マネージャー・ライブラリアン
プリンセス・ブレイカーの人気はありがたいことに鰻登りだ。
彼女のマネージャーとして働いている少年にとって、これ以上の喜びはない。
ゆえに、スーツに身を包んで小奇麗にした格好の少年は、友人からの提案を聞いた時、即座に飛びついた。
「それは本当か、赤猿?」
『本当だって! 俺が嘘ついたことあるか?』
「女性関係なら平気で嘘をついていた気がするけど?」
スマホの向こう側で調子のいいことを語る猿顔の友人の顔を思い浮かべる。
彼の名は赤猿。
当然ながら本名は別にあるが、ブレイカーズ・オンラインという対戦ゲームで知り合った友達は敬意を込めてその世界での呼び名を使うのが礼儀なのだ。
尚、マネージャーを務める少年の名はライブラリアンという。
『昔のことは忘れろよ。それよりも、どうなんだ? 仮面狼を交えたバトルロワイヤル。お前の所のプリンセスにやらせてみたくはないか?』
「確かに。お互いを知る俺にとっても、見てみたい対戦カードではあるな」
ライブラリアンは仮面狼こと蛍石スバルと面識がある。
今の仕事に就く前に何度か顔を合わせて対戦したことがあるし、彼のブログで引退を表明された時は弟子のデスマスクが大暴れしたのをなんとか宥めようとしたのも良い思い出だ。
そんな仮面狼と、自慢のプリンセスの対戦が実現しようとしている。
「プロのブレイカー乗りでも彼女には歯が立たない。でも、彼ならもしかしたらっていう気持ちになるからね」
『そうだろうが。それに加えてバトルロイヤルルールなら周りは敵だらけ。サシでの勝負が専門なら、もしかするかもな』
ただ、懸念はある。
「問題は日程だな。全国大会も近い中、普段とは違うルールの戦いに出て、調子を崩されても困る」
『おいおい。そんなマジに考えるな。こんなのは遊びだ』
赤猿が言いたいことは理解できる。
彼が提案しているのは所謂『お祭り騒ぎ』だ。
そんなものにマジになって、途中で怪我をして大泣きするようなことはないだろう。
だが、ライブラリアンが抱えたお姫様はどんなお祭りでも『超大マジ』で挑んでしまうのである。
「全員がお前みたいだったらゲームのトラブルも減るんだけどね」
『なんだ、褒めてるのか?』
「そうだよ」
いずれにせよ、決めるのはプリンセス本人だ。
一応提案はするつもりだが、他にも懸念点はある。
「で、仮面狼さんはどうして名前を公表したらダメなんだ? 彼の名前は業界だとかなり有名だから、結構釣れる人が多そうだけど」
『なんででもダメなんだってよ。俺にも事情は説明してくれなかったけど、深刻な顔をしてたからな』
ここで赤猿はなにかを思い出し、ぼやく。
『あ、でもそういえば言ってたな。なんでも、本物のブレイカーを動かす羽目になったとかなんとか』
「ぶっ!?」
ライブラリアンが噴き出す。
彼は全身から汗と熱が噴き出すのを感じつつも、赤猿に問う。
「も、もしかしてだけど! ちょっと前にネットで話題になってた、新人類軍にレジスタンス活動してる連中の話じゃないよな!?」
『いや、知らないけど』
もしもそうだとすれば事情を説明できないのも納得がいく。
ライブラリアンは自身のデスクに戻ると、ノートパソコンを起動。
即座にネットに接続し、少し前の記事を漁りだす。
『おいおい。いくらなんでも考えすぎじゃねぇの?』
「でも、民間人がブレイカーに乗る機会なんて、他にあるか!?」
仮に仮面狼が反逆者だとすれば、彼はリスクを抱えながらこのイベントに参戦する決意をしてくれたことになる。
別段、新人類王国に対してレジスタンス活動をしていても、それを咎めるつもりはない。
そんな権利は自分にはないし、仮面狼の人生に口出しするだけ、彼の事情を知っているわけでもないのだ。
「マネージャー?」
「いい!?」
記事を検索していると、後ろから話しかけられた。
話題のプリンセス、エリアル・ブルーミー、その中の人である。
尚、読者諸兄の中にはこの手の話題に禁忌の念を抱く方もいらっしゃることだろう。
その為、彼女(もしかすると彼かも)の詳細な描写について省略させていただく。
