばならんのだ!」
「絶対無理ゲー!」
なんだ?、世界を背負ってる人来ちゃったよ…、ヘビーだよ…
でも、スラッとしてチョッとイケメンだしw
学校お休みだから、3日位なら付き合ってあげちゃおっかな!
「とりあえず立ち話もなんだから、部室に行きましょ!」
校舎から出て、グランドを横切り入口がいくつも並ぶ小さな小屋の前に着いた。
立ち止まった扉の横に“新エネルギー同好会”と書かれた札が下げられている。
部員は1人、予算はゼロ。
まぁ、科学と魔法の融合なんて、絶対に認めてくれないだろう。
魔法の部分は濁して申請したのだが…、あえなく却下。
学長に直談判し、学部移転で使っていない運動部部室を占拠したw
質素なテーブルとイス。
壁の周りには本や色々な部品が陳列されている。
緊張続きだった玄武はごちゃごちゃして乱雑だが、妙に落ち着くこの部屋が気に入った。
向かい合わせに腰かけた彩愛がきりだす。
「残念だけど、この世界には魔法はほぼ存在してないわ。竜とか勇者様もね」
「なんと!」
「人間の脅威になる存在はいないの、しいていえば災害ぐらいかな」
「なぜ魔術無しでこのような栄えた文明が存在しえるのか?」
言われてみれば考えたことは無かった。
文明の発展、発明の歴史。
黒色火薬、産業革命、石炭と蒸気、内燃機関、そして電気…
今のインフラは電気・ガス・水道だ、あと通信もね。
一番大切なのは何だろう?
水道は飲料水とかも含めて数日はしのげるだろう。
ガスも電気の調理器で代用可能じゃないかな?
電気かぁ…一番無いと困るよね。
というか、無いと世界が停まる!
水道もガスも供給設備には電気は不可欠だ。
通信!交通機関!
あ、車は平気…、いやダメだ信号もETCも動かない。
ガソリンスタンドだって動かなくなっちゃう。
彩愛は自分で考えて驚愕した。
電気が無ければこの世界の文明は崩壊するという真実に。
その状況は、RPGの最初の村レベルの生活水準になってしまう事だろう…
玄武は答えを心棒強く待ち続けた。
「電気です…」
「それは何かな?」
「この世界の全てを動かすエネルギー、最大で唯一の…この世界の魔法」
「それはどのような属性であろうか?」
「属性かぁ、やっぱ電気と言えばカミナリかな…」
「カミナリ?雷の事か!」
玄武は先ほどの膨大なエネルギーが溢れかえる夜景を思い出していた。
あの光は雷から生み出される。
雷を使いこなす世界。
雷ノ國…
彩愛はすくっと立ち上がり、メガネをかけた。
腕を前で組み支持棒を手にすると、講義中の講師のような口調で語りはじめる。
「電気は発電という仕組みで作られています」
「魔素は必要ないのか?」
「魔素? 発電は機械によって… ちょっと待っててね」
棚から道具箱を引っ張り出し、いくつかのモノを取り出した。
久しぶりだなぁw
小学校の理科ボランティアに行った時に使った教材だった。
「電気を作るのには、このモーターという機械を使うの」
「小さいな」
「当然この世界に供給する電気を作るのは、コレの何万倍も大きなモーターを使うんだけどねw」
「さて、実際にやってみようか」
モーターの電極に電池を繋ぐ、小さな音と共に軸が高速回転を始めた。
玄武は目を見開き、興味深そうにモーターを見つめる。
「この小さな筒が電池。中に電気を溜めこんでいて、その電気を使ってモーターが廻るの」
「…」
「これだと電気を消費してるから、電気を作るには逆を行えばいいんだよ」
モーターはそのままに、電極にLEDランプ、軸にハンドルを取り付けた。
「さて、電気を作るよ」
ハンドルを回すとLEDランプが輝き出す。
「おぉ! 光が生まれた」
「そう、これが発電w」
「では、この世界の膨大な電気エネルギーを作るという巨大なモーターを動かす動力は、いったいどうしているんだ。
膨大なエネルギーを作るなら、それに見合った動力も必要なはず」
「発電の為の動力は主に水力、火力ね。あと、風力や原子力というのもあるわ」
「水・火・風が雷を創る。属性は魔素に通じるが、それを超えて雷のエネルギーを創り出す…」
用意した発電所関係の本の図解、写真を食い入るように見つめる玄武。
ふと、真顔で顔をあげた。
「アヤメ…、排泄をしたいのだが」
「え! えぇ! おしっこ?」
「その、おしっことやらのようだ」
「トイレはこっちだけど…」
男子トイレに案内した。
「コチラの世界では、どのようにするのか解らないのだが?」
「説明するの? いや、えっと、あの…」
「頭の中でイメージしてくれればイイ」
「男の人のおしっこのイメージたってさぁ…」
「なるほど、理解したw」
「ち、ちょっと! いきなり頭んなか覗かれたし! ゲンブどんなふうに理解したのよぉ!!」
木のサンダルをカランコロンいわせて玄武は奥に消えていった。
「はぁ、はぁ… イメージ、エッチ過ぎなかったかなぁ…」
彩愛の顔は真っ赤だった。
出てきた玄武と目を合わせられない。
戻る途中に自販機でコーヒーを買っていく。
玄武は男だから…、ブラックでイイやw
しかし、自分の世界の仕組みをゼロから教えるって難しい!
