ビューティフル・モノノフ・アガキチ
スバル達がいた時代ではトラセットと呼ばれる国が存在する。
トラセットの歴史は浅い。元々はアルマガニウムのエネルギーを発する大樹のお陰で独立した経緯がある上、殆どは移民によって成り立っていた。
指導者であるダートシルヴィー家も同様である。
彼らのルーツは遠い東方の地、日本。
武士として生まれ、戦乱の世を生き抜いた陀戸汁美・アガキチ。
彼は天下統一の後に海へ旅立ち、そのまま異国の土地で子を授かったとされている。
「ふぅーううううううううううううううぅ!」
今、そのアガキチは奇声を発しながら天狗の前で頭を垂れた。
「お初にお目にかかります、天狗様。私はアガキチ。この戦乱の世に咲いた、一輪の美しき花でございまする」
『あ、はい』
コックピット内でその様子を眺め、確信する。
間違いない、と。
この1582年において、こんなナルシストの塊のような自己紹介をする男がいるのだろうか。
いるとしたら間違いなく現代でもナルシストの塊の祖先に違いない。
すなわち、アガキチこそがアーガス・ダートシルヴィーの祖先なのだ。間違いない。スバルの遺伝子に刻まれた美への警戒心がアラートを鳴らしまくっていた。
「アガキチ、後ろへ。イシナリ様がご挨拶をする」
「おお、これは失礼。なにしろ私、天狗様が憧れなもので」
言うとアガキチは悪びれた様子もなく、いそいそとポリーンへ歩み寄った。
くねくねと腰を捻らせながらも、軽快なステップで一つ目巨人の足に頬ずりを始める。
「ああ、これが憧れの天狗様の足。御足なのですか!」
「お、おいアガキチ」
「なにか!?」
物凄い形相で吼えた。
一応、アガキチの上に立つはずのイシナリもお供と共にドン引きしている始末である。
スバルもコックピットの中で引いていた。
尚、ミズキはスバルの後ろで『うわぁ』とコメントを漏らしており、カイトは汚い物を見るかのような目でこの光景を眺めている。ついでに捕捉すると、エレノアはそんなカイトの侮蔑の眼差しをみて興奮していた。
「い、いや。なんでもない。天狗殿との出会いに感極まっているのであれば、しばし余韻に浸るとよかろう」
「ありがたき!」
イシナリとの問答を終えると、アガキチは芋虫のような動きでポリーンの脚部に絡みつき始めた。
重い鎧を装着した状態でよくもここまで動ける、と感心してしまう。それと同時に幸せそうにポリーンに絡みつく男の姿はとても気持ち悪かったのだが、元の時代でも割と見てきた光景なので敢えて無視することにした。
今はイシナリたちと会話をして、情報を引き出すのが優先である。
あくまで天狗として。
『お前がイシナリか?』
威厳がありそうな口調で尋ねる。
「いかにも。天狗殿、まずは助けていただいた礼を言いたい」
『構わん。礼を言いたいのであれば、大天狗様の問いかけに答えるのだ』
ここで操縦席の後ろからミズキが小さな声で尋ねてきた。
『大天狗様ってなに?』
『勢いで出てきた。深くは聞かないで』
今更ながら、この少年に任せて大丈夫なのか。
とても不安になったタイムパトロール隊員だが、一度許してしまったのも事実。溜息をつきながらも、情報の記録に専念しはじめる。
『ではイシナリよ、そなたの隣にいるのは汝の部下か?』
天狗役を務めるスバルが問う。
すると、イシナリの後ろに控えていたふたりが前へと出た。
「小林・ヨシヒデと申します」
「同じく光智・ミツアキと申します。共にイシナリ軍として、煩悩寺に攻め入りました」
ところが、そこで出てきたのは変わり果てた姿となったモリマルだった。
まずはそこから問いだしていく。
『奴はモリマルと名乗っていたな。アイツは何時からあの姿に?』
「天狗殿。誤解があるようですが、モリマルはつい先日までは人間でした」
それが唐突にブレイカーとなってイシナリ軍に襲いかかってきた。
確かに謀反を起こしたとはいえ、たったひとりだけで迎撃するだけの力を得たのだ。
しかもほんのわずかな時間で、だ。
「確かにモリマルと名乗っておりましたが、しかし。アレは本当にモリマルなのですか」
『本当だ』
疑問に思うのは分かる。
だがスバルはカイトになったつもりで、冷徹に結論を伝えた。
『こちらが敵視しているのは、そのモリマルをあの姿に変えた者である。お前たち、心当たりはないか?』
「それでしたら間違いなく狐めの仕業でございましょう!」
腰のあたりまで登ってきたアガキチが、眩しい笑顔で答えてきた。
