白牙の夢
私は軍人だ。軍人だから国を守る為に武器を持つのは当たり前だし、敵と相対すれば撃退するのは当然だ。
人を殺したことさえある。
始めて人を殺した時は多少の罪悪感があった。
だが、数多の戦場を駆け抜けていくうちにそんな感情はどこかに消えてしまった。絵の具のようにどんどん薄れていって、最終的には乾いてしまう。
目の前にいるのは人間ではない。敵だ。敵は殺す。排除しなければ。
次第にそんな感情に囚われた。
私だけではない。きっと同じ飯を食った仲間たちも同じ感情を抱いていた筈だ。
相手は敵。同じ血の通った人間だと思ってはいけない。
私はそうやって己に言い聞かせ、引き金を引いてきた。
だがあの日、私の敵として現れたのは少年だった。
雪が降って視界は不安定だったが、間違いない。あいつは獣のような速度で迫り、私をあっという間に組み伏せた。所謂、少年兵という奴だ。少年は冷たい目をしていた。私を完全に虫けらのように扱い、ただの格闘戦で圧倒されてしまった。
あの少年と戦った後、どうなってしまったのかは覚えていない。
だが少年との戦いの記憶は鮮明に覚えている。
銃弾を避ける漫画のような運動神経。
猛獣のような、爪によるひっかき攻撃。
なによりも恐ろしかったのは、彼の瞳に恐れの――――いや、感情が宿っていないのだ。まるで攻撃以外の感情を失ったかのような、氷の表情。
あの雪の日、私は少年によって殺された。
圧倒的な力の差によって負けた私は、薄れゆく意識の中で考える。
どうすればあの少年のように強くなれるのだろう。
彼は新人類だ。しかもかなり鍛えられている。子供でこのレベルなら、大人になったらどんな怪物になっただろう。
私は思う。
旧人類である私が、彼を超える怪物になるにはどうすればいいだろう。
どうすれば強くなれるだろう。
どうすれば化物になれるだろう。
どうすれば彼に勝てるだろう。
彼はきっと私を忘れている。
でも私は忘れない。
適うのなら、私を強く。もっと強くなって、彼と戦いたい。
私は戦う彼の姿に魅入ってしまったのだ。
彼は人間ではない。
あの少年は芸術品だ。もっと近くで。もっと近く感じさせてくれ。その為には私も強くなければならないのだ。
その為にはこの身体なんかいらない。
もっと強くなりたいんだ。
ああ、神様。どうかこの願いを叶えてください。
できるなら、彼が怪物になったころにもう一度。
「ボスは休暇を取るべきかと思います」
アメリカで旧人類連合の指揮官に任命されてからずいぶん経った。
カイトとしてはずっと働きづめだったので、どの程度時間が流れたのかはあまり記憶にない。
このような提案を受けること自体、ナンセンスだと思う程忙しいのだ。
「いきなりなにをいう」
押しかけ秘書、イルマ・クリムゾンを睨みつける。
大統領秘書とかいう肩書を持っているが、それが今ではカイトの専属だ。新人類としても優秀な能力を持っており、融通も利かない頑固者だ。
だから、こちらからなにを言っても最終的にはイルマの意見でごり押される。いかんせん、口では既にカイトは敗北しているのだ。
「ボスはこちらに勤務なさって以来、まともな休暇がありません」
「XXXの頃からこうだ」
「しかしボスも人の子です。気分転換などは必要でしょう」
そういうとイルマはカイトのデスクへと近づいてくる。彼女はチラシをデスクに広げ、嫌そうに顔をしかめるカイトの顔を無理やりデスクへと向けた。結構な力押し作戦だった。
「なんだこれは」
「今度、ニューヨークで行われる展示会です」
「残念だが俺は美術品には特に興味はない」
「目にしていただきたいのは、この展示物です」
瞼を固定され、ばっちりとチラシの詳細が目に入る。
そこには目玉展示物として、このような代物が置かれると記載されていた。
「アルマ・ペガサス?」
「はいボス。アルマ・ペガサスです」
外見は綺麗なガラスで作られた天馬の置物だ。
だが、ただの置物ではない。
「……アルマガニウムで作成!?」
「はい。この置物はアルマガニウム製です。その為、やろうと思えばこのままブレイカーの操縦源にもなりますし、国の電気などもこれ一体で担えるでしょう」
ですが、
「注目はここに記載されていない部分です」
「俺は既にかなり驚いているんだが、まだなにかあるのか」
「ボスは純正アルマガニウム、というものを御存知でしょうか」
「初耳だな」
事実である。
アルマガニウムがあらゆるエネルギー問題を解決した凄い資材なのはよく知っているが、それを置物に――――ましてや純正などというものが存在するのも始めて知った。
