閑話 どうしようもない僕のもとに降りてきた守護機神
歪んだ歴史を生んだノブヒコの野望は潰えた。
城は消え、遥か未来からの技術もすべて破壊され、歴史は緩やかに戻ろうとしている。
だが、それを快く思わない者がいた。
当初のタイムトラベラー・狐である。
「おいたわしや、ノブヒコ様。あなた様の天下はすぐそこまでだったのに」
ノブヒコが自力でタイムトラベラーになるのは予想外だったが、ここまではいい流れだった。
狐の目的はあくまでノブヒコによる天下統一。
そこに自分がいようがいまいが、どうでもいいことなのだ。
あくまで人類の歴史には常にノブヒコがいるという未来こそが、彼の望む歴史である。
だが、それも見事に潰えてしまった。
2000年代の超人たちの手によって。
「ご安心なされよ。この狐、今度こそあなたの為に動きましょうぞ。あのような連中を消す手段など、タイムマシーンさえあればいくらでもありますからな」
今はいない主君に捧げる為、狐は敢えて言葉を漏らす。
天下を取るべき名将が消えてしまったのを見た彼は、既に放心していた。
それでも一途の希望にしがみついている。
タイムマシーンを手に入れる術だって、彼には残されていないのに。
「しばしのお待ちを。奴らが消えた後こそが好機でございますゆえ。そうすれば私がタイムパトロールの本隊から見事、タイムマシーンを奪ってみせましょうぞ」
傍から見ればそれなりに計画は練られているように見えるが、内心は冷静ではいられていない。
口に出して自分に言い聞かせているだけだ。
狐自身、それはよく理解している。
そうしないと、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。
「この狐。今度こそ、奴らの存在を消してでもあなたに天下をもたらしましょうぞ」
「それは困るな」
直後、狐の視界が暗転した。
同時に身体が落下していく。
暗闇の中に突き落とされたのだ。
誰がどうやって、という疑問は既にない。
問題なのは、このタイミングで何者かが『襲撃』してきたことだ。
ノブヒコの天下がこれ以上遠のくのは、絶対に避けなければならない。
自分が危機に陥るのは許されることではないのだ。
「何者か!」
落下していく身体の姿勢を正す。
途中、目を凝らして敵の姿を探るが、暗闇が広がるだけでなにも見つけることができなかった。
「名乗る程の者じゃないさ」
「では、なんの用か」
「無論、ここでアンタを消す」
暗闇から赤い光りが見えた。
ぼんやりと輝くそれを目にして、狐は身構える。
「むぅ!」
光が見えた途端、攻撃が来るのかと思った。
しかし、光は輝くだけでなにもしてこない。
「ブレイカー、なのか?」
姿は見えない。
稼働音も聞こえない。
アルマガニウム独自の光が噴出しているわけでもない。
だが、赤い光りの本体は確かにそこにいた。
その強大な存在感を前にして、狐は思わずその単語を口にする。
「少し、違うな」
答え合わせをするかのようにして闇が具現化していく。
赤い光りはそのままに、顔の輪郭が。
胴体が。
ウィングが。
手足が。
それぞれ具現化していき、形を成す。
「確かに形はブレイカーかもしれない。だがこの存在は、もはやそのような名前では表現しえない!」
なぜならば彼は絶対的な自信と共にその名を冠している。
その名こそ、
「エル・マデュラの守護機神。我こそケイオスダイン!」
くぐもった声だ。
まるで機械かなにかで編集されたかのような、ノイズだらけの音声。
ゆえにケイオスダインと名乗る巨大な機械の巨人が、男なのか女なのかは判断できない。
だが、存在感は確かにあった。
それも狐を圧倒的に上回るスケールで、だ。
「アンタを逃がすわけにはいかない。逃がしたら、みんなが守った歴史が消え去ってしまう。だから先に、ここで消えてもらう」
「あ、あ――――」
狐の声が震える。
抵抗する気配もない。
当然だ。
彼の肉体は今、ゆっくりと溶けていっているのだから。
「あああああああああああああああ! なんだこれは! 身体が、溶け」
「言った筈だ。消えてもらう、と」
その言葉に偽りなし。
光学兵器で焼き殺すことなどしない。
巨大な物質兵器で押し潰す必要などない。
ケイオスダインはやろうと思えば、闇の中に人を溶かせるのだから。
「エル・マデュラは暗闇の世界。その世界を司るケイオスダインは、そのまま闇を司る」
闇は人を飲み込む。
海のように無限に広がり、そして巨大な渦となって押し潰す。
ケイオスダインはそうやって世界を滅ぼしてきた。
この力は本来なら、極力使いたくはない。
だけどこれでかなりセーブしているのだ。
全力でやってしまったら、外にいる彼らすら溶かしかねない。
それは今のケイオスダインの望むところではなかった。
「じゃあ、さようなら」
せめてもの慈悲として、別れの言葉を投げかける。
それがこの世界との完全なる決別の合図だ。
恐怖する間もなく、ここで君の命が終わるのだと宣告しよう。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
狐に闇が覆い被さった。
黒い液体はそのまま狐を覆い尽くすと、一瞬で消し飛んでしまう。
否、正確にはその場に溶けたのだ。
そしてケイオスダインが司る闇の中へと帰化したのだ。
取り込んだ生物など、この瞬間に消滅している。
「終わった……一応、応援に来た甲斐はあったわけか」
ケイオスダインが天を仰ぐ。
僅かに光が漏れた。
外の景色が小さく見える。
そこにはこの大騒動を解決した者たちが集まっているわけだが、この中の何人かの顔を見て、神は小さく呟いた。
「まだ、ケイオスダインは見せるわけにはいかないよな」
恐らく、あそこにいるアルフレッド・エルカはまだケイオスダインの全貌を知らない筈だ。
彼だけではない。
課金兵と共に運命を見た者たちはきっと、この姿を見たら混乱するだろう。
ケイオスダインにとって彼らとの出会いは過去のことだが、彼らにとっては未来の出来事だ。
だからきっと表に出るべきではない。
少なくとも今は。
出会いは最悪だったけども、未来でもう一度再会しよう。
闇に蠢く守護機神が沈黙する。
再度その姿を暗黒の中に溶かしていくと、鼓動のように輝いていた赤い光りは輝きを失った。




