96の僕から16の僕に
蛍石スバル、96歳。
既に心残りがない彼は延命を断り、自宅での安らかな最期を望んでいた。
「おじいちゃん、苦しくない?」
「ああ、大丈夫だよ」
よぼよぼになり、動けなくなった自分にとって幸いなのは孫娘がいたことだろうか。
色々と事情があって喧嘩が絶えなかったが、今ではこうして面倒を見てくれる。
本当に、感謝してもし足りない。
「ねえ、本当に何もしなくていいの? おじいちゃん、折角家にいるんだから……」
「いいんだ。最後にこの家で過ごせるのが、嬉しいから」
今ではもう人が住んでいない街、ヒメヅル。
若い時はパン屋を経営していたその家で、彼は最期を迎えようとしていた。
流石に孫に合わせてリフォームをしたが、あの時の景色はこの年になった今でも忘れられない。
親友が遊びに来たことも、父親とご飯を食べたのも、居候が機械を壊してオロオロとしていたのも全部いい思い出だ。
だが、思い出を彩った彼らは先にいってしまった。
父は戦時中に死に。
仲間たちもその大半が殺され。
生き残った親友や、新たな仲間とも冷凍睡眠でお別れした。
自分が最後だ。
あの泥だらけでありながら、どこか輝いていた時代に取り残されたものは、もうない。
心残りになるものも全部解決した。
唯一、気がかりなのは孫娘だが、彼女は自分に似ないでしっかりしているうえに優秀だ。
祖父として鼻が高い。
同居人の『あの人』に是非自慢したいと常々思っていたのだが、その日も近づいてきている。
「それじゃあ、おじいちゃん。私、買い物に行ってくるから」
「ああ。行っておいで」
横になったまま、天井を見上げる。
ひとりになった。
この瞬間にやってくる静寂が、何時自分を運んでいくのだろうと、少し身構えてしまう。
「し、失礼しまーす……」
窓が開かれた。
風が吹いてくるのを感じ、スバルは横を見やる。
「君は……」
「ごめんください。えっと、96歳の俺で合ってます?」
どこか申し訳なさげに頭を下げながら問うてくる少年が、何時の間にか目の前にいた。
自分も良く知っている少年だ。
一番辛かった時期を生き抜いた、自分自身の姿だからだ。
「どうして君が」
そもそもタイムスリップをした経験など、スバルにはない。
疑問は尽きないが老人スバルだが、少年スバルは構わずに問いかけた。
「俺がわかるなら、すみません。こっちには時間がないから単刀直入に聞きますね」
これまでの経緯を纏めて、少年はよぼよぼになった自分へと伝えた。
歴史が大きく変化しようとしていること。
それを食い止めるために戦ったこと。
更なる歴史改変を企むノブヒコの乱入。
そして、神鷹カイトがこれを食い止めていることも。
「……その名前を聞いたのは、もう何年振りになるかな」
歴史が狐の手によって塗り潰されても尚、スバルが存在し、カイトの記憶がある。
それはまさに歴史が元に戻るか、変わろうとしているかの瀬戸際であるとも言えた。
「教えてくれ。何に乗ったらあの人の力になれるんだ!?」
「半端な機体じゃあ、足手纏いだからな……」
蛍石スバルは始めてブレイカーに乗った時から、ずっと乗り続けてきた超ベテランだ。
この2300年の時代でもコールドスリープを通じて様々な機体を乗りこなしている。
だが、それでも。
神鷹カイトの助けになり、切り札になりえるマシンはひとつしかありえない。
「だったら自分の時代に戻るんだ。そこでアレを使うといい」
「2300年じゃなくて、俺の時代に!?」
「ああ。丁度、その時期には作られている筈だよ。エクシィズが」
始めて聞く名前だった。
古今東西、あらゆるブレイカーを知り尽くした少年スバルが、その時代に知らない機体。
どんな機体なのかと一瞬気になったが、自分が推してくるのだ。
そこに疑う余地など、絶対にない。
「わかった。それは、どこに?」
「ウィリアムさんの基地にある筈だ。だけど、」
老人は一瞬言いよどむ。
だが、何かを決意したように唇を噛み締めると、少年スバルの袖を握りしめた。
「気を付けろ。あれは5分乗ったら死ぬ、悪魔のマシンだ」