視線を合わせたくない。
無理やり視線の端にアガキチの顔を収めつつ、スバルは問う。
『狐とは?』
「突如ノブヒコ様に取り次いできたお面の者でございます。何もない所から現れる妖術を使うあの者であれば、モリマルをあの姿にしたのも頷けるというものです!」
『お面の者……イシナリ、それは確かか?』
「真実でございます。俄かには信じがたいかと思われますが、狐と名乗る者は我らの前でも信じられない妖術を使い、自分の優位性をノブヒコ様に見せたのです」
その結果、狐は織田の軍門に入った。
なにを要求するわけでもない。これまでの戦でも、直接介入してくる事は無かった。
「しかし、それが今になって……」
寧ろ、今だからだろう。
狐と名乗る者――――タイムパラドックスが始めて動くのは、歴史の流れを大きく変える時。
つまり今だ。
『その狐は今どこに?』
「恐らく、ノブヒコの傍にいるものかと」
『ノブヒコは』
「狐の術を使えば、織田城まで戻るのも不可能ではないかと。あそこが、あの方にとって一番安全な場所でしょうからな」
背後でミズキが織田城の位置を調べる。
コンピュータが即座に座標を割り出したところで、タイムマシーンに警報が鳴り響いた。
「何事か!?」
『どうした!?』
『敵です。ブレイカー反応が3機』
『種類は!?』
『3機ともアニマルタイプです。ただし、いずれもデータに存在しません』
さっき戦ったモリマルや量産タイプのブレイカーではない。
となれば、
「特機か」
エレノアの傍でやりとりを見守っていたカイトが立ち上がる。
「エレノア、準備の方は?」
「加工は終わって本体にも取り付け終わってる。後はスバル君がどの武器を選ぶかで、お好みの出力調整をしたかったんだけど」
どうもその時間はないらしい。
「聞いた通りだ。スバル、こっちは最低限の準備はできてる。後はお前次第だ」
『了解!』
シートベルトを装着し、後ろの未来人に語る。
『悪いけど、降ろしてる暇はなさそうだ。一緒に乗ってって!』
『ええ!?』
『了解しました。こちらはデータの採取に務めます』
『ちょっとコンピュータ!?』
一歩、前へと踏み出す。
『退け、イシナリ! 今からモリマルの同類をぶっ潰しにいくぞ!』
「おお!?」
一つ目巨人の圧倒的な迫力に気圧されながら、イシナリ達はその場から非難。
ハッチがゆっくりと開いていく間に格納庫に飾られた予備の武器を幾つか拝借し、装備し終えるとスバルの目つきが鋭くなった。
『よし、これで怖い物はないぜ。出るよ!』
背中の飛行ユニットが起動する。
猛烈な加速を身に纏いつつ、ポリーンはタイムマシーンから飛び立っていった。
「あ」
「どうしたの?」
ポリーンの腰から飛び降りて離脱していたカイトとエレノアだったが、飛び立った後にある事に気付いた。
「あのアガキチとかいう奴を降ろすの忘れてた」
「……確か、彼って降りてないよね?」
「しがみついたままだったな。芋虫みたいに」
その場で考える。
ややあった後、カイトはある結論を出した。
「未来で奴の子孫が生きてるんだ。放っておいてもどうにかなるだろ」
「そっか」
「そうだ」
スバル達の方はこれで問題ない。
あるとすれば、タイムマシーンに残っているイシナリ達の方だろう。
「どうしたのさ。怖い目しちゃって」
「気付いているか?」
「何に」
以前、スバルに社会の勉強を教えていた。
故にカイトは知っている。
本来の歴史なら、ノブヒコの後に天下を統一する人物の名前を。
「小林・ヨシヒデ。アイツは、この後の歴史で天下統一を果たす男だ。イシナリを殺した後でな」
「へぇ、そうなんだ」
どうでもよさげに笑うエレノアだったが、即座に視線をカイトに戻す。
「で、君はこう考えているわけだ。どうしてヨシヒデがイシナリの部下として動いているのかって」
「所詮、俺が知っているのは教科書に書かれたことだ。実際になにがあったのかまでは知らないが……」
それにしたってあからさまにおかしい。
本来なら煩悩時の変の後、イシナリを即座に殺したとされているヨシヒデが、どうして部下という立場にいるのだろう。
「……ついて来い。少し、アイツらをマークする」
「はいはい。君の頼みとあれば」
飛び立っていった天狗様を見届けつつ、呆然とする3人の武士。
もしかすると、まだ気付いていないタイムパラドックスが起きているのではないだろうか。
カイトは一歩一歩、注意しながら彼らに近づいていく。