幸い学校だから、図書室から必要な本を台車に乗せて部室に運び込む。
ゲンブにはこの世界の文字は読めないから、私が要約して彼がノートに書いていくわけだけど、ボールペンにとても興味を示してたwww
プルトップを開けたコーヒーを玄武に差し出す。
一口すすると顔をしかめた。
「なんだ? これは?」
「コーヒーっていう、この世界の飲み物だよ」
「苦い、そして焦げ臭い」
「口に合わなかったかな」
「いや… 癖になる味だ」
しばし無言でコーヒータイムだ。
電気の講義もちょっと疲れたし。
「なるほど… コーヒーというモノを理解した」
「うぇ? どうしたの?」
「アヤメの知識を見させてもらったから」
「ゲンブ…、ずるい!」
「何が?」
「だって、私の頭んなかは勝手に見るくせに、ゲンブのは見せてくれないじゃない」
「はは、面白いモノなど無いぞ」
「面白くなくてもズルイー 私には…知らない世界なんだから」
「そうだな… では、お見せしようw」
彩愛は目を閉じると風景が浮かんできた。
それはVR映像のように意識を向けると画像も流れていく。
毎日見続けてきた小屋の中。
「俺が住んでるところ」
「きったないなぁw ちゃんと掃除してる? すごい!…機材がいっぱいだねー」
外の風景に切り替わった。
「何にも無いんだねぇ、独りで暮らしてて寂しくない?」
「15歳からこの10年、独りだけど問題ない」
「え? ゲンブって25歳なの? もっと年上かと思ったよ」
「アヤメは15歳くらいだろ?」
「ちがーう! 今年で20歳だ! ばかものー」
午前3時。
真夜中の講義は続いていたが、さすがに彩愛に疲れがみえてきた。
「うぅ、さすがに、もう、眠くなってきた…」
「そうか、今の私は睡眠をとっている余裕が無い。すまないが…アヤメの知識を探索させてもらえないだろうか」
「えぇ? 寝てる間に頭の中を覗かれちゃうの? プライバシーの侵害だよ!」
「嫌であろう気持ちは分かる。知識の探索と感情や個人的な記憶は識別できるし、アヤメが公開しないと思った事柄にはロックがかかるはずだ」
「うぅ、私の秘密がダダ漏れじゃんかぁ! 絶対に変なトコを覗かないでよ!」
「約束しよう。言葉で伝えてもらうのもありがたいが、探索なら今夜中にアヤメの知識の大半は理解できるだろう」
彩愛はテーブルに腕枕をすると、すぐに静かな眠りに堕ちた。
探索は慎重かつ着実に進んで行く。
集中を切らさずにアヤメの20年分の知識を取り込むのは並大抵ではない。
しかし、この子の豊富な知識は称賛に値する。頭の良い子だ。
玄武はふっと気を緩めた。アヤメの頭の中を漂いゆっくりと沈んでいく。
気がつくとそこは感情の領域だった。
ロックしきれずに隙間が空いている。
光に溢れ、漏れ出してくる感情。
見ないと約束した玄武だったが、光の誘惑に負け吸い寄せられる。
暖かい。
負の感情もあるが、ほとんどが明るく温かい正の感情だ。
20歳の女の子、私なんかより何倍も人生の喜怒哀楽を経験しているようだった。
正直羨ましい。
この安定した世界、電気というエネルギーが人の生活も感情も豊かにし、充実させるのだと理解した。
私の世界にも電気の技術を導入出来れば、魔素に頼らずとも人々はもっと…
漂う感情の中に真新しく、一際輝くモノがあった。
彩愛の玄武に対する感情だった。
彩愛の肩がぴっくっと震え、寝言を漏らす。
あん、みちゃ… だめぇ…
玄武はイケナイものを見てしまったような罪悪感で少しドギマギした。
立ち上がり、アヤメの背中にケープを掛けると、あと少しの探索を再開する。
午前7時。
彩愛が目を覚ました。
玄武はずっと起きていたようだ。
寝顔を見られていたんだろうと思うと、なんか恥ずかしい。
「あ、ケープ… ありがと」
「こちらこそ、こんなに早くこの世界の仕組みを知ることが出来るとは思わなかった。アヤメのおかげだ」
「ふーん、ゲンブ? 私の頭の中でエッチな事とかしなかったでしょうね?」
「し、してない! 断じてしてない!」
玄武の目が泳ぐ。
