悪い予感はやってくる
嫌な予感というのは、どういうわけかよく当たる。
ライブラリアンは仮面狼を全面的に信頼している為、そこまでは口にしなかったが、彼らを取り巻く環境は大きく動き始めていた。
そのひとつが、仮面狼こと蛍石スバルに執着心を抱き始めた新人類王国の新女王ことペルゼニア・ミル・パイゼルの存在である。
「ゼクティス。仮面狼というのは確か、彼の呼び名でよかったかしら?」
「はい。ペルゼニア様のご認識の通りです」
従者がお辞儀をしながら肯定する。
先のプリンセス・ブレイカーによる仮面狼の指名は、丁度興味を抱いていたペルゼニアも見ていた。
要するに、最近気になる男子が別の女の子(男かも知れないが)からアプローチを受けているのである。
これにはペルゼニアも激おこだった。
「アンハッピー。ええ、アンハッピーね」
「ペルゼニア様?」
椅子に座り、震えはじめるペルゼニア。
これを見たゼクティスは、すぐさま背中から生えた羽を広げ、自身の身を覆う。
「アあああああああああああああああああああああああああん、はっぴぃいいいいいいいいいいいいいいぃ!」
直後、女王の全身から勢いよく暴風が流れ出した。
閲覧していたモニターは真空の刃で切り裂かれ、部屋にある配置物も風の暴力によって呆気なくふっとばされていく。
時間にして数分。
それだけの間をおいて、ペルゼニアの落ち着きと共に風は止んだ。
「ふぅ。すっきりしたわ」
「それはなによりです」
タイミングを見越したのか、ゼクティスが羽を広げて再び姿を現す。
部屋をボロボロにした暴風を浴びても、彼女の身体は傷ひとつついていなかった。
「ところで、あのプリンセスが直々に指名したということは、徹底マークが必要ね」
「ええ。仰る通りです」
生きているのであれば、なにかしらの接触や動きがある可能性が高い。
勿論、これを無視する可能性もある。
その上でゼクティスは提案した。
「そこで、ですが。先程、このような情報を入手いたしました」
「なにかしら」
ゼクティスがスマホを掲げ、画面の情報を主君に見せる。
そこにはこう掲載されていた。
「全国大会前のお祭り。ブレイカーズ・オンライン・スーパーバトルロワイヤル……」
「はい。例のゲームによるバトルロイヤルの大会だそうです。企画はエリアルが所属する企業だそうで、参加者を予選が始まっています」
「その予選を勝ち抜くと、本選ということね?」
「はい。他の参加者も大勢いるので、名前を隠して参加するのであればここになるかと思われますが」
だが、ゼクティスはこう思う。
もしも自分ならそんなリスクは絶対に背負わないだろう、と。
いかにゲームが好きで、強いプレイヤーから指名されて嬉しかったとしても、この状況でノコノコと参加するのは阿呆のやることだ。
仮に少年が阿呆だったとしても、一緒にいるであろうXXXが許すはずがない。
特にあの神鷹カイトが。
自分にも周りにも厳しいあの男が、そんなことを許すだろうか。
ありえない。
「いいわね。面白そう」
そんなゼクティスの思考とは裏腹に、ペルゼニアは暴力的な笑みを浮かべたうえでこう告げた。
「つまり、これに参加すれば、直接片付けるシミュレーションにもなる。そういうことでしょう?」
「ええ。そうですね」
バトルロイヤルの参加者にはシード選手としてプリンセスも参加している。
仮想スバルとしてのサンドバックには丁度いい。
「それじゃあ、早速エントリーをして頂戴。私はそれまで練習しておくとするわ」
「畏まりました」
「お願いね。ああ、それとゼクティス」
その場から退出しようとしたペルゼニアが足を止め、振り返る。
従者が言葉を待っていると、彼女は笑いながら問うた。
「私がこんな遊びに参加するのは間違っていると思うかしら?」
「いいえ。決してそのような」
「いいのよ。遠慮しないで。少なくとも今は、少し落ち着いていられるから」
ペルゼニアは精神が不安定だ。
狂人と呼ばれるリバーラの遺伝子がそうさせるのか。
あるいは力を得るために身に着けた目玉の影響なのかはわからない。
本人はそれを自覚した上で、敢えて優しく振る舞う。
「あなたの意見を聞かせて頂戴。もしかすると、私が間違っているかもしれないでしょう?」
その意見は、新人類王国の支配者としては失格だ。
少なくともリバーラは、己が間違っているという思考はないとゼクティスは考えている。
「いいえ。ペルゼニア様はなにも間違ってはいません」
ゆえに、ゼクティスは主君の迷いを断ち切る。
ペルゼニアが新人類王国に君臨することこそが自分の役目だと、彼女は強く自覚していた。
