001 パートナー
001 パートナー
この日も、僕は開店前の店内で書き物をしていた。
店内の一番奥のいつものテーブルでノートや資料広げ、ノートパソコンのキーを叩く。
「キラク!」
突然の少女の声に、僕は顔を上げる。視線の先に、少女の顔があった。少女は太い眉に気丈そうな顔付きをしており、そこそこ伸びた黒髪を輪ゴムで後ろに束ねていた。
「やあナツミ、今朝は早いね?」
そう言って、僕は再びテーブルに視線を戻す。
「今日は望と呼んだ方が良かったかしら?」
そう言いながら、彼女はテーブル向かいの席に座る。
今日の僕は、人間の姿だ。もっとも、背中まで伸びる金色の髪と緑色の瞳は獣の時と変わらないが。
「どっちでも構わないよ、中身は同じなんだから」
ノートパソコンを操作しながら、僕は答える。
「ねえキラク、結婚するって本当なの?」
「結婚!?」
作業する手を止め、僕は再び顔を上げる。
「だれだよ、そんな話したのは?」
「マスターよ。『いやぁ、うちの孫もようやく良いパートナーが見つかった』なんてね」
「ああ、その事か」
僕はホッとして、ノートパソコンの操作を続ける。
「ナツミ、そのパートナーって狩りの相棒の事だよ」
「狩り?」
「うん、狩りにも種類があってね、大物を狩る場合には人数が必要なんだ」
「その仲間の事を『パートナー』と呼ぶのね?」
「そうさ、そしてこれが…」
僕はナツミにも画面がよく見えるよう、ノートパソコンの向きを変える。
「何これ? 狼」
パソコンの画面には人狼、もとい狼のロアーズの顔写真が映し出されていた。
「おじいちゃんが言ってたパートナーさ、写真だと顔だけだからわからないだろうけど、女の子なんだ」
「女の子?」
「歳も、僕やナツミと同じぐらいなんだ。先月、よく狩りに通ってる草原近くの村で出会ったんだ」
「ふうん…」
しげしげと画面をのぞき込むナツミ。
「妬いてるのかい、ナツミ?」
「そっそんなんじゃないわよ!」
彼女はあわてて画面から顔をそらす。
「いくら幼なじみとは言え、あなたとは種が異なるわ、それぐらいわかってる、でも…」
「でも?」
「うらやましいなぁ、って」
「うらやましい?」
「だって、私にはあなたと一緒に狩りなんてできないから…」
「そうだね」
僕は、ノートパソコンの向きを元に戻す。
「僕たちロアーズの狩りは、人間には到底真似できないものだからね」
ロアーズの狩りは、よく言えば素朴で悪く言えばきわめて原始的だ。ほぼ全裸で獲物に忍びよりあるいは群で追い込み、全速力で獲物に接近して飛び付き、自らの牙で止めを刺す…このやり方は、ロアーズの歴史が始まって以来ほとんど変わっていない。
「それより、狩りの話を聞きたいな。さっきの狼の娘と出会ったいきさつも知りたいし」
「やっぱり妬いてるじゃないか」
苦笑しつつ、僕はノートパソコンを閉じる。
「事の起こりはおよそひと月前、とある草原に僕が一人で狩りに出かけた時の事だ…」
いつものように、僕は語り始める…