バーチャル・プリンセス
新人類王国からの脱走から数か月。
遠く離れた島国であるゲーリマルタアイランドでの生活にも大分慣れてきたある日のことである。
事件が起きた。
「スバル」
「どうかしたの? カイトさん、すっげぇ驚いた顔してるけど」
「それはこっちのセリフだ。お前、なんで朝に起きた」
獄潰しこと蛍石スバルの早朝起床である。
以前これでもかと言わんばかりに説明させてもらったが、スバルはニート予備軍である。
なぜ予備軍かといえば、彼がまだ未成年だからだ。
行こうと思えば学校に通う権利はある。
だが、彼はそれをしないうえに毎日を睡眠で貪っていた。
完全に食って寝る生活を送っているのである。
「今、とても失礼なことを言われた気がするけど、別に俺はずっと家で過ごしてるわけじゃないよ」
「ほう」
「ゲーセン以外にどっか行ってるのか?」
興味深げにエイジが問うと、瞬時に少年の顔色が悪くなった。
顔を背け、ぽつりと漏らす。
「……ゲーセン通ってます」
「小遣いがないのによく行くな」
「一応、観察するのも好きだから」
要するに、スバルの日常サイクルは『起きてご飯を食べてゲーセンでプレイを見てご飯を食って寝る』なのである。
とてもシンプルだった。
「いや、でも家に帰ってやることはあるよ!」
「ほう」
「ネットに繋いでプレイ動画見てるんじゃないんだ」
シデンが感心するようにぼやくと、スバルはやはり顔を逸らした。
気まずそうに彼は呟く。
「……ネットで有名プレイヤーの動画見てます」
「あ、うん。なんかごめん」
蛍石スバルの行動はほぼ仲間たちに理解されていた。
頼もしい反面、自分の活動バリエーションの少なさに絶望する。
これがニート予備軍の悲しさなのだろうか。
「で、結局どうして早起きしたんだ。別に見たいテレビがあるわけじゃあるまい」
「テレビはね。ただ、ライブがあるから」
「ライブ?」
マリリスが首を傾げる。
彼女の頭の中には、ステージの中央で歌って踊る綺麗な女性の姿と、それを客席で熱心に応援するスバルの姿が映し出されていた。
年頃の少女は妄想力が逞しいのである。
想像の中のスバルはオタ芸を極めていた。
「スバルさん、何時の間にあんな凄いダンスを!?」
「なんの話!?」
瞳がぐるぐると回転しているマリリスを宥めつつ、スバルは訂正した。
「別にダンスなんかしないって! ブレイカーズ・オンラインの大会が今日の朝開幕なだけでな!」
「ああ、ライブって中継のことか」
「カイちゃん、知ってる?」
「猿が妙に騒いでたから話だけは」
ブレイカーズ・オンライン。
蛍石スバルが人生の大半を捧げた対戦ゲームであり、その実は本物のブレイカーの操縦を模したものでもある。
このゲームをやりこみ過ぎたお陰でスバルはこの半年の戦いを生き抜いてこられたのである。
勿論、世間ではそんな話は通っていない。
知っているのはブレイカーの開発と運用をしている組織くらいだろう。
もし、そんなゲームの大会が開かれるなんて話になったらクレームが来ていたことだろう。
「しかし珍しいな。朝からゲームの大会の中継なんてやるのか?」
「国外だからね。時差ってのがどうしてもあるんだよ」
「ふーん」
一通り説明すると、スバルは席につく。
手早く食事を済ませて、後は画面に食らいつくつもりなのだろう。
「……俺も少し興味があるな」
「え!?」
ここで意外な人物から発言が飛びだした。
神鷹カイトである。
「意外だな。てっきり『普段からもう少し早寝しとけよ』とか言うと思ったが」
「今はゲーセンの店員だからな。猿どもも話題にするだろうし、見ていて損はない」
だが、カイトはあくまで業務優先だ。
出場選手や大会詳細については詳しく知らない。
「それで。どういう大会なんだ?」
「全国大会の前哨戦みたいな感じだよ。予選大会から勝ち抜いたプレイヤーが顔見せ程度に戦って、本番に向けてがんばりましょうって感じの」
ただ、いつものと少し違うのは、
「でも、今回から特別参加枠が設けられたんだ」
「なんだそれは」
「オンライン代表の参加枠」
これまでは国ごとに代表選手を募って予選を行い、最終的に勝ち抜いた国の選手が優勝、というシンプルな全国大会だった。
ところが、ここに新たな国境――――すなわちオンライン代表が誕生したのである。
「もしかしてお前が見たいのは、そのオンライン代表か?」
「そういうこと」
「でも、オンラインでもどこかの国に住んでる住民なんじゃないの?」
「オンライン代表と言っても、色々とあるんだよ。有名な実況プレイヤーならまだしも、顔を隠してバーチャルアバターを使ってる人なんかは身元ばれたら困るじゃん?」
「なるほど。要するにオンライン代表というのはバーチャル配信者か」
「なんですか、それ」
マリリスが疑問を提示する。
あまり実況動画を見ない彼女にとっては聞き慣れない単語だったのだろう。
「動画配信サイトなんかで架空のキャラクターのアバターを使ってる実況者をそう呼ぶんだよ」
「へぇ、そういう方がいらっしゃるんですね!」
「人気がある奴だとカルト的な信者がいるな。俺のゲーセンでもキャラクターグッズが置かれてる」
そういう連中もひとつのカテゴリとして認められたということだろうか。
いずれにせよ代表として選出されているのだから、確かな実力を持ったプレイヤーなのだろう。
「前から見てる実況プレイヤーなんかは知ってるけど、そういう人たちはあまりチェックしてなかったからね。赤猿からおススメしてもらった奴の試合だけでも見とこうかなって」
「誰なの、そのプレイヤーって」
「プリンセス・ブレイカーって呼ばれてるらしいよ」
ブレイカーのお姫様。
そう捉えるとなんとも自信に満ち溢れている気がする。
「勿論、本来の活動名は別だよ。でも、あまりに強すぎてそんな綽名がついたんだって」
ゲームで強いプレイヤーにはミスター○○といったように綽名がつくことがある。
彼女も例に漏れずについたわけだが、
「凄いのは、ここ1年で一気に伸びた超新星ってことかな」
「これまでの戦績は?」
「公式戦はこれが初めてだよ。ただ」
ここからが恐ろしい話だ。
彼女はバーチャル配信を始めてから、あるイベントを開催するようになったという。
「有名プレイヤーとオンライン対戦をするようになってね。そこで357連勝したらしいよ」
「357連勝!?」
「しかも、その途中で現役のチャンピオンも倒しちゃったらしいから、今大会最注目選手ってわけ」
凄まじい数字だ。
恐らく、軍に所属しているパイロットでさえそんな結果は出せないだろう。
「プリンセスってことは、女の子なの?」
「アバターはな。でもキャラになりきってるわけだから、もしかするとオッサンかもしれない」
「カイトさん、夢を奪うような発言は止めて」
なんにせよ、このプリンセスの異名をとるプレイヤーの実力をしっかりとこの目に焼き付けておきたい。
しばしの間ブレイカーの操縦ができていないスバルにとって、強いプレイヤーの動きを見ることこそが快感だった。




