制作
画布が届いて、パネルにしている間にも、八代の頭には時々桜井のことがちらついた。二重の感覚に夢想までもが加わると、まだ慣れよりも吐き気の方が強かった。しかし、よくよく思い返してみれば、八代は彼がやってくる前からたびたびこの吐き気に見舞われていた気がする。彼の感覚がなかったころにも熱を出し、寝込んでいた気がする。
完成したパネルを目の前にしたとき、すっと桜井の影を意識しなくなったのが分かった。地塗りを済ませた画布に、すべてが侵食されていく錯覚に陥った。彼もまた少し離れた位置から画布を見ている。彼も絵を描くつもりでいる。別に不思議なことではなかった。彼ならそう考えるだろうということを八代も分かっていた。
八代が意図したとおりに、数日たつと制作が始まっていた。下書きの線に黄色い影が躍るごとに、八代は自分の中から流れ出ていく何かを感じていた。失うべきものなのか、失ってはならないものなのかは分からない。分からないが、流れてしまうなら止める方法もなかった。
不思議なことに、制作を初めて幾日かが過ぎると、今までが冗談のように体調不良が治まった。体の不快感に気を取られなくなり、八代は自分でも疑うほどに絵を描き進めることができた。テレピンの匂いにも吐き気を覚えず、桜井のことは意識にのぼらず、像も結ばない漠然とした記憶の流れを眺めていた。眺めながら、その形をなぞるように絵を描いた。彼も八代も筆を握った。どちらも没頭していた。出かけなくなった。食事もほとんどまともなものは作らなかった。そこに何か思うところはなかった。むしろ、そうした生活作業の間に滞る自分の中の何かの方が気に障った。流れだすものを止めずに流している間、八代は握りつぶされるほどの濃密なものに包まれていた。それは制作前の意欲にも似ている。ただのエネルギーの渦中にいる感覚だった。何も考えることができなかった。考えていないのに、筆だけが進んだ。ずいぶんと進みが早いという感覚とは裏腹に、日はいつのまにか消え去っていった。大まかな形ができるまで、ほとんど時間は要さなかった気がする。カレンダーだけが過ぎていた。
そこまで来ると、八代は描かない期間を意図的に挟むようにした。溜めなければいけない。ペインティングナイフが八代を操るまで溜める必要があった。間隔があくほどナイフの意志は強くなり、描くと安堵するのか、ひどく満たされる瞬間があった。
シッカチーフを増やした絵の具を塗り付け、にじみ出した安堵の感覚は強い快楽に似たものがあった。絵の具が盛り上がるたびに、せりあがってくる記憶がある。音に似ている気がする。感触に似ている気もする。光のような気もして、一方で香りのような気もした。その記憶を追い求め、かつ打ち消そうとするような感覚は、彼に出会ったばかりのころに似ている。受け入れるべきなのか、否定すべきなのか分からずにいる。とりあえず放置することで現状維持を願う、消極的な受容がここでも行われている。それすらも正しいのかどうかが分からず、理屈を付けながら拒絶を求める浮足立った感覚、飽きるほど慣れ親しんだ感覚だった。
絵は何度か完成に近くなってはいたが、まだ何かが足りなかった。足りない何かのせいで、まだ八代は失望できていなかった。まだ描けるという未練が残っている。この未練を払拭するために、八代はこの絵を完成とは認めなかった。まだ描けるのであれば描き足せばいい。書き加え、修正し、書き足し続けた結果、八代の絵は下絵のモチーフとは大きくかけ離れ、抽象画と化してきていた。しかし、やはりまだ何かが足りない。埃を避けて絵をしまった額に、八代はじっと見入る。
色が変、という言葉がよみがえった。高木の声だ、と思い、すぐに子供の声だったかもしれないと思いなおす。子供だと思ったということは桜井の声だろうかとも思い、八代の抱いた感想なら八代か彼のどちらかの声だろうと結論付けた。改めて見返してみると、やはり「色が変」という声が自分のものだと思う。どことなく変で、どことなくそぐわない。画面全体の色が強すぎることに気がついたのは、数日寝かせた後のことだった。もはや、下書きにどんな線を描いていたのかすら思い出せなかった。
抽象画を描くのはこれが初めてではなかったが、もともと計算尽くで作りこむ八代にとっては苦手意識が強いものだった。手間のかかるわりに描きあがった実感が薄いのだ。ところが今回の絵は、これまでの抽象画のみならず、今まで描いてきたすべての絵と比べても異質で、八代はその感覚に悪寒に似るほどの強い快感を得ていた。失望はすぐそこまで来ていると思った。狂おしいほどの平穏と渇望が、八代に激しく静かな興奮を呼び起こしていた。