なんか…した!、と彩愛は確信した。
「ふ~ん、お腹すいたでしょ。朝ごはん用意するね」
彩愛はコンビニで朝ごはんを買ってきた。
ハムサンドと卵サンド、それとコーヒだ。
「このコーヒは美味い…」
「やっぱり淹れたてだよねw」
玄武は昨晩のことを振り返った。
だいぶこの世界の仕組みが理解できはじめた。
電気と呼ばれる雷のエネルギーを全土に供給するという恐るべき高度な知識と技術。
人々は魔法が無くてもこの恩恵に預かり、私の世界以上の水準で誰もが暮らしていた。
唯一のエネルギーに全てを委ねる世界。
ゆえに、この電気を失ってしまったら壊滅的なダメージをこうむるであろう。
危うい… 一つの力のみによってもたらされる安定…
彩愛はとても献身的だった。
前日までは見ず知らずの異世界の人間にここまで協力してもらえるとは。
私の探求に付き合って、明らかに寝不足なのだろう。
目の下にうっすらとクマが出来ている。
探索のおかげで文字というものも理解できるようになった。
疲れた彩愛にいったん家に帰り、休むように言う。
不満気ではあったが、渋々承諾した。
昨晩用意された書物を紐解く。
やはり文字は探索に比べ効率が悪い。
が、詳細な図や写真は大いに参考になった。
いつのまにか窓の外は夜になっていた。
まさか、旅することなく一部屋の中で真理を探究できるとは予想外だ。
こんなイージーモードで良いはずがないと玄武は思う。
絶対に危機的状況が訪れるはずだと…
まさにその状況は訪れた!
「おはよー! ゲンブーw」
何という事だ!、この私が…寝落ち。
口の端には涎が、しかも頬には本の痕まで付いている。
愕然とする私に彩愛が言った。
「今日の朝ごはんはロー○ンだよ~」
…
「うむ、このコーヒーも昨日のとは違う美味さだな」
「ハマっちゃったね、コーヒーw」
彩愛は大きなバックを抱えてきた。
結婚して家を出た兄の古着を持ってきたという。
Tシャツにジーパン、スニーカーに着替える。
私のボサボサ髪を彩愛が手櫛で解かし髪ゴムで後ろにまとめてあげると、なんとかみられる格好になった。(といわれた)
彩愛がせっかくだし、気晴らしになるから街中も探索しようと提案された。
異論はないので従う。
しかし、外に出るのに“布の服”のみとは、平和な証なんだろう。
市場には人と物が溢れかえっている。
武器は防具は全く見受けられないが、それが必要のない世界だという事が実感できた。
彩愛は記念にとお揃いのネックレスを買ってくれた。
何から何まで世話になりっぱなしだ。
招いた側はこちらだからと言うが、私が彩愛に返せるものは何があるのだろう…
高い建物が途切れると、緑豊かな公園が目の前に広がる。
しばらく散策し、ベンチで休憩する事にした。
彩愛はあくびをしてこちらを向く。
「ごめん、やっぱチョッと寝不足だぁ…」
そういうと私の肩に寄りかかり、静かな寝息をたてはじめた。
柔らかな日差しが暖かい。それにもまして触れ合う腕が、肩が、心地よく温かい。
こんな平穏な刻を過ごした事はかつて無かった。
今夜は戻らなければならない、私の世界へと。
糸口は見つかった、しかし、電気のエネルギーを導入できるのか不安は募る。
身じろぎした彩愛の手が玄武の太ももの上に乗る。
玄武はその手を優しく包み込み、目を閉じた。
できる事はやった。彩愛のおかげだ、感謝してる…
日が傾きかけた頃、公園を後にする。
2人はいったん別れ、21時に屋上に集まることにした。
玄武の帰還は22時30分に実行される。
少し早めに家を出た彩愛だったが、部室に向かうと玄武はもういなかった。
本や教材が綺麗にまとめられている。
「ゲンブ、やればできるじゃんw」
彩愛は屋上へと向かう。
玄武はすでに魔方陣を描き始めていた。
それを見ていた彩愛は叫んだ。
「そこかぁ! 最後の循環式のどーしてもわからなかったところ」
「たしかにアヤメの式は、かなり危うい式だった。あれで動作したのが不思議なぐらいだw」
「へへ~ん! それはねー とっておきのレシピで補ったんだよ」
