女王様はゲームに興味を持つ
新人類王国女王、ペルゼニアには毎日欠かさぬ日課がある。
サンドバックを相手にした打ち込みだ。
「アンアンアンアンアン!」
拳の連打がサンドバックに打ち込まれる。
跳ね上がると同時に、ペルゼニアから僅かに漏れる真空の刃がバックに傷をつけた。
「アンハッピー!」
アッパーカット!
サンドバックは宙に浮く。
なぜかそれに貼り付けられた蛍石スバルの顔写真がしわくちゃになった。
「ふぅ」
いい汗をかいた、とでも言いたげに額の汗をぬぐう。
風の刃と拳を撃ち込まれ、無残な姿になったサンドバックとそれに貼り付けられたスバルの写真に視線を落とす。
あまりに無様な姿なので、つい笑ってしまった。
「ああ、楽しみね」
今にも踊りだしそうな口調でペルゼニアは語る。
傍から見れば恋い焦がれるようにも見えるその姿を見て、女王の従者は静かに瞼を閉じた。
「あら、ゼクティス。私、なにか言ったかしら?」
「はい。楽しみだ、と」
女王直属の従者であるゼクティスは静かに語る。
ペルゼニアが問えば正直に真実を語り、隠し事はしない。
それが彼女の望む事だと、ゼクティスは理解していた。
棘のついた首輪は、その忠義の証でもある。
「楽しみ。あら、私は楽しみだと言ったのね」
自分が言ったことを従者から報告され、ペルゼニアは意外そうに驚く。
彼女は時々、自分でも意図しない言葉を口にすることがあった。
何故そんな不思議なことが起こるのか、ペルゼニアには理解できない。
故に、それがわかるまではこうやって従者を傍に置くことにしていた。
無意識に出てくる自分の言葉を、逐一聞き逃さないために。
「なにが楽しみなのかしら。叩くのは楽しいけど、終わった後でしょう?」
「はい」
「ゼクティス、あなたはどう思う?」
「私、ですか」
「ええ、あなたの意見を聞かせて頂戴」
言われ、ゼクティスはやや遠慮がちに呟いた。
「やはり写真のその少年をペルゼニア様が倒したいからでは、と」
「あら! そうね! 確かにそうだわ」
正直に答えた。
だがゼクティスは同時に思う。
主君は何故、この蛍石スバルという少年にここまで拘るのだろうか、と。
徹底的にやっつけてしまいたいからだろうか。
それならサンドバックで毎日叩くのも理解できる。
しかし、それにしては執着がすぎる。
逃亡中の反逆者は彼以外にもいるし、寧ろ彼が一番無害まであった。
新人類きっての戦闘力を誇るXXXでもなく、英雄と謳われたアーガスでもなく、新生物の力を受け継いだマリリスでもなく、ペルゼニアが見ているのは蛍石スバルである。
聞けば、ペルゼニアは脱走中のスバルと出会い、そこで交流を経たらしい。
だが、たかだか十数分程度の会話だ。
たったそれだけの時間で、どうしてこうも主君は少年に執着するのだろう。
「そういえば、彼らが見つかった報告はあったのかしら?」
「いいえ。まだ聞いていません」
「そう」
この会話にしたってそうだ。
脱走時、反逆者たちは空間の狭間に飛び込んだ。
通常、そこに行けば死んでもおかしくない。
にも関わらず、ペルゼニアは生きていると強く信じている。
「不思議かしら」
「は?」
不意に声をかけられ、ゼクティスは困惑する。
我ながらなさけない声を出してしまったと後悔するも、弁明するより前にペルゼニアは言う。
「彼らが生きていると私は思ってる。でも、ゼクティスは違う。そうじゃない?」
「……ミスター・コメットの空間転移術は彼の案内があるからこそ機能します。それさえ無しに空間の狭間に飛び込んでしまえば、宇宙や海に出る確率は高いでしょう」
「ええ、確かにその確率は高いわ。でも、生きている確立もゼロじゃないのでしょう?」
だから徹底的に探し出す。
探し続ける。
例え死んでいるのなら、遺体を見つけ出す。