「たった5分!?」
「そうだ。凄まじいパワーで、乗った人間までも負担を背負う羽目になる」
しかし、その分力を届けてくれる。
地獄のような戦場で送り届けられたそれを思いだし、少年に向けて紡いだ。
「お前が知る、XXXのすべてを、あれは届けてくれる。パスワードが書いてある紙が、そのタンスの上の写真立ての中にある。それを持って行け」
言われ、少年は写真を目視する。
見たことがない人たちに囲まれた自分が映っていた。
気持ち、少し大人びている気がする。
きっとあれが、大きくなった自分の姿なのだろう。
「その写真、知らない奴が映っているだろ?」
「うん」
不思議な事に、今の自分が知っている人物がひとりもいなかった。
「彼らにも、声をかけてみるといい」
「え」
「それ、冷凍睡眠する前に撮影したんだ。その時に使った連絡先も、同じところに入っている」
写真立てから紙を抜き出す。
汚い文字で書かれた文字の羅列と、住所と名前が書かれているものが2枚。
前者には、指でなぞらえたかのような『XYZ』が記されており、それが何かしらの特別な暗号なのだと察するのにそこまで時間はかからなかった。
「でも、助けてくれる? 俺、まだこの人たちのこと、知らないのに」
「お前は、どうなんだ」
蛍石スバル、96歳。
彼は知っている。
父、マサキからの教訓を学び、困った人を助け、貧乏くじを引いたとしても自身の信じる物の為に戦ってきた。
辛く、険しい道だった。
だけども、その分強く主張しよう。
故に、心残りはないのだ、と。
「信じろ。これからの自分を」
「……うん!」
振り向き、少年は走り出す。
若き日の自分が消えていくのを見届けると、老人は静寂に包まれた。
「は、ははは」
笑みがこぼれる。
最後の最後に不思議な出来事を体験させてもらった。
自分の記憶にはないが、きっと若き日の自分も何かしらの事情で同じことをして、記憶が封印されたのだろう。
またひとつ、土産話ができた。
そんなことを考えていると、暖かい光がスバルを包み込んだ。
「あ――――」
息が苦しい。
何度か呼吸をしようとして失敗し、『あ』と『ん』という音を繰り返し発した。
遂に迎えが来たのか。
なんとなく思うと同時、身体が軽くなる。
苦しみを受け入れた直後、視界がフラッシュバックした。
「よ」
懐かしい声が聞こえる。
光の中で姿は見えないが、そこに確かに『彼』がいることを理解した。
「ごめん。土産話用意しようと思ったら、たくさん持ってき過ぎちゃった」
「そうか」
いつもの3文字。
短い返答だが、そこに優しさがあった。
「随分かかったな。まさか、300年も生きてるとは思わなかったが」
「そっちはどうなのさ。まさか、300年も待ってくれてたの?」
「そんなわけないだろ。ただ、」
「ただ?」
「200年近く働いたから、少しだけ我儘を通してもらうことができたんだ。これは、その一環かな」
背中を叩かれる。
勢いに任せて数歩前に出ると、そこには見知った筐体があった。
懐かしいゲーム画面が表示されると、機体選択を迫られる。
「じゃあ、やるか」
「もう!?」
「そりゃあそうだ。そういう約束だったし」
相手が機体を選択する。
彼は向こう側にいるのだろうか。
いや、そんなことを確認する必要はない。
スバルは微笑み、椅子に座る。
「時間設定は?」
「ない。ずっと制限時間と一緒に戦ってきたが、今回ばかりは遠慮してもらった」
「じゃあ、話す余裕もある訳だ」
「そうだな」
選択画面の機体を眺める。
どれもこれも見たことがあるものばかりだ。
きっと、思う存分遊ぶために用意してきたのだろう。
時間は大量にある。
だったら、大量の土産話も少しずつ展開していこうではないか。
折角彼が、ここまで気合を入れて準備してくれたのだから。
「ねえ、カイトさん――――」
光がふたりを包みこんでいく。
これまで蛍石スバルと関わり、先に旅立った光が、彼を迎えに来たのだ。
光はやがて大きなうねりとなってスバルを受け入れ、星のように輝きを放った。




