1582 ~煩悩寺の変~
「では、自己紹介させていただきますね。タイムパトロール隊員のミズキ・フローライトです。皆さんの時代から1000年以上先の未来からきました」
タイムトラブル時、他の時代の人間と協力して行動する場合は包み隠さずに説明するべし。
すべてが解決した後に記憶改竄を行う。
これがタイムパトロールのやり方だ。
ただ、ミズキは内に募る不安感を取り除くことはできずにいる。
理由は幾つかあるのだが、その中のひとつが今回協力してくれる別時代のふたりが、なんというかとてもワイルドすぎておっかないのだ。
「俺、蛍石スバルです。16歳」
「え!? 年下ですか!?」
ブレイカーをなんでもないように操縦し、一瞬でテロリストの機体を片づけるものだからてっきりベテランの凄い奴なのかと思っていたら、思いの外普通の少年だった。
まあ、スバルはまだいい。少し話してみた感じ、彼はまだ普通だ。
問題は彼の保護者と思える、明らかに異常な身体能力を有している男性だった。
「……俺の名前は山――」
「山?」
「いや何でもない。好きに呼ぶといい」
「この人の名前は神鷹・カイト。変な人だけど強いし頼りになるからガンガン頼っちゃってください」
「は、はぁ……」
少年がブレーカーを扱えるという事実も受け入れづらいが、やはり異常なキック力を見せつけられた身としてはこの男の方が恐ろしい。
もしも彼らが裏切ったとしたら真っ先に矛先は自分に向かうことになるだろう。
そうなった場合、身を守る手段は何もない。
不安に顔色が曇っていく。
「大丈夫ですよ」
「え?」
「カイトさんがいるからまあ大丈夫でしょう。この人一応テロリストとか解明させていますし」
「それ一応なんです?」
「一応テロリストなんですよ。なんかサイボーグとか名乗ってましたけど」
「サイボーグいつの時代ですか皆さん!?」
「あなたの時代の1000年ぐらい前ですが」
なんだかおかしい単語がどんどん飛び出してきている。
もしかすると彼らは自分がいた未来よりももっと未来から来たのかと考えてしまう。少なくともミズキがいた時代では、 サイボーグなんて存在に人間が勝てるはずがないのだ。
「そんなことはどうでもいい。重要なのはこれからどうするか。今いる敵をどうやって見つけて、倒すかだろう?」
『その通りです。彼の言うことは的を得ています』
早くも主導権を握られつつある。
それなりに修羅場をくぐってきているためか、判断力が新人のミズキよりもはるかに優れていた。
「確か1582年に向かうんだったな。そこに敵がいるという確証はあるのか?」
「タキオン粒子はこの時代から反応があります。そこでタイムパラドックスが起こっているのは間違いないでしょう」
「具体的にはどの場所で?」
「コンピューター。場所はわかっている?」
『はい。日本の京都。そこにある煩悩寺と呼ばれるお寺です』
歴史の教科書において、この煩悩寺では大きなイベントが記載されている。
ある日本の有名な戦国将軍がこの寺で殺されてしまったのだ。
「何て名前だったっけ? 誰か殺されたっていうのは覚えてるんだけど……」
「織田・ノブヒコだ。お前、昔社会のテストで勉強しただろう?」
「テストが終わった後はあんまり重要じゃないことは覚えない主義なんで……」
「自慢にもなりゃしないな」
「とにかく、その織田・ノブヒコが大きなタイムパラドックスの起点になっている可能性は十分にあります。まずはそこから調査をしていきましょう」
「調査といっても具体的にはどうすればいいんですか?」
「現地に飛びます」
一番手っ取り早い方法がこれだった。
分かっている情報は1582年に、この寺で何かが起こる可能性が高いということだけである。
それ以外の情報はない。テロリストがどんな目的で歴史を改変したのかも不明だ。
「できるだけ歴史の流れに支障を出さず、 テロリストだけを排除するのが望ましいですね」
「それで歴史をきちんと修正できるのか?」
「テロリストが歴史を変える前に排除するのが一番理想の結果ではありますね」
「もしも連中がすでに歴史を変えていたとしたら?」
すでに無人機はこのタイムマシンを発見している。
全て撃墜はしているが、敵に情報は伝わってしまっていると考えた方がいいだろう。
その場合、テロリストたちは行動を早めてくると思われる。
少なくともカイトならそうする。
「その場合は、 1582年よりももっと前の時代に戻って張り込み調査をした方がいいかもしれません」
「そんな悠長なことをしている暇はあるのかな……」
「現地の判断でなんとかするしかないだろうな。もっと前の時代に戻って解決できればそれでよし。そうもいかなかったら、タイムパラドックスが起こってしまった時代で解決していくしかない。そういうことか」
「まあ、そういうことです」
どこか困ったような、精一杯の笑顔で肯定する。
実際にタイムパラドックスの対応にあたるのはこれが始めての新人にとって、 これ以上の説明は不可能だった。彼女の頭にあるのはマニュアルだけなのだから。
「分かった。とにかく1582年に向かおう。だいたいどのくらいで着く?」
「もう間もなくです。そろそろ外の景色も変わってきてもおかしくないですね」
ややあった後、その言葉通りに景色は変わってきた。
