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白の綾  作者: ぺの
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出会い①

気に入ってる話なのでぜひ読んでください。

はじめは音だったと思う。傘を叩く雨の音が、くぐもった雨粒の音と混じって聞こえた。

彼はベッドに横たわったままそれを聞いていた。昨日の晩からまた、熱に浮かされている。浮かれ騒いだ頭の中に、いつまでも傘の中の音が響いていた。寝込んだまま、窓を叩く雨と傘を叩く雨の音を二つ聞いている。ほんの少しの違和感を覚える。室内で傘をさしているはずがない。足元からは水たまりを踏む音さえも聞こえてきた。いつだか知らないが、外を歩いた記憶かもしれないと彼は思った。思ったあとで、記憶の音と現実の音とを聞き分けるほどの器用さが自分にあったものか訝った。結論は出なかった。考えるのも苦痛なほど眠かった。

目を閉じると、濡れて光るアスファルトが映った。いよいよ鮮明な記憶のようだ。彼は記憶の流れるままに深く息を吸った。金木犀の香りがする。眠ってしまおうと意気込む。寝返りを打ってみても一向に眠れないばかりか、記憶がますますはっきりしてくる。帰り道の風景のように思えた。植え込みの角を曲がって坂を下る。雨が降り続いていて傘を叩いている。水たまりを避けないスニーカーが重くなっている。靴下が冷たく弾性を増して絡みついてくる。

何があった日なのか、彼は思い出せずにいる。これだけ鮮明な記憶であったら、きっと何か決定的な事件でも起こった日であるに違いない。しかし、金木犀の香りがする雨の午後にどうしても心当たりがない。

勤勉なばあさんがやっているタバコ屋が閉まっている。そのシャッターもずいぶん錆びている。いつから閉まっていたのだろう。角の家の犬もあんなに大きい。ずいぶん小さな子犬のような覚えがあったが、繋がれているのは立派な成犬に見えた。しばらくまともに外にも出ていないから記憶違いがあるのかもしれなかった。しかし、記憶の風景の中に記憶違いを見つけるのはやはり何か違和感がある。それではまるで記憶が二つあるようなものだ。しかも、記憶違いがあるほど変哲のない風景を、なぜ今、これほどまでにはっきりと思い浮かべているのだろう。

そうか、夢かもしれないと彼は枕に顔を埋めた。あれほど眠かったのだから、いつの間にか寝てしまったのだろう。熱が見せる夢だからこれほど辻褄が合わない。

言い聞かせる間にも足取りは家に向かう。愛想のない古い一軒家に向かっている。「八代」という表札の下に郵便物が詰まっている。彼はベッドの上で知らず目を凝らしている。一番上に突っ込まれた新聞の日付が、今朝テレビで見たニュースの日付と一致している。よくできた夢だと思おうとしたが、息が勝手に速まった。傘を畳んで鍵を取り出す。夢の中と玄関先とで、鍵を開ける音が二つ同時に聞こえた。熱っぽい背筋に嫌な温度の汗がにじむ。

八代はゆっくりとベッドから身を起こした。外のドアノブにかかる手と、勝手に開いていく玄関のドアを同時に見ていた。部屋の奥で身を起こす自分と、廊下に上がり込んでくる自分を同時に見ていた。ベッドに座っている自分と、部屋に入ってきた自分を見た。どちらの顔も、かすかに目を見開いていた。待ち受ける顔をしている気がした。なんて顔をしているんだ、と思った。

八代は自分と全く同じ容姿をした彼と対面し、これから死ぬのだろうかと他人事のように思った。


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