高木の子
彼は少し笑って見せた。
「お父さんとお母さん、元気か」
どちらの雰囲気も受け継いだ子供だと思った。子供は怪訝そうに彼を見上げる。
「おかあさんは元気じゃない。毎日泣いてる」
彼はまた少し黙った。これまでの夢想が叶っていないのが、何かしら不満だと感じているのだろう。八代はベッドの上で、知らず浅い息をしていた。
ここから先は、聞いてはいけない。予感のようなものがあった。聞くな、と念じながらも、彼は構わず口を開くだろうとも思った。彼と八代が似ているのなら、ほとんど聞いてしまうだろう。
「――……お前は、高木晃と佳那の子供だろ」
子供はますます奇妙な顔をした。
「おかあさんは、ユカリだよ」
彼は浅く息を吸いかけたまま黙り込んだ。その名前には聞き覚えがなかった。彼の表情を見守って、子供はどこか身構えるような表情をした。
「おとうさんはウワキしてるの? だからぶつの?」
彼は平静を装っているようで、実は狼狽しているのだろうと思った。狼狽していながら、浮気はあり得ない、と思っているのだ。高木もそんな器用なことはできないはずだ。桜井と結婚していないことから推測して、高木の特性に何か変化があったと考えてもよいが、何も必ずしも桜井と結婚しなければならないわけではない。高木にはおそらくそう大きな変化はないだろう。とすると、浮気のようにあちこち気を飛ばさなければならないことは未だに苦手なはずだ。そもそも、美術関係のほかに気を回す相手がいること自体、異例だったから。だとすると、この子供は? 言われてみれば、特に顔立ちには桜井に似たものはない。高木にはよく似ている。特にその目つきが。
意外な気がしていた。高木は桜井と結婚するのだろうと、何の根拠もなく思い込んでいた。高木は今や別の女と結ばれ、子供もおり、そして桜井がどうしているのかは分からない。何度もその事実を思い返した。飲み込もうとするたびに、ひとりでいるだろう桜井のうしろ姿を思った。枯れた切り花のように首をもたげるうしろ姿だ。その背中には、何も心惹かれるものはなかった。
褪せた藍色の空に、灰のような雲が湧いていた。汚れた綿か埃に見えた。
「もう暗いな。帰ったほうがいい」
彼が空を見上げると、子供は責める目をした。あるいは、怯えた目を。
「帰りたくない」
「知らない。俺は責任を取れない。じゃあな」
子供が何かを言いかけようとしたが、彼は聞かなかった。公園から出ながら、八代も今の行動の正しさを評価した。彼もまったく八代と正反対の行動をとるわけでもないようだ。
おでんか鍋で飲みたいですね。
焼き鳥、だし巻き、ほっけ……