彩愛が手にしている小瓶。
黒褐色の粉末が入っていた。
「黒い? 魔素か?」
「ランタノイド!」
ランタノイドはね、原子番号57から71、すなわちランタンからルテチウムまでの15の元素の総称なの。
希土類元素、いわゆるレアメタルってやつねー
実際には金や銀などの貴金属と比べても地殻に存在する割合は多いんだけど…
単独の元素を分離精製することが難しくてコストがかかっちゃう。
だから流通価格が貴金属並みに高価になっちゃうわけw
そこがレアといわれる所以なんだよ。
レアメタルは蓄電池やLED、磁石とかのエレクトロニクス製品の性能向上に必要不可欠な材料でね。
特にランタノイドは電子配置が通常の元素とは異なるから物理的に特異な性質を示すの。
水素吸蔵合金、二次電池原料、光学ガラス、強力な希土類磁石、蛍光体、研磨材などの材料に使われてるわね。
マグネシウム合金に微量添加することで機械的特性を向上する事もできるんだよ。
名付けて【ランタノイド魔方陣】
魔方陣に魔素の代わりにランタノイドを使う。
さらに電気エネルギーを供給する事で寿命の対価に置き換えた。
彩愛特製のハイブリット魔方陣。
ゲンブは魔方陣に変更を加え、その効果を最大限に発揮できるよう改良した。
玄武は思った。
何という発想だろう、魔素も寿命の対価も必要としない異世界の魔術。
あの子は、雷の大錬金術師だ…
彩愛は魔方陣にランタノイドの処置を施す。
電源確保のために彩愛が手にしていたものは…
「モバイルバッテリー12500mAhの威力をなめんなよーお!」
とりあえず彩愛が決めポーズを解くのを見届けて、玄武が向かい合った。
「アヤメ、とても素晴らしい時間だった。ありがとう」
「…こちらこそ、だよ」
「雷の技術、なんとかモノにしてみせる」
「救えそう? ゲンブの世界?」
「まだ… わからない… でもアヤメから教わっ…」
「しょうがないなぁ、私も一緒に行くよーw」
「な、何を!! アヤメ! 言ってることが」
「この世界には、青年海外協力隊って制度があってね」
「?」
「要は、困っている人がいたら、どんなに遠くても手助けに行く! ってことw」
「アヤメ…?」
「ゲンブの… 役に立ちたい!」
「アヤメ、お前の世界はココだ…」
「見せてくれた平原を、町の人達の暮らしを豊かにしたいんだよ! 私の知識が役に立つなら… ねぇ、一緒に連れてって! ゲンブ、離れたくない…」
彩愛の感情が2人の頭の中で輝きだす。
引き寄せられるように私の感情が同じ色、同じ輝きで近づいていく。
そしてひとつに溶け合った。
「いいのか? ココよりも辛いぞ」
「そっかぁ、それもそうだなぁ…」
不安な表情を見せる彩愛。
無理もない、異世界にたった一人で…
「大丈夫! いつでも戻れるからーw」
彩愛は転移の道を固定化する方法を考えていた。
ランタノイドは魔素と違って消耗しない。
電気は十分確保できるから誰の寿命も削ることなく道が使えるって寸法だwww
持ってきた大型スーツケースには携帯用ソーラパネル、モバイルバッテリーの他、当面の必要機材ががぎっしりと詰まっていた。
理論的にはこれで道を繋げっぱなしに出来るはず。
まあ、いつでも戻れるから、足りないモノはすぐに持って来られるし!
それに、玄武が…
美味しいコーヒが飲みたくなったら、いつでもこっちの世界に買いに行ってくるから!
アクションもロマンスも何も無い、登場人物3名という…
小規模4畳半アドベンチャー!
もしくは…
なんちゃって化学空想ファンタジーw
私の好きなスチームパンクテイストもチョッと入れてみた!
構想が浮かんだ時には長編にとも考えたのですが、自信が無いので短編にしちゃいました。
とはいえ、1篇で1万文字は初記録。
長きゃイイってものでもないですけど…
私が言いたいことは「電気を大切に!」です。
要約するとこれだけの話です。
18歳以上の方はムーンライト「JKまなのココメルダフェゼス」とのギャップをお楽しみくださいwww