モト・ドーリ
ノブヒコの野望が潰え、歴史が修復されていく。
その証明はいち早くミズキが示してくれた。
「タイムパトロール本部と連絡が繋がりました! ノブヒコ達による歴史改善の影響は修正。タキオン粒子も安定しているようです!」
「それはなにより」
報告を聞いても、時間旅行に疎いカイトたちは『タキオン粒子が安定と言われても』と微妙な表情を返すしかないのだが、ここは敢えて黙る。
大事なのは狂った歴史が元に戻ったことだ。
今は素直にそれを嬉しく思おう。
「だが、本来の歴史だとノブヒコが死んだのは家臣の謀反が原因だろう。この時点で相当暴れてる上にブレイカーまで出張ったが、大丈夫なのか?」
「そこはご安心ください。歴史が改変されるであろう焦点は既に把握していますから、後から本部が狐を取り押さえれば大丈夫です。それがうまくいけば本来の歴史通りに事が進むはずですよ」
何度か説明を受けているが、この辺の流れは雰囲気で把握するしかなかった。
なんにせよ、新人とはいえプロが『大丈夫』だというならそれを信頼しよう。
寧ろ、そうでなければ困る。
「じゃあ、本部がうまくやってくれればアレもなんとかなるんだな」
カイトが後ろを指でさす。
「それじゃあ、これからまた行ってきます!」
エクシィズが時間を超越して少し前の過去へ飛ぶ。
消えたかと思えば、即座に戻ってきて、再び過去の時間へと飛ぶ。
スバルは4519回分の出撃を繰り返していた。
「確か4か月でローンを組んだとか言っていたが」
「あ、はい」
まさか4か月間ずっとあの調子で出撃を繰り返すつもりなのかと本気で心配し始めたカイトは、このローンがどうなってしまうのかを問いだす。
「勿論、歴史がうまく修正されればあのノブヒコ城も完成しないわけですから、彼の出撃した事実も消滅します。この辺は因果関係の消滅にあたるお話ですので……」
「そうか。じゃあ、後は本部に任せればいい、と」
「はい。皆さん、お疲れ様でした!」
ミズキがお辞儀をした途端、集まった仲間たちが一斉に騒ぎ始めた。
スバルがあらゆる未来から集めた不思議な集団は、種族や時代を超えて笑顔で語り始める。
「あ、そういえば」
「ぬ」
なにかを思い出し、ミズキがひそひそと耳打ちし始めた。
どうやらカイトだけに聞かせたい話らしい。
「当然ですが、今回の件は皆さんの記憶から消されます。あなたにとって……というより、人類にとって有意義な情報が幾つか伝えられたのも事実なのですが、どうかそこはご勘弁を」
「ミストラルとかいう奴か」
未来ではアルマガニウムのせいで危険な地球外生命体が飛来するらしい。
人類はそれの対処に苦労したようだが、もしかするとその力を早い段階で受け継いでいるカイトの協力があれば、もっとうまく立ち回れるようになるかもしれなかった。
勿論、ミストラルの襲来そのものを自分たちの時代に持ち帰ることができたなら更に上出来だろう。
「……いい。後のことは、その時に生きてる連中でなんとかするもんだ」
腕を組み、語らい合う未来の同志たちを眺める。
彼らの大半と自分は会う機会はないだろうと思いつつ、口を開けた。
「それに、結果的にはなんとかしてるんだろう。だったら俺が心配するだけ損な話だ」
「でも、気になりませんか?」
「気にはする。だが、俺がどうにかできる話でもない。記憶は消えるんだろう?」
「まあ、そうですけど」
「だったらこの話はこれで終わりだ」
顔を背けるように振り返り、カイトはミズキへと向き直った。
新米タイムパトロール隊員に最後の挨拶くらいはしておこうと思い、彼女への言葉を考える。
その瞬間に、歴史は完全に正しく修正された。
前触れなく元の軌道に戻ったタキオン粒子が彼らを包み込み、各々の時代と記憶のみを荷物として送り届けていく。
ゲーリマルタアイランドに移り住んでから数か月。
最初の内はトラブルがあった物の、なんとかうまくやっていけている。
「カイトさん、おはよう」
「もう昼だぞ」
唯一、蛍石スバルだけが職を見つけずにだらだらと日常を過ごしているのを除いては、だが。
「他の皆は?」
「全員仕事だ。俺は今日、休み」
「大家さんは?」
「晩飯の買い物だそうだ」
外で住民全員の洗濯物を干し、カイトは続ける。
「お前はどうする。なにか予定でもあるのか?」
「いや、特には……」
「ゲーセンは自分の稼いだ金で行けよ」
「うぐ」
早速行先を察知され、先手を取られた。
蛍石スバル、16歳。
そろそろ17歳が見えてきたが、無職ではお小遣いはもらえなかった。
いかんせん同じ年頃のマリリスが積極的に働きに出ているので、どうしても働きに出ていないスバルは扱いが低くなってしまう。
「昼飯は昨日の残り物でいいか?」
「文句は言いませんとも。獄潰しですから」
「拗ねるな。とっととバイト先でも探すんだな」
「うー……」
直接『俺たちが食わせてやってるんだぞ』とは言わない辺り、まだ優しさは感じられる。
大家さんとはそれなりに良好な友好関係を構築していると自負しているが、いかんせん自分たちは住民で彼女は大家だ。
大家が好意で置いてくれているとはいえ、いつまでもニート同然の生活をしているのはあまり好ましくない。
自覚はあるが、中々行動に移せないでいるのは具体的に『なにを仕事にしているか』のビジョンが浮かばなかったからだ。
昔からの夢なんかあればまだいいのだが、いかんせんゲームしかやってこなかったスバルである。
プロゲーマーなんてのも考えたが、自分の腕では中途半端なところまでしかいけないのは目に見えている。
今日くらいは真面目に職探しのチラシでも見てみるかと考えた矢先、
「そういえばカイトさん」
「なんだ」
「俺らの家って、無事だよね」
言われ、カイトは振り向く。
なんの変哲もない、いつも見ているアパートがそこにはあった。
「無事だな。なにかあったか?」
「いや、特には無かったと思うけど」
特にはなにもない。
それは事実だ。
そもそも起き抜けにアパートから出てきたのだから、普通はなにかある筈がないのである。
「なんか、こう。凄く忙しかった気がする」
「奇遇だな。俺もだ」
奇妙な感覚だ。
言葉では説明ができず、感覚だけが妙に違和感を訴えている。
少し気持ち悪い。
気持ち悪いがしかし、今はこの時間を大切にしたいと思う。
カイトは数歩前に進むと、スバルの頭をポン、と叩いた。
「なにもないのは案外いいことだ。それだけ平和だってことだからな」
「でも、バイト先は探せって言ってなかった?」
「仕事はしろ。稼げ。そのうえで噛み締めるのが平和だ」
「……昼まで寝転んでるのも平和な気がしない?」
「それはそれ、これはこれだ。保護されている内はいいが、自分だけになった時は自分でどうにかしろよ」
だから若い内になにかしらやっておいた方がいい。
別に将来のためにこの仕事をやれとは言わない。
この先、何年生きているかは知らないが、できればスバルが立派に社会で活躍している姿を拝んでみたいものだ。
「それまでは手助けしてやる。俺なりにな」
「そりゃあどーも」
不貞腐れつつ、スバルは部屋へと戻っていく。
そんな彼の後姿を見守り、カイトは微笑を浮かべた。




