目
中庭では、桜井はよく水彩を描いていた。八代はその水彩が好きで、桜井がなにかお礼を、という度によく絵をねだった。
「色使いが独特で、すごくいいと思う。どうやったらこんな色が出るのか」
八代はよく独り言のように聞いたが、桜井の答えはいつも「なんとなく」で、どうにもはぐらかされている気分になった。桜井にしてみれば、理屈ではなく感覚で仕上げているだけのことだろう。八代はこの色遣いの感覚が羨ましかった。こんな色で仕上げればよかったと思う絵も、片手では数え切れなかった。八代には、桜井への羨望と尊敬があったのだと思う。
桜井とは休みの日にも出かけたりした。互いに誘い合って遠出したり、特別展を見に行ったり、画材を集めに行くうちに、桜井が八代に好意を寄せているのに気づき始めた。次第に桜井からの誘いは増え、会う回数が増える。
桜井の顔にも態度にも、そうした色は見られなかった。ただ、なにかの折、ふとした時に妙に滴るような何かをその目に感じた。そういった時の桜井の顔は美しく、八代はその目を見られることに喜びを感じたが、おそれも抱いていた。八代に思いを寄せることで現れたこの雫のような輝きは、片思いであるという意識から出ているような気がした。期待や不安、好奇心、おそれ、希望、そういった数多の感情で溢れそうな目だ。その思いが相手に伝わったり、望みが叶ったり、反対にダメだった場合、全てが消えてしまうのだろうと思った。行き場のない、どこにも抜け穴のない思いだからこそ、あれほど輝く。八代は桜井の思いにはなるべく触らないようにしながら、その瞳を見ていた。美しい目だった。それをより輝かせるために、桜井の出す微弱なサインには答えなかった。答えないまま、友人として過ごし続けた。
それは神経をすり減らす過ごし方ではあったが、八代は満足していた。少しのサインにも安易に応えないよう気を張る度に、桜井はますます美しくなった。美しさが増して、描く絵にも変化が見えるようになった。
以前より洗練された気がする。素朴なブレのような色遣いが迷いなく現れるようになった。より鋭く、より柔らかく、温度や揺れがそれと分かるように紙の上を躍る。八代はそうやって描かれた絵に魅入られた。その熱中は、時に執着とも呼べるほどだったと思う。
八代は桜井の瞳と、その色を引き出すために、桜井との付き合いによりいっそう神経を傾けた。そうやって大切に育てた間柄の中で、桜井はますますその色を磨いていった。八代もますます、桜井の絵に魅入られた。
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