「アルマガニウムが隕石から摂取されたのはご存知ですね?」
「ああ」
「資源自体は各国で話し合われ、アルマガニウムは各地に渡りました。ですが、当時のアメリカはその中でも特に貴重な部分を敢えて国連では発表せず、かすめ取ったのです」
「それが純正アルマガニウムという奴か?」
「その通りです」
「なるほど。では敢えて聞くがなんでそんなものが美術品になってしまったんだ?」
突拍子もない会話だが、イルマ・クリムゾンの性格を考えると嘘だとは考えにくい。すべてを鵜呑みにするつもりはないが、まずは疑問を解消させたかった。
「純正アルマガニウムはこれまでホワイトハウスで厳重に管理されていましたが、内部で問題が発生したのです」
「管理面か?」
「いいえ。兵器として実用すべきだと主張する人物が表立って現れたのです」
「誰だそれは」
「先代大統領、マックス・サーファイスです」
新人類王国との戦いは今も激しさを増している。二代前の大統領は資源の制限や話し合いでなんとか戦争を終結させようとしていたのだが、マックスはあくまで徹底抗戦を訴えた。
そして国民は彼を新たな大統領に選んだのだ。時代は話し合いよりも力を求めたのである。
「彼の功績は目覚ましいものがあります。旧人類連合でアメリカがリーダーでいれるのは、ウィリアム様の催眠とは別にマックス様の尽力があったからこそです。彼がいなければ、今頃アメリカはロシアの配下にあったでしょう」
「どちらでも同じことだ。新人類王国とはまだ戦争が続いているわけだからな」
「その通りです、ボス」
話は逸れたが、そのマックスがホワイトハウスで管理されていた純正アルマガニウムを兵器利用すべきだと主張したのだ。
悲しいが、旧人類連合は新人類王国と比べて技術力で大きな遅れをとっている。せめて資源面で優位に立とうと考えたのだろう。彼は力を欲し、より強力なエネルギーに手を伸ばした。
「ですが、先代――――今では2代前の大統領になりますが、彼が純正アルマガニウムによる兵器開発を恐れていたようです」
「ウィルの奴が力を使ったのか」
「はい。あのお方が歴代大統領に催眠をかけ、純正アルマガニウムの存在を知りました」
ここで話しは元に戻る。
純正アルマガニウムによる兵器開発で、恐るべき大量殺戮兵器が作られるのではないかと恐れた過去の大統領は、この純正アルマガニウムを隠してしまったのだ。
友人の工芸品職人に。
「職人に託した!?」
「ただの職人ではありません。工芸品の職人は表の顔。裏の顔はスパイというやつです」
「……そのスパイは純正アルマガニウムを守り通したわけか」
「それが、2ヶ月ほど前に殺害されてしまったのです」
「なんだと」
「幸いにも純正アルマガニウムは、アルマ・ペガサスとして加工されていました。これはウィリアム様が事前に催眠をかけ、入手した情報です」
それゆえに、アルマ・ペガサスの存在は本物であるといえた。
問題は誰がスパイを殺したか、だ。
「純正アルマガニウムを狙う組織は多いでしょう。それこそ、歴代大統領はいまだに強い権力を持っています」
「マックスあたりは確かにやりそうだな。だが、連中はアルマ・ペガサスに加工されているとは知らなかったわけか」
「その通りです」
「では聞かせてもらおうか。なんでわざわざそんな代物を管理せず、美術館に展示する。もし新人類王国の手に渡ったら大変なことになるぞ」
「実は最近、ホワイトハウスに宛ててこの様な手紙が出されたのです」
イルマが手紙を差し出した。
受けとり、中身を確認する。
「……アルマ・ペガサスの正体はわかっている。それを頂きに参りますので、どこにでも置いておいてください。指定日時に必ず頂ますからね。怪盗シェルより」
「はい、怪盗です」
イルマは真顔で、それでいて冷静に提案した。
「なのでボス。息抜きにニューヨークに訪れたついでに、アルマ・ペガサスをお守りください。ついでといってはなんですが、その怪盗はどのように処分しても構いませんので」
「お前は俺を便利屋かなにかと勘違いしていないか?」
「しかし、現時点で旧人類連合の最高戦力はボスであり、ボスのお仲間である皆さんなのは間違いありません」
相手は怪盗。
カイトは詳細を詳しく知らないが、相当自信があるようだ。あるいはただの馬鹿なのかもしれないが、アルマ・ペガサスを名指しにしているのだから笑えない。
「どこに渡っても問題にしかなりません。書類や会議は私がすべて処理しておきますので、ボスは運動をしていただければと思います」
こうして神鷹カイトの休暇が決定した。