姉、現る
抱えた女を居間に降ろす。
流石にあの人数はヤバい、手を考えつつ現状把握だ。
「あいつらはお前が呼んだのか?」
「そうよ!大陸ヤドカリがいくら堅牢だからと言っても、魔力には限界があるわ。だから、大規模な軍勢を作って、飽和攻撃で魔力を枯らしてから仕留めるの」
なるほど、鉄壁の防御にも限界があるわけで、対策も人海戦術とはまた単純明快でよろしい。
続けて、女は勝ち誇った見事なドヤ顔をこっちに向けて来た。
「どう?考えは変わった?今謝罪をして、討伐を手伝うと言うのなら、極刑は許してあげても良くってよ?」
王宮招致から死刑かよ、やっぱり信用しなくてよかった。そして嘘つきにはキツいお仕置きが必要だな。
「だまらっしゃい!」
流石にイラッとした俺は、女を押し倒し、うつ伏せにひっくり返した。
「キャッ!冥途の土産に今度こそ手籠にする気ね!?」
「お前書物のシチュエーションにちょっと期待してるだろ!?」
だがそんなピンク色の展開にはならない。俺、こいつ嫌いだし。
頭側に背を向け背中に座り込む。そして、うつ伏せの彼女を両足を抱えて、シャチホコのように目一杯反らす。
簡単な技だが、窒息の危険があったりする逆エビ固め。
「うぎぃぃぃぃぃ……、やめ……やべてぇ……」
「お前は!なんでそんなにっ!偉そうなんだ!」
言葉に合わせてギシギシと上下にゆする。
「痛苦しいっって新感覚!?ごめっ!やめで……!」
暫くからかってやりたいが、時間がない。適当な所でホールドを解除してやると、女は荒い息を吐きながら、うつ伏せで動かなくなった。
背中に座ったまま尋ねる。
「で、あの規模で攻撃されたら、こいつの防御はどれくらい持つ?」
「ハァッ……ハァッ……。その痛みを与える為だけの攻撃、最悪だわ……。そうね、完全な成体なら、千人も居れば交代で攻撃し続けて一週間くらいね……。これは若いから、魔力量がわからないわ。半日でも倒せるかもしれないし、三日四日は持つかもしれない」
「こいつの成長次第ってことか。なら引き籠るのは無しだな。で、お前さ、何かに目覚めそうなくらい偉そうだけど、何か地位でも持ってるのか?」
その言葉に反応し、キッとこちらを睨む。涙目だからすげえ罪悪感を感じる。
「地位ですって?私は王女よ!?メドウズ・ザラよ!?本来ならあなたなど喋る事すら許されない存在なの!分かるかしら!?」
うつ伏せのまま顔をこちらに向けて怒鳴ってるが、まさか王女様とはね。それならスムーズに事が運びそうだ。
「よし、お前は今から人質だ。これからお前の解放と、俺の安全の為の交渉を行う」
「なんて卑劣なっ!たとえ今生き延びたとしても、お父様はきっと許さないわ。この世の全ての痛みを、お前に味あわせてやってから殺してやる!」
「そうさせない為に今から頑張るんだよ。主にお前がな」
さて、そうと決まればまずは顔を隠そう。ここにいたらバレてるも同然だが、それでもしないよりはいくらかマシだろう。
俺は着ていた服を脱ぎ、目の前に置いてある、鷲の戦士のコスチュームに目をやると、カーゴパンツとTシャツに袖を通し、ゆっくりとマスクを被る。
まさか現実でこれを被る事ができるとはね。
不謹慎だが、少し気持ちが高ぶるし、身も引き締まる思いだ。もし戦闘になっても、この姿で無様な格好は許されねえ。
「目の前で脱ぎ始めた時は流石に覚悟を決めたけど、あなた、なんか雰囲気変わったわね……」
「当然だろう。これを着たのなら俺は一人の戦士、クァクァウティンだ。それに、さっきも言ったが、俺は甘々イチャラブ派だ」
「戦士なら戦いなさいよ。この卑怯者」
「俺はタイマン特化なんだよ。千人も相手してられるか」
俺は再度女を抱えて外に出た。
すでに川向こうに集結しつつある軍勢を改めて見てみれば、とんでもねえ数だ。
これはチートの身体でもビビる。
俺は覚悟を決めると周りを見渡して、力の限り叫ぶ。
「良く聞けお前ら!!俺とヤドカリに手を出したら、この王女の命はないと思え!王女を無事で返して欲しくば、全員武器を捨てろ!」
俺は叫びながら、王女を逆さ吊りに持つ。
「ぎゃぁぁぁぁっ!ちょっと持ち方!見えちゃう!この馬鹿!死ね!」
思いつく限りの罵詈雑言を並べたてながら、王女が捲れ落ちるローブを必死に抑える。
優位なのに責められるってなんか良いな。俺が真の大人になったら、追加料金で頼むのも有りかもしれない。
俺の声で前に陣取っていた兵士たちが王女に気付いた。
「あ、あれはザラ様!まさか、宿主に捕らえられるとは!何故、今日に限ってロングローブなんだ!いつもの膝丈ならっ!」
「くそっ!ここからだとうまく見えない!ロズ様!前に出る許可を!」
そう言われて、女が前面に出てきた。
「あら、本当に大陸ヤドカリじゃない!これは褒章ものね。それにあの宿主は、人間?あれなら私でも殺れるわね。総攻撃の準備よ」
すげえ既視感なんだが。あいつももしかしてお偉いさんか?
「あの女、知り合いか?」
「あれはロズお姉さま!お姉さまっ!私です!助けて下さい!」
必死に助けを求めてるが、お姉さまってことは、あいつも王女様かよ。二言目には殺すだ、殺るだと、ここの王女は随分と拗らせてるな。
「ザラ?あなたそこで何してるの?大陸ヤドカリを狩って王宮へ戻ろうってつもりだったのだろうけど、捕まるとは情けないわね。その格好、とてもお似合いよ?」
「姉妹なんだからきっとお姉さまも似合いますよ!でもその前に助けてください!」
ん?なんか微妙に険悪な雰囲気だな。なんか喧嘩でもしてるのか?
「何お前ら。男の取り合いでもしてるのか?」
「違うわよ!私とお姉さまは後継を決める為に、どちらがより魔導師として大きな功績を上げるか、争っている最中なの!あ……、叫ぶと頭がクラクラする……」
ああ、なるほど。魔導師として実力がある方が、次期女王様ってことか。
しかし争っているとは言え、姉妹だ。これなら助かる確率がぐっと上がるな。
「よし、王女姉!武器を捨てて兵を引け!そうすれば王女妹の命は助けてやる!」
「何その敬意のかけらも感じさせない呼び方!下民らしく媚びへつらいなさい!」
「うるせえ!で、どうすんだ?兵を退くのか?王女姉様よ!?」
「それもなんかムカつく!退くわけ無いじゃない!大陸ヤドカリなのよ!?もういいわ、弓兵と魔導師、総員撃ちなさい!」
そう言った次の瞬間、矢と、炎に氷に石にと、あらゆるものが横殴りの雨の様に飛んできた。
しかしそれは、俺の目の前で甲高い音を立てて弾かれていく。
この程度ならまだ防げる。が、しかし、しかしだ。
俺は飛んでくる矢と魔法に唖然としている王女妹に話しかける。
「なぁ、躊躇なく撃ってきたぞ?ここまで恨まれるとか、やっぱお前、姉の男盗ったろ?」
王女は言葉を返す気概もなくなり、ちょっと泣いていた。