スバルとカイトがみた、絵の具をごちゃまぜにしたような不愉快な世界が一変していく。
まるで霧が晴れたかのような明るさを覚えた後、彼らを出迎えたのは、1582年の森だった。
「タイムマシンは無事に着陸成功。タキオンフィールドも異常なし。これで現地の方にタイムマシンが見つかることはありません」
「俺たちの時はどうだったんですか?」
「そのタキオンフィールドとやらがうまく機能しなかったんだろうな」
窓越しでカイトが周りを観察し始めた。
見たところ、ヒメヅルにいた時によく見ていた自然とあまり変わらない。ここだけ見たら、本当にここが1582年なのか疑問に思っていたことだろう。
だが、証拠の提示を求めるよりも前に、異変は起きた。
爆発音。
同時に薄暗い森が一気に明るくなり、森に火が灯ってしまう。
激しい音を耳にし、ミズキは慌てながらコンピューターに情報を求めた。
「何が起こったの!?」
『ブレイカーの反応です。ちょうど煩悩寺で1機、この火災もそれによるものと思われます』
「他に反応は?」
『生体反応のみです。ブレイカーは人間に攻撃を行っています』
情報を聞き、3人は顔を見合わせた。
カイトは廊下を指差し、スバルに指示を出す。
「こっちも出撃準備をしておいた方がいい。スバル」
「OK、任せて!」
自分の持ち場がどこなのかを脳に叩き込み、スバルは駆け出していく。
あまりにテキパキとした行動なので、ミズキは唖然とした顔でその背中を見つめていた。
「どうした?」
「いや、あの歳であんなに動けるものなんですかね?」
「やってもらわんと困る」
問題は、相手の詳細が不明なことだ。
ミズキが指示を出す前に、カイトはコンピューターに問う。
「問題のブレイカーの映像は出せるか?」
『こちらになります』
二人の目の前にブレイカーの映像が映し出された。
タイムスリップの直前に襲いかかってきた無人機と変わらないデザインだ。
それが刀と、大きな弓のような物を左腕に装着させ、逃げ惑う人間を踏み潰さん勢いで歩み寄っていく。
また、人間の方も見ない出で立ちだった。
少なくともカイトがいた時代では見たことがない格好だ。代わりに時代劇のようなテレビの中では見たことがある。
鎧に兜。そこに武器を持った彼らは、間違いなく侍なのだろう。
「1582年。煩悩寺の変と呼ばれる事件で、ノブヒコは家臣であった三田・イシナリに謀反を起こされ、天下統一を目前にしながら息絶えたと聞きます」
「ではテロリストは、その時代の流れを変えるために?」
「そうだとしてもおかしいですね。まずそれだけで、あんな加速的にタキオン粒子が乱れることはない筈です」
だが、無視できる状況でもない。
ブレイカーは煩悩時を守るようにして立ち回っている。
このままでは歴史は変わってしまうだけだ。
ノブヒコには申し訳ないが、ここでブレイカーを破壊させてもらう。
「スバル、出撃だ。テロリストのブレイカーが寺にいる。準備ができ次第、出てもらう」
『もうできてるよ』
「……お前、こういう時だけは異様にテキパキしてるな」
『得意分野だからね』
体育の授業も下から数えた方が早かったくせに、もうコックピットの中にいるあたり、彼の興味を刺激するものは運動能力を大きく上げる作用があるのかもしれない。
そんなことを考えつつも、カイトが指示を出した。
「相手の装備は刀と弓みたいなものを確認できた。基本タイプはさっき戦った無人機と同じみたいだが気をつけろ。俺の力が必要なら早めに言ってくれ。すぐに駆けつける」
『分かった。行ってくる!』
「あの。今とてつもないことを言いませんでした? どうしてブレイカーの戦闘でこの人の力が必要とかそんな話が出てくるんでしょう」
「無駄話は後にしろ」
「大切な話だと思うんですがねぇ!」
力説するも、無視。
カイトはモニターを注視し、少しでも手がかりはないものかと観察に勤める。
すると、思いもしなかった形で手がかりを得ることができた。
テロリスト側と思われるブレイカーが語り始めたのだ。
『愚かなりイシナリ! 貴様の謀反など、ノブヒコ様はとうに見抜いておられた。この蘭・モリマルがノブヒコ様に代わり、貴様に天誅を下す!』
赤いブレイカーが刀を抜く。
だが武器よりも気になったのは彼の言葉の内容だ。
「奴はまさかこの時代の人間か!?」
「そんな! この時代にブレイカーはまだ開発されていない筈……」
開発時期などは問題ではない。
テロリストが提供したと考えれば、どこから手に入れたかなどは想像がつく。
問題は操縦方法だ。
訓練すればそれだけ伸びる新人類のカイトでも、満足にブレイカーを動かす為には1週間近くの時間をかけた。
スバルは人生の過半数を費やしている。
まだ新人類が誕生する前の時代で、ブレイカーを操縦するまでに人間を鍛えたというのか。
それともなにかカラクリがあるのだろうか。
「……俺もいく。みず吉!」
「え、私ですか!?」
「お前以外にいるか? 俺も出る。なにか嫌な予感がするんだ。なにかあったらスピーカーかなんかで声をかけてくれ」
「あの、ちょっと!? 私、女性なんでエテ吉みたいな名前は訂正を求めます! ちょっと聞いてますー!?」
答えは返ってこない。
ミズキの文句をすべて耳から受け流し、カイトは1582年の大地に足を降ろしたのだった。