だからこそ、彼女は迷いなどもってはならない。
「これらはすべて反逆者を狩る為の過程に過ぎません。ゲームをなさるのも、シミュレーションです。本筋から少しも逸れていないのです」
「そうね。ええ、そうだわ。ありがとう、ゼクティス」
「ありがとうございます」
お辞儀をした上で、ゼクティスは聞いておかねばならぬことを問う。
「ところでペルゼニア様。出場するにあたって、ゲームに出る名前と機体を選んでいただきたいのですが」
「ああ、それは大丈夫よ。もう決めてあるから」
ペルゼニアはくすりと笑い、告げた。
「わかりやすいのがいいと思うの。私が私を幽閉していた頃、斬撃姫なんて呼び名がついていたのでしょう? それを使うわ。相手もお姫様なのだから、丁度いいと思うのよね」
「畏まりました」
「それと機体だけど、今修理しているアレに近いのを選ぼうと思うの」
「アレ、ですか。反逆者が使っていた」
「ええ。折角のシミュレーションなのだから、なるべく近いのでいきましょう」
「畏まりました。では、そちらも幾つかピックアップ致します」
「お願いね」
楽しげな笑みを浮かべたまま、ペルゼニアは扉を開く。
自身の暴風で崩壊した壁が散らばる廊下を、彼女はどこまでも楽しげにスキップしながら進んでいった。
嫌な予感というものは、どういうわけか連鎖するものである。
空港で空の便を待つ神鷹カイトは、エリアルの情報をかき集めている最中にその情報を入手していた。
『怖い顔してるね。どうかしたのかな?』
「さっきエイジから連絡がきた。赤猿が来て、大会を開催することになったらしい」
頭の中にエレノアの声が響いてきたので、簡潔に情報だけを渡す。
すると彼女は面白そう、とでも言わんばかりの口調でからかってきた。
『それはいいね! 有名人との交流できるかもしれないし、彼にとっては貴重な経験になるかもだ』
「直接話させるつもりはない。本人も理解しているようだが、これはあくまで妥協案だ」
『あれ、意外だね。てっきり怒鳴り散らすのかと思った』
言われ、カイトは唸る。
確かに昔の自分なら怒り、そのまま説教だったと思うのであまり言い返せなかった。
「……まあ、そこは認める」
『おや!』
「だが、それはそれだ。アイツらが妥協案まで出してるんだから、俺だって納得する」
『あまりできてないみたいだけどね』
「喧しい」
『でも、それじゃあ飛行機に乗るのは止めちゃう?』
カイトが納得し、スバル達が試合に出るのならエリアルの場に行き、妙な脅しをかける必要性はなくなる。
だが、カイトはすべてを納得したわけではない。
「いや、大会自体は納得しているが、俺はまだエリアル・ブルーミーとその企業について殆ど知らない。なんだったら、本当に未来予知できる可能性だってある」
もしもそうだとして、なにがキッカケで彼女が自分たちの存在に勘付くだろうか。
せめて彼女の異能の力の有無。なにができるのか。どういう思想を持つのか。
これらをはっきりさせないと、安心できない。
「だからまず、企業に乗り込む。そして話をつけるか、始末をするか。どっちかだな」
『物騒だね』
「そういうのができるから俺がいる。俺がやるのが一番楽だ」
もっとも、スバルは納得しないだろう。
だから連れてこずにひとりで行動することにしたのだ。
「飛行機が来たな。そろそろ行くぞ」
『そうだね。それじゃあ、少しの間は君と楽しい空の旅を楽しむとしようかな』
この女とふたりになって楽しい旅なんかあった気がしないのだが、無視。
さっさと飛行機に乗って、今後の動きを決めるとしよう。
そう考えながら、カイトはゲートをくぐった。
びー、と音が鳴る。
「ぬ」
「お客様、少々お待ちください」
周りを警備員たちに取り囲まれる。
何事かと思うと、カイトは警告された。
「なにか金属品をお付けでしょうか。腕時計とか、ベルトとか」
「あ」
『うわ』
心の中でエレノアも絶句した。
神鷹カイトは身体に鋭利な刃を仕込んでいる。
それがしっかりと探知されてしまったのだ。
「お客様、身体検査を受けていただいても宜しいでしょうか」
「お客様、こちらへどうぞ」
「お客様」
「お客様ぁ」
「オキャクサマ、ハリキッテマイリマショー」
どんどん囲まれていく。
金属探知機を持ってにじりよる警備員たち。
この場で戦うかと構えるカイトだったが、下手に騒ぎを大きくすると後が困る。
ゆえに、カイトはある手段をとった。
「……さらば!」
「あ、逃げた!」
「オキャクサマ、オマチニナッテー!」
後日、海の上を走る謎のマスクマンの姿が目撃されたのだが、幸いにも足が速すぎてカメラに映りきらなかったという。




