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優勝したのに亡くなりました

目の前に古い軍服を着た男が倒れている。


もう動かないのは分かっている筈なのに、追撃を警戒して残身が解けない。


俺の望む結果はまだ出ない。


まだか、まだなのか。


《YOU WIN》


俺の目の前で、デジタルの言葉が映る。

瞬間、俺は雄叫びを上げた。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」


ヘッドマウントディスプレイをぶん投げ、手に付けていたグローブを投げ捨てる。


「見たかっ!俺が!世界一だぁっ!!」


この瞬間、俺、(さいかち) 英雄(ひでお)は、非公式のVR格闘ゲームの世界No.1プレイヤーになった。

非公式とは言っても、ゲーム業界の中じゃ認知度は非常に高い。

それに賞金だって出る。破格の5万ドルだ。

国内外で、ゲーム系のネット配信番組に出ることも約束されている。


怒号のような観客の声、横で捲し立てるように喋る司会者。

奥の大型ビジョンの実況で、称賛のコメントが雪崩のように流れていく。


ゲームしか出来ない、もう30に近い、ただのフリーターのこの俺が、世界一の称号を手に入れた。

これは全部俺に向けての称賛なんだ。


明日から俺の人生はきっと変わる。

好きな事やって、ちやほやされて生きていくんだ。


明日から薔薇色の日々だ。もしかしたら動画の再生数だけで食って行けるかもしれない。素敵な出会いもきっと星の数だ。

そんな事を考えていたら鼻の奥からぬるっとしたものが流れ出てきた。口の中も鉄の味がする。


あ、ヤバい興奮しすぎて鼻血出てきたんだ。

そんでもって頭がすげぇ痛ぇ、なんだ……これ……。



ん……?頭痛いのが取れてきた。アドレナリン出すぎたか?

ビビった。危うく興奮で死ぬところだったぜ。


「死んでるよ?」


「え?」


あれ?ここどこだ?会場から運ばれたのか?

つうかこいつ誰だ?真っ白なスーツ着てた奴なんていたっけ?


「君達が言うところの神様だね。こっちじゃ創造主って呼ばれてる」


神様?

もしかしてカール・○ッチの末裔か?全然似てねえな。

でもサインくれるかな?


「プロレスの神様じゃねえよ」


意識がはっきりしてきた。さっきから違和感あったけど、俺、喋ってねえ。こいつ、何なんだ?


「お、状況を理解し始めた?じゃ、挨拶しようか。ようこそ、地球最強の一柱よ」


「これ、エキシビョンマッチ?プロの人ですか?申し訳ないんだけど、誰だか全然わかりません」


「さっきも言ったけど、神様だよ。君ん所じゃないけど。君ね、興奮しすぎて死んだんだよ」


「は?神様?死んだ?何言ってるの?戻るから道教えてよ」


これは関わってはいけない人種だ。俺じゃなくてもそう思う。


「まぁそう言わずにさ。君には私の所に来てほしいんだよ」


「プロのスカウト?マジで?」


「まぁ似たような物かな。とにかく、君はもう戻れない。ここで消えるか、私の所に来るか、だよ。その証拠に」


え?何その物騒な剣。え?え?


そいつは物凄い勢いで、いつの間にか手に持っていた剣をこっちにぶん投げてきた。


「うわあぁぁぁぁっ!!!」


刺さった!刺さってる!血が!血が……、出てねえ……。つうか、痛くねえ……。


「ほらね。君、今魂しかないような物だからね。痛みとかそういったものはないんだよ」


「マジかよ……?俺、マジで死んじゃったの?世界一に、なれたのに?」


「そう!世界一!それだよ!君は何かしらで地球最強の一柱なんだろ?そんな魂が若くして生まれたんだ。これは貰わない手はないさ!だから呼んだんだよ!」


「まぁ、格ゲの世界一だけど」


「そうか!君は格ゲで最強なのか!ん?格ゲ?格闘の……ゲーム……?」


「そうだけど」


うわ、こいつ目に見えて落胆しやがった。ゲームじゃダメなのかよ?


「駄目に決まってるじゃないかバカヤローーーー!!!」


白服が全力で俺にビンタをかましてきた。


「痛っ…たくないけど!何すんだこの野郎!」


「ゲームの!世界一とか!何に使うんだよ!」


スパァンッ!スパァンッ!と、リズム良くビンタが続く。


「てめえっ!バッチンバッチン人の頬叩きやがって!」


「人を一人呼ぶのに!どれだけのリソース割いたと思ってるんだぁっ!」


バッチィーンッと、止めとばかりの一発。


「ぶっ!!知るか!掴まえる前に軽く下調べくらいしておけよ!」


「折角……、折角!逝きそうだからと思って!血管ぶち切るの手伝ったのに!それにも結構な力使ったのに!」


ん?手伝った?力使った?

