フューチャー・フォックス
部下が自分を裏切ると予言されたのは少し前の話だ。
ノブヒコは自らを非道の将であると自覚している。裏切りもこれまで多く経験してきた。故に、誰が裏切るところで豪快に『わはは』と笑い飛ばす自信がある。普通ならば。
しかし今回ばかりは普通ではなかった。
イシナリが裏切ると聞いて、さほど不思議とは思わない。問題なのは警告してきた方にある。食事中に急に現れ、自らを1500年も先の未来からやってきたと自己紹介してきたのだからぶっ飛んでいる。危うく魚の骨を喉に詰まらせるところだった。
もちろん、最初は半信半疑だった。
何もないところから突然現れたとはいえ、ノブヒコの前に現れた自称未来人がどこまで信用できるものだろう。天下に最も近いと呼ばれるノブヒコでなくともそう思うはずだ。
「いかがでしょう、ノブヒコ様」
そんな未来人は今、ノブヒコの前で頭を垂れていた。
狐の面を被り、全身を黒い布で覆ったそれは、どこぞの役者のようにも見える。
「私が仰ったとおりでしょう。イシナリは裏切り、煩悩時は火に包まれました。私がいなければ、今頃はノブヒコ様も倒れていたことでしょう」
「モリマルのように、か」
認めよう。
この怪しい狐のお面が未来人であることを。無礼華亜など出され、イシナリの兵を蹂躙する様子を見せられては嫌でも納得するしかない。
しかし信用に足りるかどうかはまた別の話だ。
「モリマルめが無礼華亜とやらになるのはあ奴自身が望んだこと。その事について非難するつもりはない」
「ありがたきお言葉です」
「だが狐。そなたは言ったな。無礼華亜は簡単に倒せるものではない、と」
「は。確かに」
「では、あれはなにか」
もにたぁ、と呼ばれる薄い皿のようなものを眺める。
鋼の巨人となったモリマルが同じ大きさの鋼の巨人と戦い、最終的には人間によって顔面を切り裂かれるという、にわかには信じがたいものが映し出されているではないか。
狐がいうには、これは実際に起きた出来事が映し出されているのだという。
「イシナリの軍を退けたモリマルを更に退けた、あの武士はいかなるものか」
「武士とおっしゃいますか。 あのような暴挙に出るものを」
「いかなる時代であっても果敢に挑み、向かう者がいればそれは武士である。答えよ狐。あの武士どもは貴様らの連れか?」
「いいえ。誓ってそのようなことは」
寧ろ、
「ノブヒコ様の天下統一の邪魔をするのなら、いかなる武士であろうとも我らの敵。あのようなものどもが現れるのは、私の失策でございます」
「狐よ。貴様も予期しなかったというのか。あの武士が現れることを」
「はっ」
ふかぶかと頭を下げる。ノブヒコがその気になれば、すぐさま首を切れる姿勢だ。
狐は武器のような物を一切用意していない。
己の部下でさえ、この場に立ち会わせることをしなかった。
まるで自分が、ノブヒコの所有物なのだと証明するかのごとく。
「……もしも許されるのであれば、お願いがございます」
「申してみよ」
「モリマルめを倒した者、私めにお任せいただけませぬか」
言うまでもなく、無礼華亜はこの時代の人間で太刀打ちできるものではない。ましてやそれを生身で切り裂くような武士に太刀打ちできる武士もいる筈がない。
3019年の事情には疎いが、ノブヒコもそれだけは理解できた。
故に拒む理由はない。彼らの狙いが、自分の天下の邪魔立てならば、願ってもない話だ。
「よかろう。貴様に任せる」
「ははっ」
「だが狐。その前に聞かせよ」
ノブヒコは顎に手を当て、狐を見やる。
彼の周りを囲む従者たちは、それが品定めの姿勢であると理解していた。下手な問答をすれば、未来人であっても狐の首が飛ぶ。
「貴様、なぜ儂の天下の手助けをする。1500年も後の時代から来たとぬかしたな。それを信じてやろう。だが、儂を生かす理由がない」
「それはもちろん、ノブヒコ様こそが天下統一に相応しいお方だからでございます」
狐はこの後の時代の流れを説明している。
ノブヒコが倒れた後、彼の家臣だった者が天下を統一すること。その家臣が倒れた後、別の者が天下を統一し、長い時代が続くことを。
「解せんな。貴様の話が事実なら、この後に200年以上の天下統一が続く筈。しかし、それでも天下の大馬鹿ものと呼ばれた、この儂こそが天下にふさわしいと思うか」
「ノブヒコ様であれば、この国だけではなく、すべてを治めることが叶うでしょう。私はそのための力となるために、この時代にやってきたのです」
「ならば面を外すがよい」
ノブヒコが前に踏み出す。
鞘から刀を抜き、その刃先を狐へとちらつけた。
だが、狐は身動きひとつせず。
「お許しを。どうかそれだけはお許しを」
「ここまでしながら、自分の顔を見せるのだけはどうしても嫌だと申すか」
全く理解が及ばない。
狐はこのために相当な準備をしてきたはずだ。おそらくモリマルを倒した武士は彼の追手。自分の危険を顧みず、あくまでノブヒコの天下を手伝うと言う。