「勿論、ちゃんと女王はするわ。でも、楽しくいきましょう。あくまで楽しく、狩りをしなきゃ」
そこまで語り、ペルゼニアは思い出す。
「そういえば、例のゲームの準備はできているのかしら」
「ブレイカーズ・オンラインですか」
「ええ」
蛍石スバルがもっとも得意とし、新人類王国のあらゆる猛者を退けた礎。
ペルゼニアはこのゲームに興味を持っていた。
「彼はブレイカーの操縦が上手なんでしょう? だったらそれで殺してあげるのがいいと思うの」
「軍のシミュレーションもありますが」
「ゲームだけであそこまでやれるなら、私もそれにあわせるわ」
実際はカイト達が無理やり動かしたこともあるのですべてがゲームのお陰というわけではないのだが、ペルゼニアはXXXのことなどまったく眼中にない。
あくまで蛍石スバルに対してのみ意識を割いていた。
もしも彼らと戦闘になった場合、少年を守ろうとするXXXとは従者である自分や弟が戦うことになるのだろう、とゼクティスは確信する。
だが、それは望むところだ。
ゼクティスはゼクティスなりにXXX――――特に神鷹カイトが嫌いだから、ありがたい話である。
「じゃあ早速動かしてみようかしら」
「ペルゼニア様。僭越ながらよろしでしょうか」
「なに?」
主君は壊れている。
自他ともに理解しているうえ、本人すら認めていることだ。
ゆえに、そんなペルゼニアをよりサポートすべく、ゼクティスはある提案をする。
「ジャオウがブレイカーズ・オンラインについて調査をしたところ、近々全国大会なる催しがあるそうです。世界大会と考えていただければわかりやすいかと」
「あら、そういうのがあるのね。戦争中だけど、そういうのも良いと思うわ。楽しいことがないと人は生きていけないもの」
「その中で、現チャンピオンを倒したプレイヤー、という人物が出場するようです。まずはこちらを参考にしてみてはいかがでしょうか」
「あら! 世界大会が開催される前にチャンピオンに勝ったなんて凄いじゃない。ハッピーね!」
つまり、現状もっとも強いと思われるブレイカー乗りだ。
もしかすると蛍石スバルがそうかもしれないし、興味がある。
「ゼクティス。それは誰なの?」
「本名は公開されていません。動画サイトでバーチャル配信者として活動をしている、アイドルのような人物のようですね。解析したところ、少なくとも例の少年ではないようです」
「あら、そう……」
残念そうに顔を伏せる。
だが最強のブレイカー乗りに対する興味が尽きたわけではない。
もしその人物の実力が本物なら、国に招くことも考えなければならないからだ。
「バーチャル配信者ということは、動画が投稿されているのね?」
「はい。同時に、本日は全国大会とは別の大会に出場しており、その状況をライブ配信するそうです」
「あら、それは丁度いいタイミングね。それじゃあ優雅に朝食をとりながら楽しませてもらいましょう」
転がったサンドバックを力一杯蹴りつける。
床に裂け目が出来上がったと同時、ペルゼニアは優雅な微笑みを浮かべて扉に手を付ける。
「ところで、その方はなんという名前で活動しているのかしら?」
「エリアル・ブルーミー。ゲームと配信サイトの登録名は統一です。現チャンプに勝利したことから、プリンセス・ブレイカーとも呼ばれているようですね」
「ふぅん」
プリンセス・ブレイカーか。
中々いい響きだ。
そう思うと、ペルゼニアの内側から黒い感情が芽生えだす。
「それ、欲しいわね」
「はぁ」
「いい名前ね。強ければ誰かが勝手にそれらしい名前を付けるものだけど、お姫様はいいと思うの。女の子なら尚更ね」
バーチャル配信者なので女ではなくオッサンの可能性もあるのだが、ゼクティスは敢えて黙る事にする。
「だから、その子。私、狩ろうと思うわ」
短く紡がれた言葉に、従者は小さく、それでいて力強く頷いた。