あれ?俺死んだんじゃなくて……


「てめえが殺ったんじゃねえか!」


「ぶべっっ!!」


とうとう我慢できず俺は白服をぶん殴った。

思ったより飛んだが、そんな些細な事はどうでもいい。


「せめて殺ったのが!ノジャロリや天然ドジっ子やグラマラスなお姉様だったら!俺の貞操を捧げた上で、ウィンウィンの和解だったのに!こんな今一特徴の掴めない、絶対次会ったら顔すら覚えてないような奴に殺られるとか!」


俺が膝を付いて涙を流してると、首をコキコキ鳴らしながら神様が帰って来た。額に立派な青筋が浮き上がってる。


「君ぃ、そんなクソ下らない妄想の為に創造主に手ぇ上げるなんてさ、別世界だとしても良い度胸だコラ。お礼に身体に二桁単位で関節増やしてやんよ、このネクラゲームオタク野郎が」


「上等だ。俺の唯一にして至高の野望(バージンブレイク)を達成する前に殺ってくれた罪は、お前が今から僕っ娘になっても許されねえ。おめえのそのうっすい顔、あんパンのヒーローみたいに膨れあがらして腹減らした子供に分け与えてやんよ、あぁ!?」


お互いの滾る戦意を確認した後、突如繰り出される、白服のフック気味の右パンチ。大降りだか恐ろしく速い。だが反応出来ないほどじゃない。ダックからボディフックだ。


「オフッ!」


顎が下がった所でショートアッパー。


「アギッ!」


ん?崩しちまえばまるで素人じゃねえか。ちょっと大降りだが上がった顔に撃ち下ろし。


「ん゛ん゛っっ!」


腰が折れた。ここだな。抱え込むように背中から両腕を回し、逆さまに持ち上げた後、軽く飛ぶ。


良い子は絶対に真似してはいけない、渾身のジャンピング脳天杭打ち(パイルドライバー)


「ガッ!~~ッ! 」


床に強かに打ち付けてやった白服は、頭を抱えて転げ回ってる。

痛くねえんだ、まだやれるだろ。


「おぉ?さっきの威勢はどうしたコォルルルルルァ!こちとら金持ちになって有名になって動画配信でチヤホヤされてゲームとかコスプレとか同人とか好きな縞パンにニーソ履いたきゃわいい女の子とイチャイチャする夢砕かれたんだ。こんなもんで済むと思うなよ?」


白服の背中に馬乗りになり、髪をわし掴み、鼻の両穴に指を突っ込んで、俺は雄叫びを上げた。


「ちょっと挑発的な!レースとかフリルとか付いた!純白でもよかったんだあぁぁぁぁぁっ!」


全身全霊をかけて鼻を吊り上げる。


羞恥と痛みを兼ね備えた完全技(パーフェクトスキル)、鼻フック式駱駝固め(キャメルクラッチ)


「フガガガガガガ……!ちょ、ちょっと待って、タップ!いやギブだから!チェリーが本当に白とか縞々とか好きなのには驚いたけど!君強すぎないか!?たかがゲームの勝者なんだろ!?」


ん?そういや、ゲームやってる時と変わらない反応で身体が動いたぞ。

頭の中でパッド操作してるみたいだった。


「そういやそうだな。ゲームキャラと殆ど同じ動きだった」


鼻フックを解除して暫し考え込む。


「私の期待と君の興奮が、呼び寄せるときにゲームのキャラクターと君の心を繋げちゃったのか?」


「難しいことはわかんねえけど、強い。って事で良いのか?」


「間違いなく強い。殴打ならともかく、私にプロレス技をかましてきたのは君が始めてだよ。さっきは変態屑人間とか無職童貞とか酷い事を言ったが、やっぱり君には私の所に来てほしい」


「二つとも今初めて出てきたワードだな。前歯全部折るぞ?


はぁ……。で、行った先で何をするんだ?」


「思うがままに生きてみれば良いさ。君は私の世界に投げ込まれる小石だよ。波紋が岩にぶつかって消えるかもしれないし、大波になって押し寄せるかもしれない。それは君次第だけど、私の世界にはそういった変化の兆しが必要なんだ。私自身に変える力はないからね」


どうせ帰れないんだし、異世界とか行ってみるかな?


「せめて言葉くらいは通じるようにしてくれよ」


「私は創造主だよ?それくらいはするし、あと一つくらいはこちらから何かしてあげよう。ただ、他は何もあげない。鼻フックの恨みは君が三回生まれ変わっても忘れないからね」


「神様ってもっと悟ってるんじゃないのかよ?」


「星それぞれさ。アイドルが好きな神様だっている」


「まあ、偶然にも愛用の格ゲキャラと合体したんだ。行った先で頑張ってみるわ」


「判断が早いのは良いことだね。早死にも多いけど。

取り敢えず……そうだな……、ここがいい……。それじゃあ、準備はいいかな?」


白服が手をかざしてきた


「君の人生に幸あれ。あと、ゴリラに純潔奪われろ」


「てめえ!純朴な男になんて呪いかけて……!」


どんどん遠くなっていく意識のなか、誓った。

……次会ったら、俺のパンツに頭突っ込んでパイルドライバーかけてやる……。


こうして俺は、見知らぬ世界で生きることになった。

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こちらは転移無双なしの普通のファンタジーです。 良ければ読んでみてください。 「森の奥で出会ったのは、魔物じゃなくて人外じみた村人でした 」
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