003 獲物を担いだまま
003 獲物を担いだまま
果たして、猟果は期待した通りの物だった。
草原を歩いて30分も経たぬうちに、数頭の鹿の群を見つけたのだ。しかも、向こうはこちらに気づいている様子が無い。僕は、腰ほどの高さの草むらに身を潜め、物音を立てぬよう風下からかけて近づく。通常なら、獲物に近づくには時間がかかる、根気のいる仕事だ。
しかし、今回は獲物に近づくのにそう時間はかからなかった。
何故なら、鹿の群は、何の気まぐれかこちらに向かって駆けて来たからだ。向かって来た鹿のうち、一番大きな一頭に狙いをさだめ、目の前を通る直前、僕は草むらから飛び出した…
気が付くと、僕の足下には先ほど目の前を通り過ぎた鹿が横たわり、口の中は鉄に似た味で満たされていた。鹿の首筋には猛獣の歯形が上下ひとそろい付けられていて、そこから絶え間なく血が流れ出る。
「これだけの大物なら、みんなが喜ぶぞ」
獲物の血が混じった唾を吐き、僕はつぶやく。
「早速、おじいちゃんに連絡しなきゃ」
通常、大物なら道のある場所まで獲物を運び、おじいちゃんか店の人に迎えに来てもらうのが僕の習慣となっていた。
連絡に必要なスマートフォンは、バックパックの中だ。僕は、鹿の前足が右肩、後足が左肩に来るように担ぐと、やおら立ち上がった。鹿は僕が担ぐには少々大振りだったが、それでも十分運べる重さだ。豹族は小柄な個体が多いが、見かけより力はあるのだ。
草原を見渡し、方角を確認してからバックパックのある木まで歩き出す。通い慣れた草原だ、たとえ獲物を追うのに夢中になっても草原のどの位置に自分が居るのかは、大体わかっていた。
獲物を担いでおよそ30分、ようやく最初の木が目に入る。しかし、木の傍らには見慣れぬ人影が二つ。一人は僕より年下の少年で丸裸だったが、代わりにに全身を灰色の獣毛で覆い狼に似た顔をしていた。人狼、もとい狼のロアーズだ。
もう一人は僕と同年代の少女で、デニムの半ズボンに白いTシャツ姿、そして顔は…さっき気絶する直前に見かけた少女とそっくりだった。
「やっぱり、さっきのは夢じゃなかったんだ…じゃなくって!」
僕は歩みを早める、事もあろうに二人が僕のバックパックを降ろそうとしていたからだ。狼姿の少年が木に駆け上り、短めの黒髪を揺らしつつ枝に結びつけていたロープをほどき始める。ロープが緩んで下に下りてきたバックパックを、下で構えていた少女が受け止める。
「き、君達。ちょっと待ったぁぁ!」
僕は、早足で二人に歩み寄る。本当は全速力で駆け出したかったが、獲物を担いでいるせいで今はそれができない。
木の側の二人は、そこで僕の姿にようやく気が付くと申し合わせたようにうなずき、それぞれ反対の方へと走り出す。
少年は、バックパックを背負い草原の草藪の中へ。
少女は、空身のまま森へと通ずる小道へ。
一方、僕は獲物を担いだまま少女の後を追う。
追跡が始まった。