「狐。儂の織田城を天下無双の城に仕立てた手腕。1500年もの先の時代から儂の為に来てくれたことには感謝する。しかし顔も見せぬ者に、儂はそこまで甘くはないぞ」
そのことを理解して、なおも顔を隠し続けると言うのであれば、いいだろう。
時として家臣の意思を尊重するのも大事なことだ。
使える配下であれば尚更。
「そのことを忘れるな。妙な行動を取れば、すぐにその首を刎ねてくれる。行くがよい!」
「はっ!」
狐は顔を上げ、また頭を下げてから部屋から退出していった。
その後、誰もいないことを確認してから転移装置を発動させる。
未来の技術で作りあげた瞬間移動装置だ。これを発動させ、瞬時に自分の戦艦へと移動。モリマルの視界から記録された録画映像を再度眺めつつ、追手を観察した。
「ブレイカーの方は2500年代の機体で間違いないな?」
『間違いありません。当時のタイムパトロールに支給されていたポリーンです』
コンピュータが返答する。
狐には人間の配下はいない。ノブヒコを裏切るような人間が紛れては困るからだ。
彼は単独犯だった。
「では、あの男はなんだ。あのような奴が2500年にいたという記録はない筈だが」
『恐らく、2000年代の新人類かと思われます』
「2000年代?」
新人類なのは理解できる。
だが、なぜ年代まで断定できるのか。
『記録によれば、2000年代に起きたジェノサイドスコールと呼ばれる大戦前に新人類が決起したとあります。自分たちの実力を見せつける為、幼少の頃から殺人技術や破壊力を伸ばした組織もあったそうです』
「確かに、新人類をそのように鍛えるのは未来の法律で違反している。が、あそこまで伸びるものなのか?」
『極端な成功例でしょう。後の歴史でも生身でブレイカーを倒す人間は育成されていますが、この人間には内部兵器も搭載されています』
装甲を切り裂く爪。
これはいただけない。狐がこの時代に用意した戦力はブレイカーだ。これらを切り裂くのであれば、単なる戦闘では歯が立たない。
「では数で勝負だ。それと、機動力と遠距離から炙りだすのが手っ取り早いだろう」
主軸は決まった。
次は出撃だ。既に時代の流れは変わり始めている。ノブヒコを死なせず、このまま天下統一システムを作り上げれば狐の勝利だ。
誰にも邪魔はさせない。
例え敵が、他の時代からやってきた超人でも。
「テロリストは、カイトさんをマークしてくると思う。折角準備してきたブレイカーが壊されるんだし、放っておきたくない筈だから」
「そうだろうな」
故にスバルは提案する。
「だったら、向こうが想像できない物を用意すればいいんだよ」
「簡単に言うけど、なにを用意するの? この戦国の時代で」
ミズキが不機嫌そうに問うと、少年はあっけらかんと答えた。
「アルマガニウム」
「はぁ!?」
「なるほど。確かにそれをブレイカーの動力に回すことができれば、戦況はマシになるな」
頷き、カイトは納得している。
だがミズキは首を横に振るだけだ。
「ダメダメ! そんなの絶対にいけません!」
「どうして?」
「そもそも、アルマガニウムはこの時代に存在していないし、動力として活用しようにも技術者がいないじゃない!」
「ん」
無言でカイトを指差す。
ミズキは固まり、恐る恐る、それでいてゆっくりと振り向いた。
「冗談、ですよね?」
「技術は知らんが、持ってはいるな」
両手から爪を伸ばす。
これらはすべて、新人類王国から受け取った最強の矛だ。欠片でブレイカーが動くのだから、爪の一本でも十分動かせるだろう。
「だが改造はどうする。加工だって必要な筈だ」
「エレノアさんがいるじゃん」
「げっ」
痛い点を指摘され、カイトは悶絶する。
しかもこうして名前を出されたら、目玉を通じて精神を共有させた不愉快な隣人が嬉々としてしゃしゃり出てくるのだ。
『くく、はははははは! いいねぇ、スバル君。私の存在をちゃんと認識してくれているうえに、きちんと私の強みも理解しているじゃないか。できた義弟を得て私は幸せだなぁ』
『ふざけんなテメェ』
思わず心の内で殺気をぶちまけた。
『で、可能か?』
『できるよ。専門は人形だけど、ブレイカー用に加工するのはそう難しくない。寧ろ、私の人形に比べたら本当に雑な仕事だよ』
人間としては性格が破綻しているが、職人として確かな信頼と技術がある彼女がこういうのだ。
信頼してもいいだろう。
それに、この状況では他に頼れる手段もない。
「……それで、カイトさん。痛いのを承知でお願いなんだけど、爪を一本俺にくれない?」
とても申し訳なさげにスバルが問うてくる。
「ふん。今までさんざん使ってきただろ。今更了承を得るな」
「いや、でも今回はSYSTEM Xじゃないし、使い方も今までとは違うからさ」
確かに、指から爪を引っこ抜くと痛い。
とても痛い。
不死身の超人でも、痛いものは痛い。
できればやりたくないが、戦力が欲しいのも事実。
「特別サービスだ」
「やった!」
「二本くれてやる」
「え」
左手の小指と薬指から伸びる爪を掴み、力任せに引っ張りあげた。
鋭利な刃に加工されたソレが、カイトの肉から取り出される。