「どうしたの? そんなに忙しそうな格好で。確か、全国大会まではそんなに詰まってなかったと思うけど」
「あ、いやね。少し電話が」
『お、もしかして噂のプリンセスか? ちょっと話させろよ。俺から説明しとくからさ!』
「悪い! 少しこの件を調べるまで、この話は無かったことに!」
急いで電話を切ろうとするライブラリアンだったが、訝しげな顔をして近づいてきたエリアルは彼のスマホを遠慮なくぶんどった。
「もしもし?」
『お、プリンセスさん? 始めましてだな。俺は赤猿ってんだけど』
「あー! マネージャーと同じ時期に活躍してた!」
『おお、もしかして俺も知ってる!? 有名人に名が知られてるってのは気分が良いな!』
声質がエリアルのままなのに気を良くしたのか、赤猿は楽しげに喋り出す。
『今丁度、お宅のマネージャーに企画の持ち込みしてたんだよ』
「企画ですか?」
『そう。ブレイカーズ・オンラインにおける大規模バトルロワイヤル大会』
「え、なにそれ楽しそう」
掴みはばっちりだった。
ライブラリアンは頭を抱えているが、そんなことをまったく知る由もない赤猿は再び話しはじめた。
『大規模っつっても参加人数は精々が100人が限界だろうな。でも、全員が敵。しかも参加者は俺が選りすぐりの精鋭に声をかけていく。ライブラリアンはマネージャーに専念したいらしいけどな』
「もしかして、私をお誘いですか!?」
声が嬉々としている。
これはもう参加する気だ。
ライブラリアンは天を仰ぐ。
こうなったらもう誰にも彼女を止められないのを一番知っているのは他ならぬ彼だった。
『全国大会控えてるけど、出てくれるか?』
「勿論! 因みに、他にはどんな方に声をかけるつもりですか?」
『今一番の出世頭であるポッポマスター……は、今留守にしてるから難しいな』
誰だポッポマスターって。
イマイチ凄いのか凄くないのかよくわからない名前を出されて首を傾げたプリンセスだったが、その後に出てくる強豪たちには明確な反応を示す事となる。
『例えば、マスター・アルマゲドンは承諾してくれたぜ』
「ああ! あのアーマータイプ屈指の使い手の!」
『そして熊殺しのマサオも来てくれる』
「ああ! あの素手で熊を倒したっていう!」
『後、頬袋ボッチ仮面も来るぞ』
「ああ! あのリスしかお友達がいないっていう!」
「ブレイカーズ・オンラインの話でいいんだよね?」
途中から明らかにおかしな方向に向かっているが、聞いただけで凄い連中が集まっているバトルロイヤルだ。
想像したら頭がおかしくなりそうになる。
『それと、アンタが御指名の仮面狼だが、話はつけてある』
「え」
『ただ、わけあって名前は出せないから、アンタもそのつもりでいてほしい。アイツなりに結構無茶をしてバトルロイヤルに出てくれるみたいだからな』
「ほ、本当ですか! 引退したって聞いてましたけど!」
『俺の人脈嘗めなさんな。それじゃあ、詳しい日程と詳細は後でマネージャーに送っておくぜ』
そこで電話は切れた。
これ以上話すと、ライブラリアンから無理やり切られると思ったのだろう。
事実、通話が切れたと同時にプリンセスの手からスマホは取り上げられた。
「もしもし、赤猿!? ……切りやがった」
「マネージャー。どうしてそんな楽しそうな企画を黙ってたの?」
「別に黙ってたわけじゃないさ。俺だって今聞いたし」
「でも、あまり乗り気じゃ無さそう」
「そんなことはないさ」
話がエリアルに通じてしまった以上、彼女はどんな手を使ってでも企画に参加するだろう。
そこはいい。
問題は反社会勢力となってしまったかもしれない仮面狼の存在だ。
彼の人間性はライブラリアンも知っている。
ゲームの中で危険な事は持ち込まないとは思うのだが、もし本当にレジスタンス活動をしており、新人類軍がこれを追っているとしたら、変な疑いをかけられてしまうのではないだろうか。
恐らく、本人もそれを懸念して名前を隠そうとしているのだろう。
彼なりにプリンセスの身を案じ、同時に楽しみたいと考えているのだとは思う。
だが肝心の新人類軍がどう考えるかは別の話だ。
猛烈に嫌な予感を感じつつも、ライブラリアンは大きなため息をついた。




